自己紹介から!【KAC2021】

えねるど

自己紹介から!

 昼下がりの中庭。

 校舎を見上げれば、エアコンの無い教室に少しでも風を取込もうとして、どの窓も開けられていた。

 時折喧騒が優しく耳に届くくらいの、落ち着いた中庭の花壇の近くで、私は一人お弁当を広げている。


 いわゆる、ソロランチというやつである。

 ……格好よく言ってみただけである。言ってしまえば要するにボッチ飯だ。


 お察しの通り、私には友達はいない。、ね。

 ではどんな存在なら居るのかって?


 それは、ここ中庭を定期的に周回するカラスアゲハでもなければ、イマジナリーフレンドでも、ましてや幽霊さんなどでもない。


 窓際君。

 私はそう呼んでいる。勝手に呼んでいるだけだけど。



 私は転校生だった。

 高校三年生という気重きおもな時期に両親の都合で転入してきた高校ここでは、私の居場所は無かった。

 幸いレベルが低い高校ではない為、進学を見据えた勉学を励むにあたっては問題はないし、大学に行けば新たな交友関係を築く事ができると思えば、あと半年の辛抱で済む。


 それでもやっぱり一人ってのは少し寂しくて。

 特に顕著に空虚さを感じるのは昼休みだった。


 レトロな机を引っ付けて、周りの生徒たちがわいのわいの喋繰しゃべくりながら食事を摂っている様は、私には眩しい砂嵐のようで、私の中のむなしさを浮き彫りにする。

 そんな勝手に作り出した四面楚歌状態から逃げるように、私は一人、中庭で昼食を摂るのがセオリーになっていた。


 中庭ソロランチデイズを始めて一ヶ月くらい経った初夏のある日、なんとなく見上げた校舎の窓から四割ほど上半身を乗り出している男子生徒が居ることに気が付いた。

 コロッケパン――だとおもう――を齧りながら、雲の無い綺麗な水色のグラデーションを見つめている男子生徒。

 三階の窓、ということは三年生で、位置的にはどうやら隣のクラス。


 見たことの無い男子生徒だったけど、なんとなく綺麗と言うか、整った顔立ちの、まあ、要するにカッコイイ男子だった。


 それからも、お昼時には決まってその男子生徒は窓枠に肘を置きながら、空を見つめてコロッケパンを食べていた。

 私が気付かなかっただけで、もしかしたらずっとその男子生徒は昼休みには同じように窓際で少しだけ身を乗り出してパンを齧っていたのかもしれない。


 いつもの窓にいる男子生徒に、私は『窓際君』と勝手にあだ名をつけた。


 まあ、言ってしまえばなんてことはない。昼休みになれば、いつもの窓際にいつもの顔がいるというだけである。

 それでも、私にとってその不動の事実は自分でも意外なまでに支えになっていた。

 目に見えない繋がり……のようなものを感じていた。


 しかし残念ながら恐らく向こうは私のことなど気にも留めていない。存在に気付いていないかもしれない。


 と、思っていた。




 蝉がはしゃぎだしたある日、私はいつものように中庭でお弁当を開いた。

 自前の卵焼きの味を自画自賛しながら見上げると、窓際君がこちらを見ていた。


 初めてバッチリと目が合った。時が止ま――りはしなかったけど、私は勝手に気まずさを覚えて見たまま動けなくなった。

 と思った次の瞬間に、窓際君は目を細めて、控えめにこちらに手を振ってきた。


 ……私に? 周りを素早く見渡してもやはり誰もいない。視線を窓に戻しても、窓際君はやっぱり私を見ていた。


 箸を持ったまま、歓喜と動揺が頭の中で混ざり合っている私は、数テンポ遅れて手を振りかえした。

 窓枠に肘をついている窓際君は、私の手を見て再び眼を細めた。


 中庭と三階の窓際。距離にして七、八メートルってところかな。

 会話もないしそれ以上何もないけれど、私にとってはその日からソロランチではなくなった。



 それからも毎日毎日、私は中庭で昼食を摂った。

 窓際君もやっぱり毎日のように窓際にいて、手を振ってくれた。

 ただそれだけの、よく分からない関係の男の子。でも私にとってはこの高校ばしょで唯一暖かい存在。



 しかしながら、その支えは夏が終わると同時になくなることになった。



 九月のある日のこと。

