第03話 1度目の誘拐事件②



「――活きの良い人質どもめ!」

「魚か」


 男の声に、ロズが反射的にツッコんだ。

 そして演劇会としての血が騒いだのか、突然ロズが人質として振舞い始めた。



「た、助けてくれぇー!!」

「はっはっは、助けなど来んわ!」

「お金の精霊よ、私は金貨3枚が欲しい!」

「――――何ぃ? 金貨3枚だと?」


 まずい。



「ちょっとロズ、挑発は……」

「問題に答えたらくれてやる!!」

「……は?」

「よぉし、出してくれ!」



(あぁ、もう)


 システィは頭を抱えた。


 相手は自分達を誘拐した犯罪者だ。だが……この誘拐犯も何だかロズと同類というか、子供っぽいロズに波長を合わせてくれているような……。


 その姿の見えない誘拐犯は、ある一つの問題を出した。



――【9枚の金貨】――


 9枚の金貨がある。


 その中に偽物の金貨が1枚だけ紛れている。

 偽物は本物のコインより軽い。

 この時、天秤を2回だけ使って偽物のコインを見つけ出せ。


――――――――――



(これは……)


 子供向けの論理的な問題だ。



「さぁ、どうする?」

「よし。まずはその金貨を見せてくれ」

「ロズ、貴女は……」


 恐れないのが果たして良い事なのか。



「……女。お前は金貨をくれたら自殺しないという奴に、金貨を差し出すのか?」

「私なら利子を付けて貸すよ」

「使い切って死にそうですね、それ」

「いいや、絶対に死なないさ。それでも金を借りるって輩は、心臓に毛が生えてる猛者なんだ。返してやるもんかと必死で逃げ回るからな。だから金貨と引き換えに、一生逃げ回らなきゃいけないんだという罪悪感をくれてやるんだよ」

「……なるほど」


 問題を放棄して金貨だけくれと言い放ったロズは、きっと逃げ回る側だろう。システィは返事をしながら、静かにナイフを取り出した。



 朝日が、少しずつ麻袋を透かし始める。

 まだ犯人の顔は見えない。



「そう考えると、罪悪感に意味はなさそうですね。ロズは明日には忘れてますよ」

「システィ、挑発はよくないぞ」

「おいてめぇら……チッ、来たか」


 誘拐犯が急に舌打ちをした。

 そして、誘拐犯の方角からカチャリと金属が鳴る音が聞こえた。


 システィはナイフの柄を握って身構えた。



 姿の見えない男に対して、手が震え始める。戦い方なんて分からないし、そもそも人を傷つけるなんて恐ろしくて出来ない。このナイフは果物を切るための物で、ただの脅しなのだ。



「ロロロロロズに手を出すなら、先に私からにして下さい!!」

「落ち着けよシスティ、それは私の台詞だろう」

「女ぁ」


 誘拐犯のいる方角の床がギィッと軋んだ。



「……黙って大人しくしていればと思ったが、どうやら終わりのようだ。だからな、こればっかりは仕方がねぇ」

「ししし死ぬ時は私も一緒だぞ、誘拐犯!」

「ロズも落ち着いて下さい」


 だが……誘拐犯はロズに返事をしなかった。誘拐犯の足音は、なぜか次第に遠ざかって行く。そして扉が閉まる音がした。



 誘拐犯は去ったようだ。


 何とも言えない静寂が覆う。

 緊張したのはほんの数秒だけだったが、システィは手汗をかいていた。



「…………何だったんだ?」

「まさか、衛兵が動いたんでしょうか?」

「私の『助けてくれぇー』が届いたか」

「あの変な演技がですか? そうだとしても早すぎますよ。それに、ここからの叫び声は届かないはずですし、仮に届いたしても、犯人は一体どうやって衛兵が動いた事を察知して……」

「待てシスティ、私の演技は変じゃない。お前はそもそも――」


 一体、何が起きているのか分からない。


 もういっそ麻袋を破いてみようかとシスティがナイフを握った、その時だ。

 再び、扉が開く音が聞こえた。


 ドタドタと小走りをしているような足音が近づいて来る。



「おぉい、おめぇら無事かぁ~!?」

「……はぁ?」


 ロズが間の抜けた声を発した。



「儂はこの町の衛兵じゃ。悲鳴が上がったって通報があってなぁ」

「いや、上げたけど……」


 滅多に動じる事のないロズも、この状況に対して戸惑っているようだ。この衛兵、誘拐犯とすれ違わなかったのか?



