生命のゴール

八百十三

生命のゴール

「人生のゴールってさ、どこなんだろうね?」

「は?」


 新宿歌舞伎町のとある雑居ビルに入居した異世界居酒屋「陽羽南ひばな」歌舞伎町店が開店から三周年を迎えて、そこから数日が経過したある日のこと。

 ちびっ子エルフで元シーフ、人狼の呪い持ちのパスティータが、仕事終わりに店内の掃除をしながら誰に言うでもなくつぶやいた。

 竜人種族で元戦士、ホールスタッフのアンバスが、突然の言葉に掃除の手を止めて首を傾げる。ウサギ獣人で同じくホール担当、元僧侶のエティも難しい表情をしていた。


「なに、唐突に」

「いや、なんかさー。今日お客さんと話してたら思っちゃったんだよね」


 そう話しながら、彼女はテーブルを拭く手を止める。このままだと掃除は遅々として進まないが、別段それを咎める理由も、今更ない。


「あたし達はこうしてお店をちゃんとやって、三年は続けるところまでは来たわけじゃん? でもこれってゴールでもなんでもないし、まだまだこれから先があるじゃん」

「そうだな」


 彼女の発言に、カウンターの向こうからエルフの元弓使い、シフェールがシンプルに返す。厨房担当の彼女の居場所はキッチンだ。僕は彼女の発言を背中で聞きながら、厨房奥のフライヤーの掃除をしている。


「でも松尾さんとかマルチェッロさんとか、『三年続けてこれたからこれで一区切りですね』とか平気で言うじゃん。つまりそれってチェックポイントにはついたってことでしょ?」


 パスティータが続けて言った言葉に、僕も含め全員の作業の手が止まった。

 確かに三周年を迎えるにあたり、常連のお客さん数人から連名で花束を貰ったし、馴染みの会社さんから花輪も送ってもらった。話を聞くに、どうもこの世界では飲食店で三年、店を潰さずに営業を続けることはすごいことらしい。


「あー」

「確かに、社長も『三年営業を続けてこれたら飲食店として一人前だ』っつってたもんな」


 振り向けば、エティもアンバスも、納得したように頷いていた。うちの営業母体の社長も、確かにそういう話を僕にしていた。

 みんなの反応を見回したパスティータが、肩をすくめながら言う。


「そうだよね。じゃ、ゴールってどこなんだろー? って思っちゃってさ」


 その言葉に、全員が顔を見合わせた。

 三年がチェックポイントなら、ゴールはどこなのか。確かに、気になる問題だ。

 店としてのゴール、人生の中でのゴール、それは確実に同じところには無いだろう。だが、離れたところにあるとも言い難い。

 掃除する手を再び動かしながら、僕は口を開く。


「僕からしてみたら、この店を次の世代に引き継いだら、店としてはゴールだと思うけどな」

「でも、マウロのそれは店長としてはでしょう? 私達は普通の店員だから、そうも言ってられないわ」

「人生のゴールで考えたら、もっと先の方にあるだろうしな……」


 エティとシフェールも悩ましそうな表情をしつつ腕を組んでいた。僕のゴールと彼女たちのゴールは、確実に別だ。僕は店長としての立場があるからこう言ったが、一店員である彼女たちは目指す場所も違うだろう。

 アンバスがモップの柄に肘をつきながら言う。


「やっぱり死ぬ時がゴールなんじゃねぇの?」

「だが、冒険の最中に死ぬような不慮の死は違うだろう。天寿を全うしたときとか……」

「権威ある地位を勤め上げることもゴールになるんじゃない? 私だったら、ほら、大司教になったりとかそういう……」


 彼の言葉にシフェールが言葉を重ね、そこにエティも乗っかっていく。

 確かに、僕達は元々全員冒険者。それも異世界で活動していた冒険者だ。それが地球に転移してきて、定住して、すっかりこちらに拠点を移すようになってもう三年。今時、魔物に襲われて死ぬこともそうそう無いだろうが、天寿を全うできる自信もそんなになかった。

 と、話を聞いていたパスティータが僕に目を向けてくる。


「ねー、マウロはどう思う?」

「んー?」


 彼女の問いかけに、僕はフライヤーの網を上げながら返事を返す。

 人生のゴールか。こちらに転移してきてから何となくイメージが出来るようになった気がする。その感覚を、僕は素直に言葉にしていった。


「そうだなぁ。僕は、人生のゴールはいくつもあって、でもそのゴールの向こうにまたスタートもある、って考えるなぁ」


 パスティータはチェックポイントと先程言ったが、別にそれはゴールであってもいい筈だ。そしてそのゴールの向こうに新しいスタート地点があって、またゴールに向かって進んでいく。そんな気はする。

 その僕の言葉に、みんなはどこか納得したような表情だった。それぞれがそれぞれに、僕の言葉への同意を返してくる。


「ああ、なるほど」

「確かにそうね」

「なんかでゴールを迎えても、その後からまた新しい目標とか出来るもんなぁ」


 四人ともが、どこか腑に落ちた笑みを浮かべていた。パスティータもこくこく頷きながら僕を見上げている。


「そっかー」

「うん。だから一つじゃなくていいと思うよ、ゴールって」


 彼女の言葉に僕も頷いて、にっこりと笑ってみせる。

 ゴールは一つでないといけないなんてことはない。いろんなゴールがあってもいいし、何度ゴールを迎えてもいい。人生って、きっとそういうものだと思うから。

 だから、人生でゴールを迎えるその瞬間まで、全力で生きる。そういうものだと、僕は思うのだ。

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