星の王様

七四六明

遠きソラの果て

 水星から天王星まで、七つの惑星と名も無き小さな惑星を経由した長き旅路の果て、冥王星。

 今まで多くの星を巡って来た一行だったが、今までで一番寂しい星だ。


 惑星の中でも最も人が少ないと聞いてはいたが、田舎にしても少な過ぎる。

 列車を降りてかれこれ一時間以上歩いているが、未だに誰とも会っていない。


 マルタの出身である木星も人は少なかったが、木星は面積があったし、ガスの惑星だったからそもそも人が住める場所すら少なかった。

 惑星の中でも極小とされている冥王星で誰とも会わないのは、単純に人がいないだけだ。


「さすがにこれ……おかしくない? 冥王星って、みんなが目指す最終目的地じゃないの?」

「うん……気が付けば、私達以外の乗客の姿も無い。ここまで人と会わないと、不気味だな」


 レイダーも周囲を見渡しながら言う。

 出身の天王星では群れる事無い一匹オオカミだった彼だが、さすがに周囲に人一人いないと言うのは彼にとっても異質らしい。


「とにかく、この星の王に会おう。冥王の称号は、その星の王しか与えられない。それでいいな、二人共」

「……そうね。どっちにしろ、目指すしかないわね」

「異論はないさ。元々、それが君の目的だろう、ソラ」

「あぁ」


 人はいなかったが、目的地までは一本道で、迷う事はなかった。

 と言うよりも、他に何もなかった。ソラの故郷から最も遠い星。天王星から先の惑星から外された果ての極小惑星には、建造物と呼べる物は一つしかなかった。


 神殿。王宮。祭壇。

 どれも正しいようで、どれも少しズレているような気がする巨大な建造物が、ポツン、と孤立していた。

 ただし、自由に出入り出来る中は今までの静寂が嘘だったかのように賑やかで、星の人達がすべてそこにいるかのように混み合っていた。


 特に止められる事もなく、三人はスルスルと抜けるように進んでいく。

 真っ直ぐに進み続けた先、最奥に構えられた王座に、彼は座っていた。

 冥王星の王。地球に忘れ去られた星の王が、脚を組んで鎮座していた。


「地球、木星、天王星よりの来訪者か。歓迎しよう。私がこの星の支配者にして王、名をガルダンと言う。冥王の称号を求める者よ、前へ」

「地球より来た、ソラだ。冥王の称号を貰い受けたい」

「ならば、此処へ」


(何だ。この軽々しい感じ……)


 地球では、誰もが欲していた冥王の称号。

 貰い受ければ、自分の思い描く異能を手に入れられると、志願者は尽きない。

 毎年抽選で選ばれる狭き門を勝ち取って星を出られても、他の星の猛者達と冥王の座を掛けて戦った。勝ったり負けたりを繰り返しながら、艱難辛苦を乗り越えてようやく辿り着いた。


 なのに、最後の最後でこの呆気無さ。

 異様に感じる違和感。ガルダンの言う通り、彼の目の前に行けばいいだけだと言うのに、ソラの足が、ふと止まった。


「どうした」

「ソラ?」


 訊いても意味はないかもしれない。

 けれど、訊かなければならないと思った。

 この違和感の正体を、突き留めなければならないと思った。でなければ、ずっと気持ちが晴れないまま終わってしまう気がして、進めなかった。


「冥王星の王、ガルダン。今まで、冥王の称号を与えた人の数を、あなたは憶えているのか」

「……さぁ。千を超えた辺りから、記録を止めた」


 絶句。

 言葉が出て来なかった。


 地球では、毎年行われる抽選に当たらなければ、冥王星を目指す事さえ許されなかった。

 他の星でも、マルタやレイダーを含めた様々な異星の人々と、冥王の座を争って戦い、時には命さえも奪い合った。

 もっと貴重で、最後には何かしらの試練さえ用意されていると思っていたのに、王座の前に来るだけで、はいと渡されてしまうだなんて、思いもしなかった。


 今までの努力は、戦いは、一体何だったのか。

 痛めて来た胸の内は何だったのか。奪った命の重さを考えた夜は何だったのか。問い質したいが、言葉が見つからない。

 そのまま言ったところで、目の前の王は知る由もないのだから。


「冥王は何も、特別な力ではない。この星に生まれた者なら生まれた時より持っている力であるし、分け与える事も難しくはない。だが、他の星々ではこの力を巡って争い、戦い、殺し合っていると聞く。嘆かわしい事だ。どのような力かも明確に理解しないまま、必要のない犠牲を払って来るのだから」

