8話

 二回目の模擬戦当日。王国騎士内で開催される模擬戦にアルスは過去に何度も参加しているが、結果を出せた前回より前の模擬戦では一切結果が出せていないため、回数を覚えていないと共に回数として数えられないので、今回の模擬戦は"二度目"とする。


 一回目の模擬戦は必死で鍛えたステータスにより、アルスを虐めの対象としていた男。ドロスを何とか倒すことが出来た。

 が、二回目もドロスと戦わないとは限らない。ましてやアルスに負けたことに更なる成長をしている筈だ。

 今まで最弱と言われて来たアルスに木剣のほんの数撃で負けてしまうとはドロスにとってはこれまでに無い屈辱だろう。


 だがらと言ってアルスは次も負ける訳にはいかない。あの模擬戦の戦闘を見た野次馬は、"アルスの実力とは思っていない"のだから。

 ドロスが不調だった。偶然の勝利だ。アルスは何かイカサマを使った。とアルスが勝利に浸っている間に確かにそんなこと言っていた。


 ならばそれを捻り潰さなければならない。今後もアルスが周囲から舐められないようにするには、力で圧倒し相手に自分の力は実力だと認めさせなければならない。

 アルスは特に出世にはあまり興味は無いが、ステータスによって力と自信が付いた今では、二度目で次こそ叩き潰してやると。そう考えていた。


「僕は強くなったんだ。相手を見返すつもりは無いけどいつまでも見下されるのも気分的に良いものじゃない……。

 出来れば僕とドロスで出会ったあの時のように。僕はセレクリッド王国騎士団の一人の兵士なんだって」


 そうして模擬戦開催直前。多くの兵士が開催場である訓練場広場でお互いの顔を見合わせ、睨み合っている。

 その空間にアルスが入ると、場の空気は一回目とは少し違った。


「おいおいアイツまた来たぜ?」


「次はどんな物を見せてくれるんだろうな?」


「はは、偶然だってことに気付いてねぇんだろ」


 嫌悪というより少なからず期待の声があった。期待といっても調子に乗った人間がどこまで登ってくるのか。という賭けをしている雰囲気だった。

 ただそれでもアルスに対する評価が変わったのは確かであった。


 アルスは会場へ自分の足を踏み出す。会場に入ると直ぐに模擬戦の説明が始まった。ルールはいつも通りの勝ち抜き形式。

 一人が対戦相手に勝つと勝者が敗退するまで模擬戦は続く。他にも様々なルールはあったが、アルスはスタミナを作ったと言えどそこまで連戦を耐えられるという自信はあまり無い。話半分で聞いた。


 ルールを聞いていなくとも基本ルールは武器は木剣のみ。これは分かり切っていることだ。アルスには特殊なスキルがあるが、魔法を使わない限りはルール違反にはならないだろう。

 そう考えてアルスはルールの説明が終わった後、模擬戦に参加する。


 模擬戦が始まれば会場は前回と同じような参加者の歓声が熱い空気を作り上げる。最早これは闘技場と言っても過言では無いだろう。


 そうしてアルスは注目を集める訳では無いが、最初の挑戦者として前へ出る。なるべく早く済ませればアルスという挑戦者のおかげで全員のテンションが下がるのを防ぐことが出来る。

 もしアルスせいで。と皆が思っていなくともアルスはそんな気遣いを無意識にやっていた。


「最初は僕が相手だ! 誰でもいい。早く済ませたいならかかって来い!」


 この発言が更に調子に乗っていると思わせたのだろう。最初にアルスに向かって来たのは宿敵のドロスではなく、小さく細い木剣を持ちながらも確かな威圧感を放つ巨漢だった。

 一体どれだけの訓練を重ねれば此処までになるのだろうか。筋肉が隆々としており、もしアルスがこの筋肉の攻撃を一撃だけでも食らってしまえば一発で気絶は必至だろう。


「この前一戦勝ったぐらいで調子に乗ってんじゃねぇクソガキ……この模擬戦だけで昇格できるってんなら最初の相手がお前っていうのは丁度良いなぁ? お望みどおり、一撃で終わらせてやる……」


