道化の目覚め

沫治八

道化師

 いじめなんて、よくあるだろ。

 小学校ではデブがデブって呼ばれてて、そう呼んだ奴らが教師に怒られてた。中学校でもデブな奴がいて、デブって呼ばれてたけど本人は笑ってて、皆に愛されてた。

 高校生になった。いじめられるようになった。きっかけなんて忘れたが、クラスの人気者に嫌われて、その結果クラス全体に嫌われて。だがたいして辛くはなかった。辛いと思わないことで自分を保っていた。


 毎朝、クラスに入ると他の生徒の視線が集まる。飛んでくる男子の罵声、クスクスと笑う女子。煩い。

 授業が始まると教科書がないことに気付く。誰かが盗んだんだろう。気にすることじゃない。渋々中年教師に言う。

「教科書、忘れました」

「全く、何度目だ。本当に学習しないな。反省の意味も込めて教科書無しで受けろ」

「え、いや」

「返事は?」

「、、、はい」

クラスにどっと笑いが起きる。教師は生徒にウケて自慢げだ。

 最後のチャイムが鳴り、教室を出ようとすると声が聞こえた。

「今日のアレ。『え、いや』ってやつ。コミュ障かよ」

「あれやったの誰?マジで天才」

「あ、アイツ帰るよ。ばいばぁい」

ウザったい。黙れよ、ゴミ共が。半笑いでクラスの奴らが手を振る。無視して教室を出ると、廊下にいた若い女の教師に呼び止められた。

「ねぇ、君。友達がさようならと言っているんだから返さなきゃ」

真面目かよ。気色悪い。ゴミと友達な訳ないだろ。

「次から気を付けます」

「次からじゃなくて、今言いに行きなさい。友達いなくなっちゃうよ」

教師が強く背中を押した。少しよろけて、教室の中へ入ってしまう。絶対に言いたくないが、背後には教師がいる。

「さようなら」

また奴らの中で爆笑が起きる。満面の笑みを浮かべながら、奴らが言う。

「うんうん、フフ。じゃあね」

「小学生かよ」

「友達なくすよぉ」

クソっ。何でこんな。堪らずそこから走って逃げた。ろくに走ったことなどないから、不格好な走り方だ。下駄箱に辿り着くまで何人かの教師に「校内で走るな」と注意されたが、無視した。下駄箱には履き古したスニーカーが片方しかなかった。これも誰かが。これで外に出るのは恥ずかしいし、親に心配される。

「おい、待て。一年、校内で走るな」

下駄箱の前で立ち尽くしていると体育教師が顔を赤くしてやって来た。お前も走ってるじゃんか。

「ルールを守れっ!」

体育教師はビンタをした。メガネが飛んだ。ヒリヒリと頬が痛む。歯を食い縛ってから、スッと力を抜いて言う。

「すいませんでした」

偶然近くにいたクラスの女子がこちらを見て何かを言っている。奴らの顔は笑っていた。

「ルールを守れない奴は集団で生きていけないぞ。クラスの友達にも信頼されなくなってしまう」

教師が何かをほざいている。煩いんだよ。

「ごめんなさい」

説教中の教師にそう言うと残された片方のスニーカーを履かず、メガネも拾わずに外へ出た。教師はこちらに何かを言っていたが、追ってくる気配はない。

 気が付けば自宅の前だった。ボロボロになった靴下をチラリと見て、次に家を見た。家の窓には楽しそうに夕飯を作る母がいた。家には入らなかった。

 靴を買わなければいけない。靴下も偽装したい。母を心配させないようにしなくては。小学校の頃から使っているダサい財布を覗くが、入っているのは十円玉二枚と百円玉一枚だけ。何でこんなときに持ってないんだ。

「クソッ」

財布を路地に投げ捨てた。駅前は馬鹿みたいに煩い。もうクリスマスシーズンだからカップルも多く、皆楽しそうだ。皆の楽しそうな声が。町に流れる愉快なポップスが。それがもう、本当に、煩い。

