16話

 時は流れて一週間、アルスは遠征任務での味方全滅によるほとぼりが冷めるのを待って、家で休暇を取っていた。それから久しぶりに騎士団の本部に赴くと、アルスは"死神"と呼ばれながら声をかけられた。


「久しぶりじゃないかアルス。いや死神か。何とも不名誉な称号だが、そう呼ばれても仕方がないだろうな」


「まだ、冷めてないんだね……」


「お前に伝言がある。騎士団長からだ。『本部に来たらすぐに部屋に来い』だってさ。どうせあのことについてだろう」


「当然だな。僕は何の役にも立たなかったんだから……」


 以前の遠征任務はこんな結末になることなど誰も予想できなかった。情報が不足していたとはいえ、味方全滅は騎士団の信頼を一気に落とすものである。

 身元が判別可能な遺体を遺族に渡したとしても、それで謝りに行ったとしても、納得できる人間など限りなく少ないだろう。

 アルスはそのことに関する自身の処遇が言い渡されるのだろうと考えていた。


「お前がどう思うかなんでどうでもいいが、一応忠告しといてやろう。俺はお前に恨みは無い。何せあの遠征任務には無関係だからな。

 しかし、もうお前の居場所はここではないことを知っておくと良い。上層部はお前を評価しているが、周りの味方は全員敵だと思え。不意打ちされないようにな」


「不意打ち……ね。もう最終的には僕が悪い訳ではないとは言い逃れ出来なくなっているんだな……」


「まぁそんなところだ。とりあえずさっさと騎士団長の所へ行ってこい」


 そう言ってアルスが男と別れるその時だった。騎士団本部の外、街の大通りにて人だかりと叫ぶ声が聞こえた。


「我ら国民たちよ。とても悲しいだろう。そして怒れるだろう。だがもう心配しなくてもいい……神は私たちを救ってくれる。死した者たちはもう天に居るのだよ。ならば、我らも続こうではないか……。天に続く門は、すぐそこにあるのだから……」


 アルスには彼が言っている言葉の意味が理解できなかった。この国にも信仰はある。しかし教えられている事と全く違っていた。

 そこで忠告してくれた男は目を細めて呟く。


「あいつは……カエルム教団か? まさかこんな公に顔を出すとは大胆なこった……。アルスは気にしなくていい。俺はとりあえず上に報告しよう」


「あ、あぁ……」


 アルスは考える。恐らく異端宗教の類だろうか。それも決して良い物ではない。男の『上に報告する』という言葉に、何か嫌な予感を察する。

 気にしなくても良いとは言われるが、そこに悪質な何かがあるのならば、アルスは気にせずにはいられない性格だった。


 アルスの存在は騎士団には浸透しているものの、国民には知られていない。そう考えればアルスはすぐさま群衆に紛れて、先導する教徒らしき者の後をついていった。


 最初は街の大通りを、次に裏路地を、そして如何にも怪しい階段を降りて行ったその先には、なんと黒い石レンガに囲まれた薄暗い大聖堂へ続いていた。


 大聖堂にはすでに五〇人を超える、黒を基調に金色の刺繍が入った装束と黒いフードを被った教徒が待機しており、先導していた教徒は連れてきた国民の中で一人の男を選び、最奥の講壇に立つ。


「我ら神よ。我らをお救いください……。この身を持って、貴方に命を返却致します……。さぁ、体の力を抜いてください。痛みは一瞬です。天に身を、心を、精神を委ねなさい」


 そう言って教徒は男の肩を抑えると、勢いよく背中から心臓を一本の剣で貫通した。


「がはっ……あ、あぁ……」


 剣をゆっくり引き抜くと、男は雑に放り投げられた。

 あまりにも信じられない光景。例えそれが信仰心から来るものでも、神は。アルスの信じる神はこう簡単に人を殺さない。

 叫ばざるを得なかった。


「何をしているッ!? 神はそんなことは望んでいないッ! 今すぐそれを止めるんだぁ!」


 講壇に立つ教徒は深く被るフードを外すと、酷く見下すような目で薄気味悪い笑みを浮かべる。


「おやおやこれは……。まさか騎士団のお方が紛れているとは気づきませんでした。ですが……もうやめようにもやめられないでしょう。既に皆が望んでいることなのですから……」


