ボクとバカ犬との物語

栗堂

一人暮らしの夜に思う

「さて、ドコに行ったかな?」


半日授業が終わった日の午後、家を出たボクは行き先を考えていた。

ウチの愛犬(バカ犬)であるケンを探すために。


ボクの実家は田舎でガソリンスタンドを営む個人商店だ。

片道一車線の国道に面し、大型トラック一台がなんとか駐車できるような狭いスペースしかない小ささだが、一週間に一回やってくるオッチャンのカブにガソリンを入れるようなゆる~いペースの地域に密着したお店でもある。


そんなお店で飼われた一匹の犬。いや『飼われた』という表現は自分は好きじゃないな、『家族の一員として暮らしてる』のが今探そうとしてる『ケン』だ。

犬に『ケン』というシンプルな名前、安易ではある、安易だけど、長年猫がいるのが当たり前な家庭環境であると、一緒に暮らすペットの名前はシンプルになるのだ。

ちなみに猫の名前はミケだったり、クロだったり、シロだったり、これまた安易だったりする、たまにアカネとか付けてみたりするけど(笑)


猫がいるのが当たり前の我が家であるが犬がいる事もある。

父さんが知り合いからもらってきた雑種犬でコリー犬の血が入ってるらしく、首から胸にかけてのモフモフは立派なモノだった。

コリー犬ほど手足はスラっとしてないがっしりと太いものだが、それもまたチャームポイントで、胸のモフモフをわしわししながら、しっかりと主張してくる前足をニギニギするのがボクは大好きであった。ケンも気持ち良さそうにしてくれるしね!


そんな『ケン』はボクを含め妹弟たちが学校に行き、かまってあげられない時間帯には母さんが犬小屋に繋ぐリードを外している。

好き勝手に走り回るケンだが、近くに小学校があり、登下校の小学生にかまわれているからか、すごく人懐っこく、誰かに噛み付くなんてことは絶対にない。

かまってくれる相手にはわふわふと一生懸命にというか、絶対になんにも考えてない様子で甘えてくるバカ可愛い犬だ。


ボクはそんなケンを探している。

いつもならお腹を空かせて帰ってくる頃になっても帰ってきていないから、なんとなく探しに出かけようと思ったのだ。

心配はしていない、田舎ののんびりな感覚なだけでなく、頻繁にフラリと出かけては何日も帰ってこない猫達との生活が長いと「そのうち帰ってくるだろう」なんて気楽に構えてしまうから。なんとなく、そうなんとなくだけど、ヒマな感じになったのでちょっと家の周りを散歩がてら探してみようと思ったのだ。


テクテクといつもなら散歩に連れてくルートを歩いていく。ぐるりと家の近所を回るルートにはボクも通った小学校も含まれる。

田舎の小学校だから休みの日にも気軽に入れて、それなりの広さがある運動場は良い遊び場だった。運動場のすぐ脇にどっかの農家の畑があったし、なんだったら運動場の境界はちゃんとしたフェンスなんかではなく雑木林があり、そのまま山になっていたりするレベルなので都会のキッチリ管理された学校の敷地なんてイメージでは到底理解できないようなルーズさ。

そんな場所だからケンを連れて頻繁に遊びに来ていた場所でもある。


子供の頃というのはなんでも楽しくて、ただ走る回るだけでも楽しかった頃でもあった。それが飼い犬が全力で追いかけてくるなんてシチュエーションはワケもわからず楽しい遊びの一つで、妹弟たちと大笑いして誰がケンに追いかけられるのかを競うように走り回っていた場所が小学校の運動場だ。

固く土が硬められ、トラックが引かれた所は転がると擦り傷もできて痛くてたまらないけど、端っこの遊具もあるようなスペースはシロツメクサの絨毯があり、膝下に突っ込んでくるケンの衝撃に押されて転げ回ってもケラケラと笑い続けらるほど楽しくて、全力で遊んでいた場所だったのだ。



「う~ん、ここにはいないか、、、」


転げ回って遊んでいたシロツメクサが生えてる場所には姿がない。

そのへんで意味もなく、わふわふと走り回っているか、ぐーすか寝てるのかと思ったがハズれたようだ。

遊具の脇に隠れてるでもなく、雑木林のある木陰で休んでる様子もない。


「しょうがない」


小学校を後にして、テクテクとテクテクと散歩を続ける。

そして、やってきたのは川幅が2mもないような小さな川。

その脇には田んぼが存在する『ザ・田舎』の小さな、小さな、小川。

一応、災害対策として護岸工事されたコンクリートの川べりはそれなりの高さはではあるが、小学生が気軽に上り下りして釣りが楽しめるほどの高さしかなく、中洲というには狭い川幅をさらに狭めるように草の生えた場所が出来上がっていた。

小学生でも膝下程度でしかない水深だから、コンクリートの川べりの内側にできた中洲の下に手を突っ込み魚を捕るポイントにもなっている。

うん?手づかみで魚捕りなんてアリエナイ?