 衛兵が麻袋の口を開いた。

 システィとロズは顔を出した。


 室内は暗い。周囲にあるのは木箱、農具、土嚢。ここはどこかの物置のようだ。


 壁面には窓の縁が見えるが、窓自体が木箱でふさがれている。衛兵がその木箱を移動すると、眩しい朝日が差し込んできた。夜が明けてすぐのようだ。そして信じられない事に、物置の壁はたった1枚しか無かったらしい。



「助けが遅れてすまんのぉ」

「いえ……」


 遅れたのではなく、早すぎるのだ。ロズが呼んだのもつい今しがた。それを誰かが聞いて通報してからこの場所を探し当てるまでの時間が、どう考えても早すぎる。



「助けて頂いてありがとうございます。通報があったのはいつですか?」

「ついさっきじゃよ。この辺りで声が聞こえたってんで、まぁた誘拐事件かと飛んできたんじゃ。2人とも、具合の悪い所はねぇな?」

「私達は元気だよ。しかし、随分と早いな」

「ん、儂らがか? まぁこのじゃからな、どこでもすぐに衛兵が飛んでくるようになっとるで」

「ははっ、自分で言うのかそれ?」

「はっはっは! ……お、何か落ちとるな」


 衛兵はそう言って屈み、足元に落ちていた光る何かを拾った。ついていた埃を手で払い、ロズに手渡す。


(銀貨……)


「ほれ、怖かっただろう。せっかくだ、その銀貨でローレンドのお祭りを楽しんでいってくれ。悪いが、儂らは見回りに戻る。気を付けて帰るんじゃよ」


 衛兵はそう言って、去って行った。


 ロズは受け取った銀貨を眺める。



「誘拐体験をして、銀貨1枚を貰った」

「よかったですね、では帰りましょうか」

「……システィ?」

「馬車の予約が始まってしまいます。お祭りで臨時便が多く出ているとはいえ、早く行かないと学園に帰る事が出来ません」


 システィは立ち上がり外に出た。


 光が眩しい。目の前には広大な小麦畑が広がっている。その小麦畑を朝日が照らし出して、黄金色に輝いている。


 そしてこの物置小屋があったのは、村の端だったようだ。驚いた事に、宿からすぐ傍だったらしい。



「おいおい。こんな麦畑のこんな時間に、悲鳴を聞いて飛んでくる衛兵って」

「ん~! 清々しい朝ですねぇ!」


 深呼吸しながら、大きく伸びをした。そうしてシスティが宿に戻ろうと歩きだした瞬間、ロズがシスティの肩をがしっと掴んだ。



「……何でしょうか、ロズ?」

「お前、何か気付いただろう?」

「いいえ。ですが、情報提供してもお小遣いは貰えないでしょう。何せ、村の皆さんはお祭りの最中で忙しそうですからねぇ」


 ロズの手に、さらに力が宿る。



「駄目だぞ。お前が解いた内容をちゃんと答えるまで、お祭りで遊び倒す」

「帰りの馬車の中でお話ししますよ」

「騙されないぞ。大人は皆そうだ。そうやって重要な事はいつもはぐらかす」

「私もロズも同い年じゃないですか……とにかく、早く馬車あああああぁ!!」

「答えろシスティ!」


 ロズがシスティの脇をくすぐりはじめた。



「わあああ! ば、馬車、先に馬車ぁ!!」

「まったく……」


 ロズの手が離れた。

 システィは膝に手を付き、呼吸を戻す。



「そういえばシスティ。あの【9枚の金貨】の答えは何だったんだ?」

「はぁ……はぁ……簡単ですよ。まず3枚ずつ天秤に乗せて偽物がある3枚グループを炙り出し、そこから1枚ずつ乗せるんですよ。それで仲間はずれが分かります」


 ロズの手が再び伸びる。



「……何か、簡単と言われるとな」

「ちょ、ちょっと! 腋に手を入れないで下さいよおおぉ!!」

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