幼馴染の真の姿を見せてやる

月之影心

幼馴染の真の姿を見せてやる

「あ、あの……その……わ、私とお付き合い……してください……」




 高校の放課後の中庭で、顔から耳から首から真っ赤にして僕に頭を下げている、ヘアスタイルとかあんまり興味無さそうな眼鏡の子は、物心付いた頃から中学生になるくらいまで一緒に過ごしていた、家の隣に住んでいる幼馴染の香西佳奈恵こうざいかなえ


 その佳奈恵が突然僕、東郷孝介とうごうこうすけを放課後の中庭に呼び出して告白してきたというわけだ。


 『突然』とは言ったが、幼い頃の佳奈恵は僕にとても懐いていて、将来僕のお嫁さんになると何度も言っていたので、それをカウントすれば突然でも何でも無い。

 しかし、異性を意識する年頃になってからはあまり絡まなくなり、高校では同じクラスになったと言うのに、こうして面と向かって話すのも実は久し振りだったりする。

 その久し振りに言葉を交わすのが、まさか告白とは思いもしなかった。

 




「えっと……急にどうしたの?」


「あ、いや……あの……。」




 佳奈恵は俯いたまま胸の前で握り締めた手をもぞもぞと落ち着き無く動かしていたが、やがて顔をゆっくり持ち上げてきた。

 引き攣らせた笑顔は紅潮し、眼鏡の奥の丸い目には今にも零れ落ちそうなくらいに涙を浮かべ、ぽてっとした唇は微かに震えているように見えた。




「だ、大丈夫?」




 佳奈恵の思い詰めたような表情が心配になり、佳奈恵の方へ一歩近寄った時だった。




「あーもぅ!んだよぉ~そんな顔してちゃ誰もOKなんかしてくれねぇぞ!」


「あはははっ!けどもうちょっとだったと思うよぉ~!」


(え?何?)




 校舎の影から数名の男女が姿を現し、そこに僕が居ないかのように無視して佳奈恵を取り囲んだ。

 女子は佳奈恵の肩を抱くように寄り添い、男子は佳奈恵の頭や背中をポンポンと叩きながら呆れたような顔で居た。




(何これ?)




 暫く佳奈恵を取り囲んでいた集団の中から、いかにもチャラそうな男子……確か話した事は無いけどクラスの軽部かるべとか言う奴……が僕に気付いたかのような素振りで近寄って来た。




「あはは!本気で告られたと思った?訓練だ訓練。く・ん・れ・ん!」


「く、訓練?」


「コイツが将来告白する時に失敗しないように俺らで面倒見てやってたんだよ。」




 呆気に取られる僕にもう一人、茶髪の女子……こいつも軽部と一緒によく居るクラスメートの光井みつい……が近付いて来る。




「こんな暗くて冴えない子、誰も告白なんかしてくれないでしょ?だから自分から出来るように練習させてたんだけどぉ……まだまだね。」




 何となく話は見えてきた。

 長らく話す事すら無かった佳奈恵が、何の前触れも無く僕に告白してくるとは思えない。

 この騒がしい連中にけしかけられ、佳奈恵の意思に反した事をさせられたのだろう。

 があってから、引っ込み思案で騒がしい事を好まないおとなしい性格になっていた佳奈恵だが、それが変わっていなければ、軽部や光井に無理矢理やれと言われて断り切れなかったに違いない。