 残暑が厳しく、やはりどの教室も窓を開けていて、私が中庭で昼食を摂るのもいつも通りだった。

 いつも通りではなかったのは、お行儀悪く肘をついてコロッケパンを齧る窓際君がいなかったこと。


 風邪でも引いたかな。それともコロッケパンに飽きたのかな。


 小さな喪失感を覚えながら弁当を食べ終えたときに、足元に丸められた紙屑が落ちていることに気が付いた。

 拾い上げてくしゃくしゃの紙を広げると、大学のパンフレットだった。

 聖応せいおう大学――このあたりでは一番偏差値の高い大学のパンフレットの、下側の余白部分に、ボールペンで描かれている文字を発見した。


『転校します』


 小さな喪失感が巨大なものに膨れ上がるのと同時に、私の進路は決まった。

 確信はない。きっかけも根拠も何もない。


 ただ、窓際君が呼んでいる気がした。

 私の支えになってくれていた人が、呼んでくれている、そんな気がした。


 理由はそれだけで十分だった。



 それからは、ひたすらな勉強の日々。

 ひとりぼっちも、周りの喧騒も気にならないくらいに勉学に勤しんだ。

 人生の中で最も勉強をした半年間だった。


 何度か確認のために昼休みの中庭に足を向けたが、あの日以来窓際君を見かけることはなかった。


 もし、一言文句が言えるなら、こう言いたい。


 ――せめて、名前くらい教えなさいよ。



 ガチガチのセンター試験、雪の降りしきる二次試験を経て、私の実家に一通の合格通知が届いた。

 私の中には大きく二つの想いがあった。


 一つは、これで答えが手に入るかもしれないという期待。

 もう一つは、どんな意味にせよ、私にきっかけをくれた窓際君への感謝。


 そんな想いも束の間、大学生というのは想像以上に忙しないもののようで、私は入学式を皮切りに余裕がなくなっていった。

 いまいち訳の分からない時間割決めや、迷路のような構内の場所の把握、今まで触れてこなかった学問のインプット。

 相変わらず私はひとりぼっちのままで、大学生活という荒波に揉まれ始めながらも、徐々に空虚さを思い出していった。


 そして十日程が過ぎたある日。


 強引なサークル勧誘を受けて精神がすり減った私が、談話室でお弁当を広げていた時の事。

 窓から見える無機質な街並みを眺めていると、不意に肩を叩かれた。


 上半身だけ振り返って見ると、そこには片手にコロッケパンを持った男が立っていた。

 その男は私の顔を見るなり、ニコッと笑って手を振った。


「ま、ま、ま、ま、ま、ま――」


 ――窓際君!!

 見間違えようがない程、目の前の男の人はあの時の窓際君だった。

 近くで見る窓際君は、遠くで見るよりもずっと格好良い。


 口をパクパクしてしまっている私を見た窓際君は、更に目を細めてから、


「やあ、久しぶりだね、中庭なかにわさん」


 私のことをそう呼んだ。

 何と短絡的なネーミングセンス……っと、自分で言ってて虚しいね。


 瞬間的に、私はパンフレットを拾ったあの日のことを思い出した。

 一言、言ってやりたい文句があったではないか。


 私は突発的なことに手が震えながらも、控えめに窓際君を指さしてから、


「あ、あの、その」

「あーこれ? これはメンチカツパン。僕、これすごく好きでさ」


 そうじゃない。パンを指さしたわけじゃない。

 というかコロッケパンじゃなかったんかい!

 というツッコミは置いておいて……。


「じゃなくて、その、あなた、な、な、な」

「何学部かって? 僕は経済学部だよ」


 あー、そうなんですね、私は人文学部です、ってちがーう!

 その前にもっと大事なことを教えてよ!


 じゃないと、あなたのことを不名誉な名前で呼び続けるわよ。


「ん、どうして怖い顔してるの、中庭さん」


 それはあなたのせいよ! の前に。

 私は中庭さんじゃない! の前に。


 一番最初にすっとばした、できなかったことを。


「まずはさ、お互いに、しようよ」

「何を? 番号交換?」

「ちがーう! まずは――」

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