第04話 甘酸っぱい野イチゴ



 ゴトゴトと、馬車が揺れながら進む。



「――誘拐犯の目的は、誘拐そのものじゃなかったんですよ」


 【ローレンドの人さらい】。


 この噂は、ローレンドの祭りの実施案内と共に広まった。


 そもそも、普通なら誘拐事件が頻発する祭りに行こうだなんて考えないだろう。女子供がさらわれるというのは、なおさら絶望に等しい。


 だが、ローレンドの事件は毛色が違った。



「誘拐事件による死傷者も未帰還者も、誰一人として出ていません。被害に遭ったとしても危害を加えられる事も無く、すぐに衛兵が飛んで来ます。そして来た瞬間に解放され、しかも何故か銀貨1枚を貰えます」


 安全だという事が誇張されていたのだ。ローレンドはその噂を盾にして、祭りの話題作りに成功した。ロズのように好奇心で掴まりに来る学生が来る事も予想の範疇だっただろう。



という事にして、皆さんが協力し合っていたんですよ。衛兵も、お祭りの人達も、そして犯人も」


 手配書の情報は賞金稼ぎを近寄らせないかのように曖昧に描かれた。捕まった子供達が誘拐犯の情報を提供していたかもしれないが、その時はきっとお小遣いでもあげていた事だろう。お祭りで使用してね、と。


 誘拐事件の目的はここに帰着する。



「……誘拐された子の親には、事前に話がいっていたのでしょう。でなければ、相当な批判を浴びるでしょうし。あと、ロズのような誘拐事件に興味津々の女学生は噂を広げますからね。何たって、お祭り気分ですから」


 ロズの言っていた金貨3枚で教育するというのも、あながち間違いでは無いのかもしれない。疑似的な誘拐体験だ。



「ですが、全員が同意している訳では無いはずです。祭りをやる傍らでそんな犯罪行為を行っている事が公になると、ローレンドの祭りは開催できなくなります。当然ですが」


 それに、犯罪行為が止まらないという風評被害も避けたいだろう。衛兵が優秀だという話と矛盾するためだ。この誘拐という手法は何度も続けられない。



 水面下で意思の固い有志を募り、実際に噂を広めてくれそうな女子供や彼らの親を利用してローレンドの名を広げ、なおかつ祭りでお金を落としてもらう。もちろん、死傷者は誰一人として出さない。


 これが【ローレンドの人さらい】だ。



「私達はまんまとローレンドの罠に嵌まった訳です。分かりましたか、ロズ?」

「お腹が痛くて、それどころじゃない」

「どれだけ食べたんですか、もう」


 珍しくロズの反応が薄いと思ったら、お腹の痛みをこらえていたようだ。



「……御者さん、そろそろ私達の縄を解いて頂けませんか。これは修道院島行きの、ですよね?」


 システィがそう告げると、馬車の速度が少しずつ遅くなった。



「ここからは完全に私の予想ですが……いざ【ローレンドの人さらい】の情報が広まると、それを都合よく利用しようとする輩が現れ始めた。どうにかして自分を巻き込ませ、身を隠したい人物です。例えば――」


 ミザリー・ウィストン。

 新たに賞金首となった詐欺師だ。



 一度ちゃんとした手配書が広まってしまうと、簡単に街を出歩く事は出来なくなる。門番や衛兵に顔を認知されるるため、修道院島を出立するのも困難だ。ミザリーほどの特徴的な顔であれば、すぐに本人だとバレるだろう。


 そのため、ミザリーはローレンドの祭りを利用する事にした。増便されているローレンドと修学島を往復する馬車に、自分を荷台にねじ込んだ。



「この赤い馬車と入れ替えたのは、早馬の追手を撒くための保険でしょうか。ミザリーは御者を懐柔して辻褄を合わさせ、積み荷と共にローレンドへと脱出した。修道院島の厳しい検閲をどうやって切り抜けたのかは謎ですが」


 詐欺師であれば抜け道があったのかもしれない。いや、誘拐事件のカラクリに気付いてローレンドを脅した。



「もしくは――【ローレンドの人さらい】の発起人そのものがミザリーだった」


 そこで、馬車が完全に停車した。



 御者の足音が近付いて来くる。まだ身動きはとれない。少しだけビクリと体が跳ねたが、システィはすぐに気を落ち着かせた。ここにはもう、盗賊はいないはずだ。


 システィの目隠しが取られた。



「――君は、本当に学生かい?」

「ふぅ……すみませんが、彼女を先に解いてやって下さい」


 そう言うと、御者は苦しそうにしているロズの目隠しと縄を解いた。ロズは自由になった途端、馬車の外へと駆け出し、暗い森の中へと消えて行った。


 その様子を眺めながら、御者が呟く。



「……後者が正解だよ。ローレンドと彼は一蓮托生だった。彼は修道院島で手配されてしまい、どうにか逃げ出そうとしてローレンドに脅しをかけた。『俺を逃がさないと、ローレンドの信用は地に堕ちる』とね。彼を荷台に押し込み、急な増便だと伝えて修道院島を飛び出してきたって訳さ」


 御者は他の人質たちの縄も解き始めた。暗くてその表情はよく見えないが、手配書の人物には見えない。ローランドを出た時の馬車にいた御者とは別人のようだ。赤い馬車にいた、ミザリーと共に脱出した側の御者だろう。



「それで先行させていた早馬で農奴を雇い、盗賊の変装を施してこちらに向かう馬車を一台確保させた。ローレンドまでこの馬車で行けばいいのに、万が一のためだとミザリーが譲らなくてね。もう少し距離をとったら君たちの縄を解くつもりだったんだ、すまない」