 それを利用して『コイツの為を思ってやった』みたいな屁理屈が見え隠れする。

 まぁ、僕を相手に選んだのはどっちなのか分からないけれど。


 それにしても何か無性に腹が立ってきた。




「まぁそういうわけだから、またコイツの訓練に付き合ってもらうかもしれねぇからヨロシクな。」




 軽部は嫌らしい口調で言って僕に背を向け、左手をひらひらとさせながら立ち去ろうとした。

 光井や他の取り巻きも一緒に笑いながら……。












「いいよ。付き合おう。」




 僕は立ち去ろうとする軽部の背中を一瞥した後、佳奈恵の方を見て言った。




「は?」


「え?」




 立ち去りかけた男女集団がぴたっと足を止めて振り返り、全員が全員、驚きの表情を浮かべて僕を見た。

 佳奈恵も同様に、真っ赤な顔に涙目で僕の顔を何が起こったのか理解出来ていないような顔で見ていた。

 最初に口を開いたのは軽部だった。




「ちょっ……お前!訓練だって言ってんのに!何本気になってんだよ?あはははは!」




 軽部は一瞬顔が緩んだと思ったら、やがて僕を指差しながら大笑いしていた。

 釣られて光井や他の集団も大声で笑いだした。




「バッカじゃないの!?私たちがこの子の訓練してやってるって分かってんのにマジで取るとか!ウケんだけど!」




 僕は盛り上がる光井らを無視し、佳奈恵の方へ歩み寄った。

 俯いて小さく震えている佳奈恵の頭をポンポンと叩く。




「コウ……ちゃん……?」


「帰ろうか。」


「あ……え……う、うん……。」




 佳奈恵は僕と軽部らを交互に見ながら僕に着いて来る。




「お前そんなのと付き合うとか正気かよ?あはははは!頭イカレてんじゃねぇの!?」


「ホント!あったまおかしい!きゃはははは!」




 背後で軽部と光井が面白そうに騒いでいたが、絡んでも何もメリットは無いと思い、無視したまま佳奈恵を連れて学校を後にした。




**********




 家に向かってのんびり歩いていたが、何故か佳奈恵は僕のすぐ横ではなく、半歩から一歩ほど後ろを着いて来ていた。

 信号待ちで停まっても、真横に並ぼうとはしない。

 ふうっと一つ息を吐いて信号を眺めていると、背後から佳奈恵が声を掛けてきた。




「こ、コウちゃん……あのさ……。」




 僕は体ごと振り返って佳奈恵の方を向いた。

 佳奈恵は少し落ち着いたのか顔色も元に戻っているようだが、相変わらず思い詰めたような表情は消えていない。




「どうした?」


「さっきはごめんね。私……こんなだから皆弄りやすいんだろうね。ちゃんと断れば良かったんだけど……そのせいでコウちゃんにも嫌な思いさせちゃって……。」


「んん?」


「それと……さっきの……私を助けてくれる為に嘘吐かせちゃって……ホントにごめんね……。」




 段々涙声になっていく佳奈恵……よっぽど辛かったんだろう。

 僕は心の中で小さな火が灯るのを感じていた。




「あぁ……それは……うん。」


「うん……。」


「それよりアイツらにムカついて勢いでこんな事になっちゃって……寧ろ僕の方が申し訳ないよ。」




 佳奈恵は俯いたまま首を左右に振るだけだった。




「なぁ、佳奈恵。」




 僕は佳奈恵に一歩近付き、佳奈恵の頭をぽんぽんと叩いた。




「ふぇ?」


「小さい頃、佳奈恵は明るくて活発で近所で評判の子だったよね。」


「え?」


「でも、があってから佳奈恵は出来るだけ目立たないようになっていった。」


「う、うん……。」








 あの事……。

 佳奈恵は小学1年の時、近所に出た変質者に襲われて誘拐されかけた事がある。

 幸い大事には至らず、容疑者もすぐに逮捕されて事無きを得たのだが、その時に無事を喜びに来た近所の人から『佳奈恵ちゃんは目立つから狙われた』みたいな事を言われたらしく、それ以来、何をするにも極力目立たないようになった。

