世界は悪意で満ちている

いずも

第1話 100日後に埋もれる物語


 私には小説家志望の友人がいた。


 中学生からの腐れ縁で、創作仲間としてお互いに作品を見せ合っていた。

 漫画家を目指す私とも常に対等に接し、時に本音をぶつけ、夜通し創作論を語り明かすこともあった。


 私は彼の語る壮大な物語が大好きで、世界観や登場人物に関する細かな設定から様々な考察を繰り広げ、それがまた彼自身の創作意欲を刺激した。


 彼とは大学進学の折に離れ離れになったが、それでも年に数回地元で再会するたびにお互いの近況報告もそこそこに、空想に花咲かせていた。

 LINEでやり取りしているとはいえ、やはり面と向かって話さなければ伝わらない思いもある。


 実は私の漫画が新人賞に選ばれ、プロの漫画家としてデビューが決まったのだ。

 次に会う時はそのことも報告できると喜んでいた。



 そんな彼が急逝した。

 全く予兆などなく、突然の出来事に頭が真っ白になった。


 彼の葬儀に参列して、母親に話を聞くもやはり病気などではなく突然の死だった。

 小説家志望と言っても根暗ではなく、多くの友人が彼の死を悼んだ。

 むしろ創作活動を行っていたことなど知らないという人がほとんどだった。


 私は創作仲間としての彼しか知らなかった。

 だが、私にとって本当の彼は小説家になろうと必死にあがき、壮大な物語を紡いで私に面白おかしく聞かせてくれたワナビとしての姿だった。



 それからしばらくして、彼がネットに小説を投稿していたことを思い出した。

 私は直接プロットを見せてもらったり、下書きについて意見を求められることはあれど、彼の作品をしっかりと読んだことはなかった。


 以前もらった添付ファイルからタイトルを探し、検索する。

 あらすじから判断するに、彼の作品で間違いない。


 それは王道の冒険ものだがテンプレ通りの展開ではなく、彼の幅広い知識と斬新な手法がふんだんに盛り込まれた作品だった。

 私が当時から楽しみながら聞いていた物語が小説という形をなしてそこにあった。

 完結まで後少しというところだった。


 ただ、それはほとんど読まれることなく数多の作品の波に埋もれていた。

 こんなにも素晴らしい作品が読まれない。

 私は怒りを覚えた。

 くだらない作品ばかりが上位に君臨するウェブ小説では、彼のような名作でさえ埋もれてしまうのか。

 良い作品が読まれるとは限らないのだ。



 当時、私は連載のためにプロットを描いては担当に見せ、その度に芳しくない結果ばかり戻ってきており、精神的にも参っていた。


 以前気分転換に始めたSNSでは私よりもずっと上手い漫画家たちが無料で漫画を載せている。

 それが尊敬と嫉妬を呼び起こし、しばらく遠ざかっていたのだがふと思いついたことがある。


 のはどうだろうかと。


 もちろん自分の作品として持ち込むなどはプライドが許さないし、彼に顔向けできない。

 私の願いはあくまで彼の作品をもっと多くの人に見てもらいたい。

 それだけだ。



 何度も彼の作品を読み返し、私なりに短くまとめた一話を試しに投稿してみた。


 結果は上々。

 続きが見たいという書き込みが多く、早速続きに取り掛かった。


 それから徐々に読者が増え、私の漫画はまとめサイトが作られるほどに巨大なコンテンツへと成長した。

 書籍化の話も出たがそれは断った。

 私は彼の物語を借りているだけに過ぎない。

 たとえ売れたとしても、私の実力ではない限り後に続かないことがわかっていた。



 やがて、事態は思わぬ方向に転がっていく。


 誰かが彼の小説を発見したのだ。

 あまりに展開がそっくりな作品がある、と。

 そして投稿のタイムスタンプから判断して、私の方がこれを模倣しているのではないかと。


 作品について、元になるネタはあると公言していたが、彼の作品そのものをしっかり宣伝していたわけではなかった。

 だが私に恥じるところはなく、堂々と彼との関係性、すでに彼が逝去していること、彼の作品を世の中に広めたいという思いでこの漫画を描き始めたということを伝えた。


 それは好意的に捉えるよりも否定的に取られる方が多く、私の作品にも私自身にもアンチが現れた。

 新作を投稿しても誹謗中傷が書かれ、肯定的なコメントを残した者に対しても攻撃的な人たちが現れ、次第にコメントや閲覧数も減っていった。


 死人を使ってまで金儲けするなとか、ただのパクリだろうとか、悔しかったらオリジナルで勝負しろなどという書き込みもあった。

 もちろんこの漫画で金銭は一切もらっていないし、彼の物語の面白さを証明するためなのだから展開を変えるつもりもない。


 私からみたら、お前たちこそ人が死んでから寄ってきた見物客だ。

 死ぬまで見向きもしなかったくせに。



 彼の小説の方も多くの人に読まれ、私が描くよりも先に漫画化する人も現れた。

 私のモチベーションも随分と下がってしまい、続けることに意味があるのかと考えることもあった。

 その度に「彼の作品が広まることは良いことだ」と考え、また私の役目は「完結していないその作品を終わらせること」だと自分に言い聞かせた。

 作品の最後を知っているのはプロットを見たことがあり、何度も彼の物語を聞いていた自分だけなのだ。

 それだけは譲れない。


 ようやく彼の公開分まで漫画が追いついた。

 ここから先は彼が書きたかった展開を私が漫画化する。

 それは私だけの特権だ。


 描いた展開は紛れもなく彼が望んでいた展開だが、多くの人は「つまらないオリジナル展開」と揶揄した。

 私はそれを肯定も否定もしない。

 たとえ何を言ったところで、私の主観が入り込んでいる時点で確かに原作ではないのだ。


 もちろん「ただ私が描いたから」という理由でつまらないと判断する人もいた。

 決してつまらない展開だとは思わないが、「何が描かれているか」よりも「誰が描いたか」によって人は評価するのだ。



 私は何とか作品を完結させた。

 最後まで読んでくれた人は全盛期に比べると随分と減ってしまったが、それでも私の実力からすると多すぎるほどの数だった。

 私の作品は「数ある二次創作の一つ」に過ぎなかった。

 それくらい多くの人が結末のない小説の結末を考え、物語を終わらせていった。


 確かに面白い終わらせ方もある。

 それでも、やはり私は彼が残した原作が一番しっくり来る。



 彼の願いは叶ったのだろうか。

 小説家として名を馳せ、広く世に作品を知らしめるという夢は彼の死後ようやく成し遂げられた。


 私はきっと漫画家としては再起不能だ。

 もう何を描いてもパクリだのなんだの言われ、正当に評価されない。

 ならばもう筆を置いて別の道を模索するしかない。

 幸いまだやり直しのきく年齢だ。



 ――これは漫画家だった私と、小説家になれた彼のお話。

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