賽の河原

かなたろー

地獄にいる男の話

 ここは地獄のような場所だ。いや、地獄だ。まぎれもなく地獄だ。

 地獄なのだ、だから賽の河原で石を積む。


 私はもう結構な歳だ。妻もいるし子供もいる。

 でも、まだまだ赤ん坊だった。地獄に来ると赤ん坊になる。


 私は地獄にいる。だから賽の河原で石を積む。


 一重ひとえ積んでは父の為 

 二重ひとえ積んでは母の為

 三重みえ積んでは手振り上げて

 四重よつえ積んでは声をはる

 五重いつつえ積んではコビをうる


 そう、声を張り上げるのだ。声をふりしぼるのだ。

 手を振り上げて、声をふりしぼり、看守の鬼のご機嫌をうかがうのだ。


 ご機嫌をうかがい、石を積んでいくのだ。


 看守の鬼は、思いの外チョロい。ちょっとおだてればすぐに油断する。

 だからホイホイと石を積み上げることができる。

 そして、石を十枚積み上げると、私はこの地獄から抜け出せる事ができる。


 そう、石を十枚積み上げると、私は、この地獄から開放されるのだ。


 ただ、大抵は七、八枚積み上げたところで、石をくずされる。

 悪事がバレて、石をちゃぶ台返しのごとく、くずされる。


 私ひとりなら、石を十枚積み上げるの事など、造作もない。

 だが、私の周囲には、鬼がいた。看守に付き従った鬼が五人もいた。


 青鬼は下世話で下品な話ばかりする。そしてよく犯罪を犯す。

 赤鬼は小物の小心者で、貧乏人だ。そしてまったく仕事をしない。

 黄鬼はいつもボケーっとしている。自分が何をすればいいのか、しょっちゅう忘れる。


 厄介なのは紫鬼だった。


 私の向かって右にいる、紫鬼だった。

 紫鬼は本当に意地が悪い。常にイジワルに私のことを向かって右で見張っている。

 私は、新入りの赤ん坊だから、そこらへんの事情はあまり知らないのだが、どうやら看守になり損ねたらしい。


 看守になれなかったものだから、ひねくれた性格が、さらにねじ曲がってしまい。もう取り返しのつかない、ひねねじ曲がった性格になってしまったらしい。

 わたしはこの、ひねねじ曲がった紫鬼にそそのかされて、ついつい悪事を働いてしまう。そして、それが看守にバレて、積み上げた石を崩されてしまうのだ。


 そして、そんな紫鬼よりも、もっとやっかいなのが、だいだい色の鬼だった。


 紫鬼の向かって右にいるだいだい色の鬼は、愉快な鬼だ。

 子供にとても人気がある。とにかく人気がある愉快な鬼だ。奇声を発したりモノマネをしたりするのが、人気なのだ。


 だが実は、このだいだい色の鬼が一番怖い。


 なぜなら、だいだい色の鬼はとてもふざけた鬼だからだ。

 だいだい色の鬼のおふざけに、私はいつも巻き添えをくらう。巻き添えをくらって、せっかく積み上げた石を、まるでちゃぶ台返しのごとく台無しにされる。


 普段なら、一、二枚、石を崩されるだけでみそぎとなるのだが、だいだい色の鬼のおふざけがすぎると、頑張ってコツコツと七、八枚まで積み上げた石を、一気に0にされる。なし崩しにされてしまう。


 地獄なのだ。とにかくここは地獄なのだ。


 だが、そんな地獄から、どうやら抜け出せそうだ。今回は、どうにかこうにか抜け出せそうだ。


 青鬼と、赤鬼と、黄鬼と、ひねねじ曲がった紫鬼と、おふざけがすぎる、だいだい色の鬼を出し抜いて、十枚の石を積み上げることが出来る。


 私は、千載一遇のチャンスを逃さない!

 私は、勢いよく手をあげた!!


 看守は、言った。


「はい! 凸凹ピーさん!!」


 わたしは、このご時世にぴったりマッチした、渾身の大喜利を放った。

 観客席は、静かだった。


 でも大丈夫だ。放映時は、歓声が足されているはずだ。

 このご時世は、観客を殆ど入れることができない、だから、あとから編集で、歓声が付け足されているハズだ。笑い声が付け足されているはずだ。


「いいね! 凸凹ピーさん!!

 座布団一枚あげよう!!」


メガネをかけた白い看守が、ほがらかに叫んだ。

真っ赤な下働きの鬼は、座布団のような石を運んでくる。


「おっ! これって……」


 紫の鬼がつぶやいた。つづけざまに看守の鬼が、石の数を数える!


「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十!

 おお、凸凹ピーさん! 座布団十枚達成だ!!」


 ・

 ・

 ・


 私は機嫌がよかった。とても機嫌よく、収録を終えて家路いついた。

 家路についたら、妻がやさしく出迎えてくれた。


 そして、今日の収録で、座布団を十枚集めて、ゴールテープを切ったことを誇らしげに語った。

 誇らしげに語っていると、我が子が無邪気に近寄ってきた。


 そして、無邪気にこう言った。


「お父さん、dボタンで座布団渡すやつ、今日もお父さんは0枚だったよ!

 紫の人は一万枚、だいだい色の人は一万五千枚になってたよ!」


 日曜の夕方は、地獄のような場所だ。いや、地獄だ。まぎれもなく地獄だ。


 私にほんのちょとたまった座布団を、どこぞのだれかが、dボタンで、たちどころに減らしてしまうのだ。

 まるで賽の河原の石の如く、たちどころに崩されてしまうのだ。


 その様子を、みんな楽しんでいるのだ。お茶の間で楽しんでいるのだ。我が子までもが楽しんでいるのだ。


 私は笑顔で、そっと我が子の頭をなでた。

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賽の河原 かなたろー @kanataro_

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