49.へんかんの光(ひかり)


 夏休み明けの図書当番は忙しい。みんな一斉に返すものだから、返却作業が一人一人出来ずに溜まっていく。山のような本を見て気が遠くなる。ただそれは嬉しいことだ。こんなにみんな借りてくれたんだぁという実感が湧く。


 でもやっぱり、ひたすら本のバーコードをスキャンする作業は辛い。その本を本棚に戻す春野先輩のほうが大変なことは重々承知である。


 疲れたなぁ、休みたいなぁなんて考えていたため本をカウンターの外に落としてしまった。


「くぅっ」


 変な声が出る。


「おやおや、猫ちゃんお疲れかい?」


 爽やかな笑顔で登場した光先輩。


「この宇佐見光の笑顔で回復するかな?」


 そう言いながら本を拾って手渡してくれた。


「ありがとうございます。今は何もしない時間で回復するのです」

「俺は猫ちゃんの笑顔で回復するけどね」


 今日も恥ずかしいことをさらっと言ってのける。


「そ、そうですか」


 狼狽えてしまった。


「俺もね、何もしない時間をあげたいんだけど、ごめんね? 俺も本の返却に来たんだ」

「ひえっ」


 返される本。


「ちゃんと目的があったんですね……」

「それじゃあいつも無いみたいじゃない。毎回猫ちゃんに会いに来てるじゃ駄目かい?」


 アクセル全開な光先輩である。


「だー、駄目ではないですが」


 狼狽えんぞ。


 話しながらも、ひたすらスキャン作業は続いている。


「夏休みに川で会ったぶりなんだから、もっと構ってほしいなぁ」

「では一つ話を、当日も話しましたが。私達川で会いましたけど、本当に一条先輩とも似たような場所と状況で会ったんですよ。似すぎててあれは驚きましたね」

「他の男の話をしちゃうところがまたズルいねぇ。それにしても、俺より先に陽と会っていたっていうのがちょっと嫉妬しちゃうな」


 光先輩はこんなことを言って、私にどう思ってほしいのか。


「そうだ、陽の話だけど、近々大会があるらしいよ。見に行ってあげたら喜ぶかもよ」

「応援ってやっぱり多い方が嬉しいですかね。何も分からない人間が行っても喜ばれないような?」

「そういう問題ではないけどまぁいいか。それなら、誘われたら絶対行くんだよ。来てほしいってことだからね」

「分かりました」


 私に来てほしいことなんてあるのかは分からないけど。


「さて、俺はそろそろ行くよ。春野先輩が本を取りに来たいけど、どうしよう? って顔しながらこっちを見てるからね」


 そう言って、去って行った。


 図書室から出て行った光先輩を確認してから、春野先輩が戻って来た。


「良い息抜きになったかな?」

「ど、どうでしょう?」


 作業しながらとはいえ、ちょっとだけ気分転換になったのは本当だ。



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