 勿論、その近所の人も悪気があって言ったわけでは無かったのだろうけど、幼かった佳奈恵は『自分が悪かったんだ』と受け取ってしまったようだ。








「あれを忘れろとは言わない。」


「……。」


「けど、丁度いい機会だから元の佳奈恵に戻ってみないか?」


「……でも……もう私……。」


「出来ないと思うのは何もしていないから。」


「え?」


「何かしたいと思ってやれば出来るかもしれない。」


「……孝介の母親おばさんがよく言ってたね……。」




 『何も出来ないと思うのは何もしていないから。

  何かをしたいと思って何かをすれば何かが出来るようになるかもしれない。』


 僕の母親の言葉だ。

 僕はこの言葉で、何もせずに諦めるという事をしなくなった。

 佳奈恵はあれから何もしていないと自分でも分かっている。

 ならば、出来るかどうかやってみればいい。




「もし出来無くても、今は僕がついているから。」


「うん……ありがとう……。」




 信号が何度目かの青を示した横断歩道を渡り、相変わらず僕の少し後ろを着いて来る佳奈恵と一緒に家へと向かった。




**********




 僕と佳奈恵は一旦それぞれの家へ帰り、着替えてから再度家の前で落ち合った。

 私服になると佳奈恵は制服以上に地味な印象になる。

 取り敢えず、この地味な雰囲気を払拭する為にいくつかの店を回る事にした。


 初めはオドオドしながら僕に着いて来ていた佳奈恵も、色々な店を回って少しずつ自分が変わっていくのを実感するにつれて、少しずつではあるが昔の明るさを取り戻してきたようだ。

 勿論、一日や二日で元通りになるとは思っていないが、まずは見える部分を変える事で佳奈恵自身の内側も変わる……いや、『戻る』きっかけになってくれればいい。


 最後の店に着いたのは夜の7時を少し過ぎた頃だった。




「いらっしゃいm……あぁ孝ちゃん、やっと来たか。」


「綾姉、遅くなってごめん。」


「いいよいいよ。」




 最後に立ち寄ったのは美容室。

 『綾姉』と呼んだ女性は僕の従姉にあたる人で、この店で美容師をしている。

 年は僕と10も離れていなかった筈だが、若くしてその技術を買われ、最初に就職した美容室のオーナーから『暖簾分け』の形で2号店を任されている。




「その子が佳奈恵ちゃんね。初めまして。」


「あっ……は、初めまして……香西佳奈恵と申します……。」


「そんなに緊張しないで。私が佳奈恵ちゃんを超絶美女に仕上げてあげるから。」




 そう言う綾姉は既に佳奈恵をどんな風にするか、頭の中に完成形が浮かんでいるのだろう。

 綾姉の佳奈恵を見る目付きは早くも『職人』のそれになっている。




「孝ちゃん、お店閉めるの手伝ってくれる?ブラインド下ろしてサインポールの電源切ってちょうだい。」


「分かった。」




 僕も調髪はいつも綾姉がやってくれているが、大抵閉店後に見てくれるので片付けやら何やらは大体要領が分かっていた。




「さて……。」




 佳奈恵を椅子に座らせた綾姉は、目を細めて鏡越しに佳奈恵を見て手櫛を入れたり髪を引っ張ったりしながらイメージを膨らませているようだ。

 が、佳奈恵の髪の毛に2回ほど鋏を入れると手を止めた。




「そうだ。佳奈恵ちゃんは私が送って行くから孝ちゃん先に帰ってなよ。」


「へ?」


「え?」


「楽しみは明日にとっておきなって。」


「あ、あぁそういう事ね。」


「気を付けて帰りなさいね。」




 出来れば佳奈恵が変わる姿を早く見たいと思っていたが、やや強引な綾姉の口振りに今はここに居ない方が良さそうな気がしたので、僕は綾姉に佳奈恵を任せて先に帰る事にした。


 夜の9時を過ぎた頃、綾姉から電話が入り、『佳奈恵ちゃんは家に送ったから安心しなさい。』『明日の朝、佳奈恵ちゃんが迎えに行くから寝坊しないように。』と釘を刺された。

 佳奈恵と登校するなんて小学生以来だなぁと思いつつ、その日はあちこち回って疲れが出たのか、考えを巡らせる前に眠気に負けて寝てしまっていた。




**********




 翌朝、玄関の前で待っていたのはステータスを容姿に全振りした美少女だった。




「お、おはよう……。」


「おお……おは……よう……って……佳奈恵……?」


「う、うん……やっぱ可笑しいよね……。」




 いやいや。

 元々佳奈恵は小さい頃から可愛らしい子だったからポテンシャル的には納得だけど、さすがの僕もここまで変わるとは想定外だった。

 てか、綾姉張り切り過ぎだろ。

 言っちゃ何だけど、もっさりしてた髪は艶々のショートボブになって、若干くすんだ印象だった肌はきめ細かくなって透き通ってるし、特徴の無かったデザインの眼鏡を外して多分コンタクトにしてるし。