未開の秘境な国ではなくとも、日本の田舎でも普通の事ですよ?(笑)

そこにかかる橋は転落防止の手すりもないコンクリート製の単純な板。

軽トラックがギリギリ通れるほどの道幅しかない道路の延長線上である橋だから立派でないのはあたり前であるが、ホントに必要最低限の橋。

そんな橋の上に立ち、家に戻る方向の川べりを眺めると、小学生でも登れるぐらいの1mほどの段差を前にしてウロウロしている一匹の犬を発見、、、ウン、ウチの愛犬(バカ犬)だね(笑)


苦笑を堪えきれずテクテクと近づいていくと、大喜びでアピールしてくるケン。

わかった、わかったから落ち着いて!

もう、狭い中洲でグルグル廻りながら大喜びするからリードをつないで中洲から川べりに上げてあげる。


「ち、ちょっと待って、ボクが上がるまで待って?!」


ようやく帰れる事にテンション爆上がりでリードをグイグイと引っ張ってくるケン。

1mほどだけとはいえ、片手に握ったリードをグイグイ引っ張られるとバランスとれなくてよじ登るのにも一苦労、だけど、ここでリードを離すとまたどっかに走りさって探索行パート2が始まりそうなので必死に握りしめてなんとかよじ登る。


アリガト、アリガトー!!!なんて感じで喜び大爆発して足に抱きついてくれるケンだけど、なんで登れなくなるような場所に降りてったのよ?なんてアホの子を見るように生温かい視線を浴びせながら、両手で顔をグリグリと愛でてやる事しかできなかった。

端から見たら迷惑かけてくるバカ犬なのかもしれないけど、それがまた可愛いと思えるから愛犬なのだなって思える。

家族の一員なのよ、大切な存在でもあるのよ。




夜、よくある事だけど、夕食の残飯を元に作られた食事を与えるために犬小屋の前に訪れる。

ワフワフと大喜びのケンだけど躾は大切だと思い、手をあげて一言。


「お座り」


その一言に反応して、スッとお座りをしてくれる。


「よしよし、食べてもいいよ~」


頭をなでなでしながら食事の入ったトレイを置くとしっぽをフリフリしながら、勢いよく食べていく。

そんな姿を愛でながら思うのは猫との違い。

猫達はマイペースすぎて、自分の食べたいタイミングで御飯を食べる。

食べてるところをなでなでしてると、「食べるのジャマすんなよ~」という雰囲気を醸しながら食べたりしている。

犬はとにかく目の前の御飯をガフガフと食べるのに忙しい。

何に対しても一直線だ。


だから、リードにつないでいなくちゃいけないのかもしれない。

ワフワフとテンション高く走りまわって、もどれなくなるよな川の中州に落ちないように。






その日、学校から帰ってくると家の中が奇妙な雰囲気だった。

お客さんのいないタイミングのお店は静かであるが、そんな静かさと少し違う静かさだった。

店の入口である表から、ただいまの声をあげながら家の中に入っていくと裏の方にあるケンの犬小屋あたりに家族がいるよう。


「ただいま~」


もう一度帰宅の言葉を伝えながら、その場を覗き込むと横たわったケンをゆっくり撫でている母さんと呆然と見つめる妹たち。


「どうしたの?」


スゥっと一筋の涙が母さんの頬を流れ。


「ケンが自動車に轢かれて死んじゃった」


その言葉に強い衝撃を受けた、、、



どうやら、リードをはずしていた時、いきおいよく道路に飛び出した瞬間、通りかかった車に轢かれてしまったらしい。

胴体部分に車のタイヤがきて即死だったのだが、その姿はまるで眠っているかのように大きな外傷は見られず、まったく現実感のない言葉だった。



正直なところ、その日の記憶は曖昧だ。

ケンの遺体を近所の浜辺に埋葬しお参りした事は確かだ、飼っていた猫達が亡くなるたびに埋葬し祈る事は当たり前の事で、ケンも同様の事をしたと思えるのだが、このあたりの事は酷く希薄で記憶に残っていない。


ただ、夕食が終わり、風呂を済ませ、一日が終わり布団に潜り込んだ時、突然強烈な悲しみがやってきた。

呆然と過ごしていて、一日の終わり、寝る直前にケンを撫でまわして最後にお休みを言っていた事が、これからできない事に気づいてしまったから。

電気を消して寝る準備をした布団の中で嗚咽混じりに涙を流しながら、泣きつかれて眠りにつくまで夜を過ごした思い出が自分の中に強く残っている。





今、賃貸住宅にて一人暮らしを長年過ごしているが一緒に暮らすペットを欲した事は幾度もある。

猫であれ、犬であれ、共にいてくれる存在が無性に欲しくある。

でも、この事が自分の中で大きすぎて、命あるものが自分の責任において共にある事を拒否せざるをえない選択をとらせる。


生命の価値、ペットであろうが家族として過ごした存在を失う事はつらい出来事。

私にとって、孤独感に苛まれる生活を享受より、家族の喪失の方がツライと感じさせる要素でもある事だ。

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ボクとバカ犬との物語 栗堂 @marondoh

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