「力を、理解……?」

「おまえは地球の生まれだったな。ならばこの力は、おまえに万能の力を与える異能と伝わっているのだったか。確かに、地球規模の願いなら叶うやもしれぬ。地球の侵略でも支配でも、破壊の限りを尽くせば叶う願いなら、何でも叶うだろうよ」

「そんな……俺は、俺はただ、ただ……」


 知りたかっただけだ。

 小学生の頃から、ソラと言う人間は宇宙に対して多大なる好奇心を持っていた。

 何故宇宙は誕生したのか。何故星々は生まれ、生命は成ったのか。学者達が長きに亘って研究して尚、掲示されない明確な回答が欲しかった。

 ただ、それだけだったのに。


 ガルダンは重く溜息を漏らし、首を振った。


「愚か。実に、愚か。おまえ達は碌に確認もせず、どのような力なのかさえも知らず、払わずもいい犠牲を払って、潰さずともいい命を潰して、ここまで来たのだろう。そうして、辿り着いた者達が皆、そうした絶望の色で顔を染める。教えようか。ただ求めるだけでは、何も手に入りなどしないのだ。周囲を一蹴するだけではダメだ。おまえ自身が成長しなければ、力を得たとしても何も得られんのだ。故に、地球のソラよ。おまえには今、二つの選択肢が与えられる」

「……二つの、選択肢?」


 後ろで聞いていた二人の息、唾を飲む音が聞こえる。

 周囲の音と声が遠ざかる中、目の前の王の言葉がハッキリと、脳を突き刺すようにソラに届き、揺さぶった。


「力を得ずに引き返すか。力を得てこの先に進むか、だ」

「え……」

「おまえ達の敷いた線路……宇宙列車は確かに、ここより先にはない。だが、冥王星は果てなれど、宇宙の果てに非ず。ここは、太陽系惑星の果て。この銀河より外には、更に多くの銀河、果ては宇宙が存在する。その星々のいずれかに、おまえの求める力はあるだろうが、おまえがそれに辿り着くと言う保証はなく、地球に持って帰れる保証もない。が、それをなせる確率をゼロから一に引き上げるのが、この力である」

「つまり冥王の力で、他の銀河に行け、と……?」

「端的に言えば、な。が、この旅路はそうはいかぬ。どうする? 冥王星ここをおまえの終着とするか。果ての先に進むか――選べ」


 終着。


 そう、ここは列車の終着駅。

 ここに来るための切符を掛けて、あらゆる犠牲を払って来た。

 が、求める力はここにはない。


 あるのは、更に先に進むための力。

 ここまで来るのに燃やした執着を、再び燃え上がらせる可能性を秘めた力。

 ここまで来るに至った理想と執着を、叶えるかもしれない力だ。


 二者択一。

 進むか、退くか。

 前を向きながら後ろに進むか。前を向いて振り向かず進むか。


 答えは、そう簡単には出せない。

 何せ一生、地球に帰れないかもしれないのだから。自分は宇宙の果てで、誰にも知られぬ場所で塵となり、消えて死んでしまうかもしれないのだから。


 だがそれは、自分一人だけならの話だ。


「私は付き合ってあげてもいいわよ、ソラ。ここまで来たんだもの。今更、どこへ行こうと一緒じゃない。私は進むわよ! 木星のマルタ! 宇宙全ての病を治す秘術を求めて!」

「右に同じだ、ソラ。だが私は、おまえが行かなくても行くぞ? 天王星のレイダー。不老不死を成す賢者の石、その制作方法を求めて」

「……行かない、わけがない!」


 列車に乗った時から、決めていた。

 ゴールは星に辿り着く事ではない。自分の目標、理想に届く事。力を手に入れるのは、手段でしかなかった。臆する事は、怯む事はなかった。


「地球のソラ! 宇宙の神秘、生誕の謎を求めて!」


 例え、遠き宇宙ソラの果てまで行くことになろうとも、自分達は進み続ける。

 そう、決めたのだ。

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