「いや、全然可笑しくないよ……めちゃくちゃ可愛い。」


「かっかわ!?」




 佳奈恵は顔から耳から首筋から真っ赤にして俯いてしまった。

 見た目は変わっても中身まではそう簡単には変わらない。

 そこは追々戻ってもらうとしよう。




「それじゃ行こうか。」


「う、うん……。」




 僕は佳奈恵の手を取って繋ぐと、そのまま学校へと向かって歩き出した。




「ちょちょちょっと!コウちゃん!?」


「どうしたの?」


「手……繋いで行くのは……は、恥ずかしいかなって……。」


「いいじゃん。一応僕たち付き合ってる事になってるんだから。」


「ふぁっ!?……だ、だからあれは……。」


「まぁいいから。さ、行こう。」




 若干足取りの重たそうな佳奈恵と手を繋いでそのまま歩いて行った。

 学校へ近付くと、興味津々な表情で僕たちを覗き見る学生が増えて来た気がする。

 そして予想通りと言うべきか、学校の玄関口に辿り着く前に軽部が声を掛けてきた。




「おやぁ~?東郷じゃぁん。おっはよぉ~。あれぇ?昨日香西に告白されてOKしたのにもう他の子と登校ぉ?浮気はいけないよぉ?」




 軽部はニヤニヤと笑いながら、弄るネタを見付けたと言わんばかりに絡んで来たが、隣に居る佳奈恵の顔をチラチラと見ながら微妙な表情に変わっていった。




「へ、へぇ~……また随分可愛い子と浮気してるんだな……ってこの子誰?」




 隣の佳奈恵は顔を赤くして俯いていた。

 僕は吹き出しそうになるのをぐっと我慢していたが、軽部があまりにも間抜け面をキープするので限界が来てしまった。




「ぶっ!!!あはははは!!!」


「えっ!何?俺何か面白い事言った?」


「いや、悪ぃ悪ぃ!昨日あんなにしてたのに分からないんだと思ったらつい……わははははは!!!」


「何の事?」


「まぁそれだけ人を見る目が無ければ分からないだろうね。」


「は?何?朝から俺に喧嘩売ってんの?」




 軽部の間抜け面がぎゅっと締まって僕を睨み付けて来たが、真実を知らない軽部と笑いが我慢出来ていない僕とでは喧嘩にすらならないので、さっさとネタバラシして教室に向かう事にした。




「めんどくさい事言わずに教室行こうぜ。ほら佳奈恵も行こう。」




 佳奈恵は頷いて靴を上履きに履き替えていた。

 横で今にも僕に掴み掛かりそうだった軽部はフリーズしたかのように固まった。




「と、東郷……今……誰って言った?」


「ん?『佳奈恵』って言ったんだけど?」


「……もしかしてこの子……香……西……?」


「もしかしなくても香西佳奈恵。昨日僕に告白してくれて、僕がOKして付き合う事になった香西佳奈恵だよ。 何 か 文 句 あ る ? 」




 僕は軽部の鼻先に顔をぐっと近付けて言った。

 一瞬気圧されたように体を後ろに引いた軽部は、僕から佳奈恵に視線を移すのが精一杯なようで、そこから動かなくなったので放置して教室へ向かう事にした。


 教室では数名の生徒が雑談に花を咲かせていたが、やはりと言うか、教室に入った僕と佳奈恵を目敏く見付けた光井が玄関での軽部と同じような顔をして、取り巻きと一緒に近寄ってきた。




