愛すべき隣人

ぱっつんぱつお

翼猫


「なぁ、鬼瓦おにがわら。 猫探しに行こーぜ」

「え、ね、猫……?」




 彼の名前は〈三鷹みたか 悠馬ゆうま

 クラス1、いや、学年1、いや、もしかしたら学園1のイケメンだ。


 甘栗色のサラサラな髪、前髪は目に丁度かからない程の長さで、襟足はお洒落度で人を選ぶような刈り上げ。

 綺麗な鼻筋と形の良い唇。

 きちんと着こなされた学園の制服に、清潔で男女問わず羨むような石鹸の香り。


 彼は通学中、いつも本を読んでいる。

 電車に揺られ、車両の隅に立ち、書店でかけてもらった紙のブックカバー。

 細くて長い指で捲るページに、真剣な眼差しとミステリアスな雰囲気。


 その芸術作品とも思える姿に、他校の女子生徒や、少し年上の女子大生、一生養ってくれそうな美人OL、誰もが見惚れる。



『どんな声だろう』

『彼女はいるのかな』

『何の本を読んでいるのだろう』

『学生らしく勉強?』

『頭を使うミステリー?』

『怖いもの知らずなホラー?』

『それとも自己啓発本?』

『まさかハルキスト?』




 否──、


 どれも違う。


 彼が最近読んでいる本、それは……



〈ヌー的未確認モンスター怪奇譚〉

      ──ナミキシンイチロー著


 である。



 そう、彼は学園1、いや、地域1、残念なイケメンなのである。




 帰宅部の悠馬君と、野球部の僕、〈鬼瓦 ハジメ〉

 僕達は逢魔時おうまがときより少し前、いつも通り、下駄箱から二人一緒に靴を取り出した。

(え? 野球部なのに部活動はどうしたって?)


 どうもこうもない。

 野球部員は全部で7人。

 そう、チームすら作れない人数なのだ。

 ほぼ毎日自主練で顧問の先生もテニス部の先生だし、有って無いようなもの。



「えっと……、ユーマ君、何で猫を探すの?」

「ふふん、それはな……」



 聞いて驚けと言わんばかりの顔は、悔しいけれどやっぱり整っている。

 彼が残念なイケメンであることは既に学園中に知られていれど、やはり美しさは罪で、女子生徒はそんな彼にも甘い吐息がもれる。



「翼の生えた猫が居るらしいんだ!」

「え? 翼が……?」

「あぁ! 最近ネットで急につぶやかれ始めてな、調べるとどうやらここら辺の地域らしい……」

「そ、そうなの?」

「そうだ! だから今日は猫を探そう!」

「うん、見れたらいいね!」



 『さぁ、行くぞ!』と、どこで仕入れたのか分からない謎の本とSNSの情報を元に、猫が居そうな場所を兎に角歩き回る。

 因みに先週は人面犬を探して歩き回ったばかりだ。

 これが結構運動になる。



「そもそも翼猫って言うのは1800年代のイギリスや、ヨーロッパ始め世界各地で──」



 と、道中UMAの情報を分かりやすく説明してくれるので、僕にとっては無駄な知識がどんどん増えていく。

 学校の勉強を脳みそに詰め込まなきゃいけないのに、ユーマ君の話ばかり頭に残ってしまうのだ。


 それ程、このよく分からない生物を探している時間が楽しい。




「は──! 鬼瓦……!居たぞ……!猫だ……!」

「え? 猫ちゃん居た?」



 興奮しながらも、猫ちゃんを驚かせない程度の声量で、もうずっと前に住人が居なくなったと思われる家の塀に、ゆっくりと近付くユーマ君。



「しかも黒猫だぞ……!」

「黒猫だね。 翼のある猫ちゃんは黒猫なの?」

「あぁ、基本的には黒猫で目撃されている」

「ふーん、可愛いね。 この猫ちゃん、飛ぶかなぁ……」



(どう見たって普通の猫ちゃんに見えるけど……)

 塀の上に、そこらの猫と変わりなく顔の手入れをしているその黒猫。

 夜の月のような黄色い瞳が、何だか不思議だった。



「ネコチャン、ネコチャン。 飛んでみてよネコチャン」

「いや、ユーマ君、流石にそれで飛んだら驚くよ……」

「ネコチャン、ネコチャン──……」




   〜〜25分後〜〜



「ふむ、このネコチャンはいつまで顔のお手入れをしているんだ」

「あはは……、猫ちゃん飛ばないね」



 時刻は逢魔時に迫っていた。

 辺りもほんのり薄暗くなりつつある。

 そろそろ部活動も終えなければならない時間だ。


 ふうと一息つくと、ユーマ君も同時に「やれやれ」と一言。

 どうやら今回はハズレらしい。



「お、見てみろ鬼瓦。 あっちにも猫が居るぞ!確認してみよう!」

「え? 本当?」



 最後の希望と言わんばかりに駆け付けるユーマ君。

 そこには3匹程の猫がじゃれ合っていた。

 端から見たら猫好きなただのイケメンだ。

 ズルいぞユーマ君。

(ユーマ君、勘だけは鋭いんだけどなぁ……)