「なにを言って……」


 アルスがその言葉を頭で理解する前に、目の前に集まる国民の集団は、嘆く。


「神よ! 私たちをお救いください! 息子がいないこの先の世界など、もう生きた心地がしないのです……! 自ら死を選ぶのなら……せめて神の目の前で死にたい……!」


 恐らく彼らは信者ではない。嘆くその言葉がアルスの胸に突き刺さる。家族が死んだショックなど自身に分かるはずなどないが、現状よりもっと軽く受け止めていたことに、胸を抑える。

 彼らは教徒の言う言葉を信じているのではない。例えそれが異端だとわかっていても、今の苦しみから解放されるには、それが一番だからだろう。


「でも……でも! 目の前で人を殺されるのを見過ごす訳が無いだろう! 今すぐに解散しろッ! 貴方たちは例えそれが望まれたことでも、間違っている!」


「思い出しました。貴方は騎士団の中で最も正義感が強い、アルス。という名前の少年ではありませんか……。

 なるほど、それが貴方の正義。とでも言うつもりですか? 信仰が違うだけで、相手を否定する。それが正義だと。それとも貴方は、神の声を聞くことができるのでしょうか?」


「く……! 話をずらすなッ! みんなも目を覚ますんだ! 彼が言っている言葉は救いなんかじゃない! ただの殺害予告だと!」


「貴方は頭が悪いですねぇ……そんなこと……」


 アルスは嘆き悲しむ群衆に声を上げると、彼らは振り返って表情を歪ませる。


「そんなこと分かっている! お前にはわからないのか!? もう死んだ人たちは帰ってこないんだ! 家族の死を乗り越えて、その先を生きていける人間なんて……そんなものはひと握りしかいない! 神に縋って何が悪いんだ……」


 アルスに返答したのは、大体アルスの父親と同じ歳くらいの中年の男。誰を失ったのかは定かでは無いが、両手で顔を覆って、膝をついて頭を垂れれば咽び泣く。


「私たちは彼らを神の下に導いているに過ぎません。それでも、貴方は止めようとするのでしょうか……。もしそうなら、貴方の正義こそ間違っているのではと……私は思ってしまいます……」


「僕は……僕は……! それなら僕が救う! 死以外の方法で! それをどうやるかなんて分からない! でも、それでも死ぬのだけは……そんなの、死んでいった人たちが望んでいるはず無いだろ……」


 例えどんな理由があっても、何一つ根拠がなくともアルスは許せなかった。だから無理だと分かっていても、悲しくて死んでいく人たちは尚更見逃すことなど出来なかった。


「全てを救う。ですか。なんとあまりにも馬鹿らしい言葉だ。聞いて呆れますね……。それなら何のために信仰という物があるのか……。皆の者よ、立ち上がれ! そして救済するのです」


「おい、何を……」


 講壇に立つ教徒は両手を掲げて、聖堂にいる全て教徒を立ち上がらせると、一斉に剣を抜かせ、その場にいる全ての集団を突き刺して殺した。

 おびただしい血と、魂が一気に抜けていくような遺族たちの声が静かに響き、一瞬にして静寂に包まれる。


「なんで……どうして聞いてくれないんだぁあッ!!」


 そう喉が張り裂けんばかりにアルスは叫ぶと、すぐに後の大扉が蹴り開けられ、そこには十人ほどの騎士がいた。

 そして先頭に立つ如何にも煌びやかな、赤く燃える炎のような装飾がされた、がたいの良い騎士が呟いた。


「遅かったか……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最弱騎士の覚醒成長譚 Leiren Storathijs @LeirenStorathijs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