「東郷クンおはよぉ~。昨日の今日でもう換えたのぉ?東郷クンって結構遊び人なんだねぇ~。しかも佳奈恵とは正反対のすっごい可愛い子じゃん。」




 さすが普段つるんでいるだけあって考える事や見る所は同じようだ。

 僕は光井の視線の先に居る佳奈恵との間に入るように光井の視界を塞ぎ、掛けて来た言葉を無視するように自分の席へ向かおうとした。




「シカトすんなよぉ、感じ悪ぃなぁ。てかその子誰よ?転校生?」


「転校生が職員室すっ飛ばして教室に来るわけないだろ?」


「じゃあ誰なのよ?うちのクラスの子じゃないでしょ?」


「光井も軽部と同じだな。さすがいつも一緒に居るだけの事はある。」




 僕は軽部の時と同じく必死で笑いを堪えていたが、不思議そうなヘンテコな顔の光井を見ていると、頬と口角が上がるのを抑え切れなかった。




「何キモい事言ってんだよ?あんなヤツと一緒にすんな!」


「いやいや、全く同じ反応してたよ。なぁ佳奈恵。」




 僕が同意を求めるように佳奈恵の方を向くと、光井とその取り巻きはほぼ同時に全員が『え?』という表情で佳奈恵の方へ視線を向けた。

 少しの間教室が静寂に包まれたかと思うと、光井はゆっくりと僕の方へ向いて口を開いた。




「今……佳奈恵って……言った?」


「言ったよ。」


「嘘でしょ?」


「本気で訊いてるの?なのに髪型変えただけで誰か分からなくなるとか有り得んだろ。」




 まぁ、綾姉が手を入れてる以上、髪型を変えただけで済んでいるわけは無いのだが。




「光井に『友達』って思われてる子も気の毒だな。髪型変えたら誰か分からなくなるらしいぞ。」




 そう言いながら固まっている光井の取り巻き達を一人ずつ見て流した。

 目を泳がせる取り巻き、オドオドした顔になる取り巻き……それぞれが『私は関係無い』という表情で居る中、光井は顔を真っ赤にして俯いたまま固まっていた。


 多少なりとも軽部と光井に現実を見せた事で、僕の苛立ちは落ち着いてきたし、これ以降、佳奈恵を弄ってくるような事も無くなったので、後は佳奈恵が元の明るく活発な女の子に戻ってくれる事を祈るだけだ。




 放課後。


 今日一日、佳奈恵は多くのクラスメートに囲まれ、少しずつではあるが以前の明るさを取り戻してくれているようだ。

 今も、帰宅部の連中数名に話し掛けられて笑顔で話せているのが見える。


(これなら大丈夫だな。)


 僕はそう思いながら鞄を持って教室を出て行った。




**********




 家のある住宅街へ向かう途中の幹線道路。

 それを渡る横断歩道で信号待ちをしていると、背後からパタパタと足音が近付いてきた。




「はぁっ……はぁっ……こ、コウちゃん……さ、先に一人で……帰らないで……よ……はぁっ……。」


「え?あぁ……っと、一緒に帰る約束してたっけ?」


「し、してないけど……みんなに『彼氏先に帰っちゃったよ』って言われたから……。」


「そういう事ね。」




 目の前の信号が青に変わったので、横断歩道へ一歩踏み出した。




「ちょ、ちょっと……待って……。」




 佳奈恵に呼び止められた僕は道路から足を戻し、歩道で体を佳奈恵の方へ向き直した。




「どうしたの?」




 佳奈恵は肩で息をしながら僕の顔をじっと見ていた。

 何故か、以前の怯えたような目をして。




「佳奈恵?」


「こ……コウちゃんが……彼氏だったのは昨日と今日だけなの?」


「え?」


「私に……戻るきっかけを作ってくれて……戻れそうになったから終わりなの?」




 信号機から流れる『かっこう』のメロディが止まる。




「だってあれは、佳奈恵が軽部達に無理矢理告白させられて、それにムカついた僕がOKしたんだけど、もうそれは片付いたんだし、佳奈恵もアイツらの言いなりになる必要も無くなったんだから……。」




 佳奈恵は僕の方にぐっと近付き、僕の目をじっと見詰めて言った。




「いくら誰かに言われても……好きでもない人に告白なんかしないよ……。」


「え?」


「私は……ずっと前からコウちゃんの事が……




 幹線道路を通る車の音が佳奈恵の言葉をかき消す。

 歩道には二つの長い人影が動かないまま向かい合って伸びていた。

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