 ふと、視線を目の前の黒猫に戻すと、僕の事をじーーーーっと見つめている。



 ───ゾク、



 何だか背筋が寒い。



「ね、猫ちゃん……? な、なんで見てるの……?」



 猫相手に恐る恐る話し掛けてみるも、勿論返答は無い。

 先程までずっと顔のお手入れをしていた癖に、微動だにしないその黒猫。



「ね、猫ちゃん……?」





「おい鬼瓦!!」


「うわぁあ!」



 変に集中していたせいか、ユーマ君の呼び掛けにみっともなく驚いてしまった。

 足腰は強いのだが、腰を抜かして尻餅までついた。

 いてて、と尻を擦りながら「な、なに、ユーマ君……!」と猫と戯れるイケメンに目をやる。



「凄いぞ! この3匹の三毛猫、全部オスだ!」

「へ?」

「オスの三毛猫が3匹だぞ! しかもオスが3匹で居て喧嘩しないのか?兄弟だろうか……」

「そ、そうなの……? それは凄いね……!」



(はー、びっくりした……)と制服に付いた汚れを払いながら、立ち上がった。



「───え、」



 塀の上で僕を見つめていた黒猫が、宙に浮いている。


 大きな、大きな黒い翼を広げて。



「あ、あわ、あ、ああぁあ…………ゆ、ゆ、ま、ままま………」



「この三毛猫達は毛並みが悪すぎる。飼われていないぞ。 全く、誰なんだ、猫を捨てるやつは」



「ゆ、ゆ、ゆま、くん、ね、ねこ、とんで……」



 震える指で、出ない声で、必死にユーマ君に訴えかける。

 その翼猫は、未だ僕を見つめている。

 黒猫の表情は、まるで嘲笑っているようにも思えた。



「ゆ、ゆーまくんっ……! ねこっ……!飛んでるよっ……!!」


「何っ!?本当か……!?」



 何故か三毛猫3匹を抱え、走るイケメン。



「っほら!飛んでるでしょ! 翼ねこ………、だよ……」



 パッと指差していた場所を振り返れど、そこに翼猫は居なかった。

 代わりに居たのは、敷地内に生えていた木に、飛び移る黒猫。



「鬼瓦……、猫って言う生き物はな……、ある程度ジャンプ力があるんだぞ……」

「えぇっ!違うよ……!本当に飛んだんだ……! 翼が、おっきな翼が生えて……!!」

「全く。 からかうのはよしてくれ。俺は本物を見つけたいんだ」

「だからココに居るよぉ……!」



 必死に訴えるも、効果は無い。

 いつもの事だ。


 もう一度黒猫を見つめると、ニヤリ、と笑った。



 そう。

 『三鷹 悠馬』はタイミングが悪い。

 一向にUMAを見れない。

 勘はめちゃくちゃ良いのだけど、何せタイミングに恵まれないのだ。



「猫ちゃん……!飛んでよ……!さっきみたいにさ……!」

「分かった分かった。 鬼瓦は優しい奴だな」

「いや、嘘じゃないよ……!?」

「流石俺が見込んだ友達だ」

「………本当に、本当なんだけどな……」

「さて、このネコチャン達はNPOに連れて行くぞ。 2週連続だと流石に怒られそうだが……。命には変えられん!」

「うん、そうだね」



 因みに先週は愛護団体に野良犬を連れて行った。



「俺は三毛で手一杯だ。 鬼瓦は黒猫を頼む」

「え、……う、うん……。頑張ってみるよ……」



 改めて黒猫を見ると、やはり飛んでいる。

 パタパタと、翼を広げて。



「う、うーーん、捕まえられるかな……」



 一応努力はしてみたがやはり翼猫は捕まえられず、そのまま、藍色の空の方へ消えていってしまった──。



「ユーマ君にも、見せたかったなぁ……」



 沈む太陽に向かって歩くユーマ君。

 それを追い掛ける僕。

 今日も今日とて、UMAを見れない、ユーマ君。

(僕ばかり見ても、意味がないんだけどなぁ……)




「あれ、黒猫はどうした」

「うーん、飛んでっちゃった」

「ふむ、そうか、残念だな」

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