「……旅の安全を約束してください。修道院島では口裏を合わせますから」

「大した胆力だ」



 その後、全員の縄が解かれた。

 他の人質の2人からも安堵の声が聞こえる。



「僕が誘拐犯として出頭する事で、ローレンドの一件は終わる。もし君が口裏を合わせてくれるなら、『この御者からは何も危害は加えられていない』とでも言ってくれると嬉しいな」

「分かりました。お二人方も、それでよろしいですか?」


 そう言って二人の乗客に振り向いた所で、システィは気が付いた。


 よく目を凝らして見てみると、彼らも自分達と同じ学園の生徒のようだ。



(あれ……そういえば、この二人にも真相を暴露してませんか)


 そう思って首を傾げたら、一人の男子生徒と目が合った。眉目秀麗という言葉が似合うような、気品のある爽やかな生徒だ。



「もちろん内緒にするさ、システィ・ラ・エスメラルダさん。命の恩人だからね」

「そ、そうして頂けると」

「このお礼は、また学園で」

「はは……」


 男子生徒はそう言って微笑んだ。


 そして今度は、ロズがばたばた走ってと馬車に戻ってきた。お腹に手を添えながら、もう片方の手でよじよじと荷台に乗り込んでくる。



「……死ぬときは白目を剥いて笑顔で死ぬ。地面には血でシスティと書く」

「悪趣味な死に方ですね、ロズ」

「あぁ、まだお腹が痛い。何だよこれ……」

「一晩だけ我慢しましょう。明日には学園についていますから、ほら座って」


 ロズを座らせた時、服のポケットから野イチゴが男子学生の方に転がっていった。男子学生はそれを手に取り、とある異常に気が付いた。



「ん、これってまさか……」


 見た目はとても美味しそうで、甘酸っぱい野イチゴ。しかし、食べるには致命的な欠陥があるため、決して市場には流れてこない。


 男子学生はシスティの方を見た。



「――システィさん。これ、毒イチゴだ。遅効性の毒で、腹を下すやつ」


 システィは呆れて、天を仰いだ。

 そして、ロズは原因が分かって笑い出した。



◆ ◆ ◆



 その日の晩。


 野営の準備をしていると、修道院島の方角から早馬が現れた。


 詐欺師ミザリーの保険は当たっていたらしい。御者はその場で誘拐犯扱いとなり、翌日、修道院島の門にて捕縛された。大した事件性もないため、ミザリーの名を出さない限りはすぐに釈放されるだろう。



 そして、更にその翌日。



 システィは学園の石の手すりに腰掛けて、新聞に目を通していた。海風に乗った潮の香りが、日常に戻って来たと感じさせる。



「――欲しいと思うものは、大抵は与えられないものだ。欲ってのは罪だな、罰が当たったんだよ」


 元気になったロズが隣にやって来て、手すりに手を乗せる。



「美味しそうに毒を食らっていましたね」

「まったくだ。あのイチゴは毒なのに味が良いのが駄目だな。そしてそんな間抜けを一発で治した、解毒薬の開発者には敬意を称するよ。ありがとう、本当にありがとう」

「感謝すべきは、あの生徒さんですよ」


 ロズの腹下しは、あの男子学生が持っていた薬によって和らいだ。たまたま薬学会に属していた彼の名は、ミルクリフト・リリンクス。なんと他国の貴族で、しかも伯爵家であった。ロズの奇運には恐れ入る。


 『学園は個人の自立性を重んじ、貴族平民分け隔てなく学問を修める、という理念は素晴らしいけど、こうも簡単に誘拐されるというのは流石に問題があるよね』ミルクリフトはそう言って目を泳がせながら、こっそりと島を抜け出した自分を擁護していた。



「そして私は理解したよ。パッと思いついたアイデアってのは、大体は既に先人が考えてるものだな。こればかりは運だよ。欲を言えば、私も誘拐事件のマッチポンプに混ぜて欲しかったところだ」

「また欲が出てますよ、ロズ」

「おっと、いやぁ悪い癖だ」

「ふふ。新聞、読みましたか?」


 システィは読んでいた新聞をロズに渡した。


 ロズは紙面を流し見た。そして記事の片隅に、見覚えのある名前が小さく載っているのに気が付いた。


 そこに書いてある内容を読み終えると、一度ふっと鼻で笑い、新聞をシスティの膝の上に放り投げた。



「誠実に生きる者は救われるな」

「私はロズに巻き込まれたんですが」

「恨みつらみが無いのが全てだよ、システィ君。しかし、詐欺師の供述には信憑性無しか。これでまた来年も、ローレンドの祭りに顔を出せるわけだ。次はどんな事件が待っているのか、今から楽しみだ」

「また行くんですか!?」

「私は永遠の子供だからな、遊ばないと死ぬんだよ」


 その時、ちょうど3時を告げる鐘が鳴った。ゴーンという音色が、島全体を覆い被さるように溶けていく。



「お、演劇会の時間だ。また明日なー」

「明日は遅刻しないでくださいね?」

「分かってるよ、じゃあなシスティ」


 ロズは手を降り、劇場へと走っていった。



 今日で長い後期休暇が終わり、明日から学園の新たな1年間が始まる。



 システィは海の方角を見た。青い海と空のせいか、大した事件ではなかったという気がする。システィは大きく伸びをして、ロズの放り投げた新聞に目を落とした。


 隅には、こう書いてある。



『詐欺師ミザリー・ウィストン、毒イチゴによる腹痛で倒れている所を捕縛』


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