「あの、財布落としましたよ」

背後から聞こえる女の声。違う。それは捨てたんだ。

「聞いてます?」

聞いてるよ。でも無視してんだよ。

「中身貰っちゃいますよ」

高々百二十円。いらねぇよ。

「ねえってば」

しつこい声の主に足を止め、振り返る。高校生らしき制服を着た女が百二十円を財布から出し、手に乗っけてこちらへ差し出していた。

「もう、いいんです。中身はあげます」

「え、大丈夫ですか?」

「だからいいんだって」

「そうじゃなくて、泣いてますよ」

涙の雫が一滴、地面に弾けた。泣いてねぇよ。心配するなよ。そんな顔でこっちを見るな。俺は辛くない。苦しくない。泣いてない。認めてしまえば、自分が本当に惨めに思える。だから、こんなの痛くも痒くもない。腕で目を擦って財布だけを取り上げ、足早にその場を去った。体育教師と同じで、何かを言っていたが、追ってこなかった。


 その日は、気分が良かった。朝からクラスの注目の的で、皆が笑ってくれた。教師がウケたのも俺のおかげ。体育教師がカンカンになって俺を怒っていたのも、それであの女子が笑ってたな。俺は面白い奴で、皆が俺を笑ってる。将来は芸人かな。

 いや、笑ってない奴がいたな。何だっけ。メガネをかけて男で、皆からいつもいじめられてる。ダサくて、カッコ悪くい。自信がなくて、いっつも負けてばかりいてやり返そうとはしない。弱い、脆い、ダサい、暗い奴。

「はは。それ、俺か」

ふと気が付いて口を押さえる。

「今、笑った。はは、ははは」

 回りを見渡す。知らない場所だ。無我夢中で走っていたら、そこは気が付けば知らない場所だった。ふとスマホを取り出し、黒い画面を見る。自分が写っていた。いつもどおりの仏頂面に戻っている。

「俺がまた、笑わせてやるよ」

スマホと財布を道沿いに流れる川に投げ捨てた。




『次のニュースです。一週間前から行方不明となっていた○○さんの持ち物と見られる、スマートフォンと財布が見つかりました。警察は○○さんを初めとする▲▲高校の生徒の連続行方不明事件として、一連の調査を進めています』


『次のニュースです。事件発生から一ヶ月が経過した▲▲高校。生徒の家族にインタビューしました』


『次のニュースです。二ヶ月前から行方不明となっていた○○さんが発見されました。逮捕されたのは○○さんと同じ▲▲高校の生徒である■■さん。■■さんの自宅からはクラスメイトの死体が複数発見されていて、行方不明者の中で現在生存が確認されているのは○○さん一人だけということです。また、■■さんは容疑を否認しています』


『明らかになる■■の本性。■■さんは▲▲高校連続誘拐事件の犯人として逮捕された高校生であった。高校の生徒へのインタビューでは「いじめをしていた」「やってもおかしくない」など、■■の人物像がどのようなものだったか、浮き彫りになる結果となった。』


『次のニュースです。■■は誤認逮捕だった、とのことです。警察は真犯人逮捕に向けて』


『これぇ、どう思いますかねぇ』

『週刊誌とかで見たけどさ、■■って奴いじめしてたんでしょ。誤認でもいいから逮捕されてほしいですけどね』

『そうですよねぇ』


『■■の誤認逮捕は陰謀?全ては金で解決していた』

『■■って最低じゃん』

『いじめっ子嫌い。■■死ね』

『■■って明らかに人格破綻者やろ』


『次のニュースです』


『次のニュースです』


『次のニュースです』


『次のニュースです。△△高校誘拐殺人事件から一年。当時犯人とされていた■■さんが自宅近くの河川で溺れているのが発見されました。検察は■■の自殺としており、、、』




「ぷっ、フハハハ!こりゃ爆笑もんだわ!」

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道化の目覚め 沫治八 @mr_kiso

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