「くっ……来い!!」


 アルスは《勇者の闘志》を発動。自身より圧倒的な力を持つと思われる相手に対し、自身の力を戦闘終了まで増幅させる。

 このスキルは特に相手に対する精神的な影響は無いが、相手にとっては一撃で終わらせると脅しを掛けたにもかかわらず、負けじと来いと叫ぶアルスに多少ながら威圧を感じさせていた。


「お、おう……そんなに殺られてぇんなら、やってやるよぉ!」


 そう言うと第一戦が始まる。最初に動いたのは巨漢の方だった。鍛えられた筋肉から振り上げられる木剣はただの木の棒ではなく、鉄骨のようだった。


「おぉらぁ!!」


「見えるッ!」


 以前のアルスならこの一撃に圧倒され避ける暇も無かったであろう。しかし、今のアルスには巨漢が振り下ろす木剣がとても遅く見えていた。それはステータスの『敏捷』のおかげだろう。

 相手の敏捷は定かでは無いが、138もあるアルスの敏捷は、巨漢が振り下ろす木剣が遅いと言う以前に止まっているようだった。

 それにアルスは平然とした表情で巨漢の脇を通り過ぎて背後に回る。

 そして素早い動きで巨漢の膝裏に二撃。更に突きの構えから腰にひと突き。


「な、早えっ! がぁっ!?」


 たちまちアルスの攻撃でバランスを崩す巨漢は盛り上がった筋肉と言えど鋭い木剣による腰へのひと突きは、骨に直接衝撃が響いた。

 これによって腰を手で押さえ一瞬だけ膝を着く巨漢だが、このほんの一瞬の油断が巨漢の敗北を許した。


「いたたた。やべぇ、腰は流石にやべえわ……」


「僕はそんなに弱く見えるか! てやあああっ!!」


 アルスは曲がった巨漢の背中を踏み台にして垂直に跳び上がると木剣の切先を真下に向け、巨漢の後頭部を突き刺した。


「て、てめぇ! ぎゃああっ!?」


 首さえも盛り上がった筋肉を持つ大男。アルスが普通に木剣で喉を突いても無傷であっただろう。しかし、高く跳び上がってからの、全体重を乗せた後頭部への全力の突き攻撃は、最悪の場合骨を折り兼ねない。

 それほどの衝撃が巨漢の後頭部を襲ったのだ。気を失いそうになるほどに巨漢はぐらっと目眩を起こす。


「お、おぉ?」


「僕は強くなったんだ! これで終わりだあぁぁぁ!!」


 目眩で膝を着き、頭を抑える巨漢。アルスの次の一撃でトドメである。アルスは巨漢の正面に回り、木剣を大きく振りかぶり、渾身の一撃を巨漢の脳天に振り下ろした。


 この光景。第一戦が始まってからものの一分も経たない出来事だった。ほぼ一撃で対戦を終わらせたのは巨漢ではなくアルスの方だった。

 模擬戦の審判にストップを掛けられ勝者はアルスだと判定されれば、模擬戦の会場は一瞬の沈黙を産んだあと、一斉に大歓声へと変わった。


「すげえええぇ! マジかよ! あの大男をぶっ倒すなんて!」


「今の動きはなんだ!? どうやってあの速さを?」


「はははは! こいつあ今回の模擬戦は面白くなりそうだ!」


 前回の模擬戦とは反応が全く違った。アルスは本当に強くなった。それを認める声が多くなっていた。歓声の殆どはアルスの凄まじい連撃が、一瞬で大男を黙らせた事。これに持ちきりだった。


 イカサマなんだかんだと言われるより、アルスは自分が認められ始めているという事実に悪い気はしなかった。逆に嬉しさが沸き上がって来ていた。


「へへへ。僕は遂に認められたのかな?」


 大歓声が広がるど真ん中でへらへらと笑うアルス。しかしそんな中でただ一人だけは、気を良く思っていない男が居た。


「なんだ今のは? クソ調子に乗りやがって……今度こそぶっ殺してやる……ククク。どんな手を使ってもなぁ?」

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