第21話 ゴブリンパンチ炸裂

 ゆうなと剣児がぐっすり寝ている中、俺は魔物の襲撃に備え見張りをしていた。

 俺が今日上がったレベルと能力値を確かめるべく、冒険者の書を取り出したその時、少し遠くの方から一際濃い魔物の気配を感じた。


「んー。こっちに来る様子はないけど、ゴブリンパンチ使いたいなー」


 俺は今日習得したゴブリンパンチを試したくてしょうがなかった。

 しかし俺のわがままでこのゆうなと剣児を危険に晒すことは少し気が引けた。


「まぁでもちょっと離れるだけなら大丈夫か」


 誘惑に負けた俺は結界を貼り、この場を後にした。

 魔物の気配が感じられる場所はここから少し距離があるので、このままちんたら歩いていたら二人が目を覚ましてしまう可能性がある。

 俺は暗闇だから大丈夫だろうと考え、飛行魔法を使いそこに向かうことにした。


「プカン」


 飛行魔法であるプカンを使用し俺は宙に浮いた。

 こんな感じで魔法を唱えるのか。

 別に声に出さずとも魔法は繰り出せるが、ものは試しと言ってみた。

 そしてそのまま空を駆け、魔物の気配がした位置に到着した。


「この辺りか」


 周りは木々に囲まれていて、ぽつんぽつんと古びた民家があった。

 東通村にも似た造りをしていたが、よく見るとどうやらほとんどの民家は半壊状態であった。

 おそらく人間がいたはずだが、住んでいる気配はまったく感じられない。


「誰だお前は?」


 野生のサイが鎧を着たような見た目をした魔物が、半壊した民家の陰から現れた。

 大きな斧を軽々と担ぐ姿からは、今日戦ったスライムやあばれウルフとは比べ物にならないほどの強さが滲み出ていた。


 喋るということは知能があるみたいだし、おそらくグレンヴァの手下だな。

 俺はグレンヴァには恨みがあるが、手下には別に特別そういった感情はない。

 まぁしょうかんを試すだけだし、ここはあまり好戦的にいかないほうが良さそうだな。


「あー、俺は人間の冒険者です」

「はっはっは。夜にこんなところを徘徊とはバカだな。一人でのこのこと俺様の前に現れるとは、運の悪い人間だ」


 まぁこっちも好きで徘徊しているわけではないし、逆にお前に向かってきたんだが。


「おい、ところでお前、こんなところで何してるんだー?」

「口の聞き方に気をつけるんだな。お前はここで死ぬことになるだろうから冥土の土産に聞かせてやろう。俺はグレンヴァ様直属の配下、【ヴァーエイト】様だ。そして俺は、明日タンナーブを襲撃する!」


 襲撃するにしては単体でいるとか、ちょっと己の実力を過信している節があるな。

 まぁ俺も人の事は言えないけど。

 わざわざ自分の名を様付けで名乗ってきた律儀なこのヴァーエイトという魔物に、ゴブリンパンチを試そう。

 野生の勘というか魔王の勘というか、おそらくこいつにゴブリンパンチを見舞っても死なないような気がする。


「そうか。意気込んでいる中申し訳ないけど、俺試したい技があるから練習台になってくれ」

「ふっ、人間め。強がりも大概にしろ」


 ヴァーエイトはそう言うとを手に持った大きな斧で振りかざし攻撃を仕掛けてきた。

 俺はそれを躱す。

 やはりその辺の魔物とは強さの単位が違うのか、その一撃で地面は抉られていた。

 黙って練習台になってはくれないようだ。

 ここでゴブリンパンチといきたいところだが、俺は武器である木の枝を忘れてきてしまったことに気付いた。

 わざわざ木の枝を使わずともしょうかん出来そうだが、どうせならしょうかんしっぽい動きをしたい。

 俺にカッコつけさせてくれ。


 俺は近くの木に近付き、枝をもぎ取ろうとした。

 しかしヴァーエイトは構わず攻撃を仕掛けてくる。


「おい、ちょっと待ってくれ。木の枝をだな」

「待てん!はっ!」


 俺は余裕で躱すが、木の枝を取りたいので、少しでいいから待ってほしかった。


「いやあのさ、木の枝をだな」

「うるさい!はっ!」


 それでも攻撃をやめない練習台ヴァーエイトに俺は激怒した。

 俺の言うことを聞けないやつはこうだ!

 俺は躱すと同時に渾身の一撫でを背中にかました。


「お、お前今何をした!?」


 ヴァーエイトは一旦距離を取り、困惑した表情を浮かべ背中を擦りつつ言った。

 もちろん殺さないために、ただ撫でただけだ。


「お前は俺を怒らせた。うおぉぉぉら!」


 俺は両手で木をぶっこ抜き、それをヴァーエイトに向けた。

 まぁ枝じゃなくても、木だったら何でもカッコつくだろと考えた上での行動だ。

 そして初めてのしょうかんを繰り出した。

 

「敵に渾身の一撃を!ゴブリンパンチ!」


 ……しかし何も起こらなかった。

 いや、事実何か起きていたのだが木の先端、つまり樹冠が邪魔をして目に入らなかった。

 何か声が聞こえた気もしなくもないが、樹冠がガサゴソと音を立てていたのではっきりとしない。

 俺は両手に持った大きな木を投げ捨て、改めて近くに落ちていた適当な木の枝を手に取りヴァーエイトに問う。


「おい!今何が起きた!?」


 俺は状況を確認するために聞いた。

 技を繰り出した相手からそう尋ねられることは一生ないであろう、ヴァーエイトは非常に困惑していた。


「何が起きたって、お前がやったことだろう!」

「そうかもしれないけど、俺には何も見えなかったから聞きたかっただけだ!」

「は?」


 ヴァーエイトは俺が初めてしょうかんを繰り出したことなどこれっぽっちも知らない。

 この状況が理解できない無能ヴァーエイトは、声を荒げて俺に言う。


「くそ、バカにしやがって」


 そんな無能ヴァーエイトの戯言を無視し、俺はもう一度しょうかんを繰り出す。


「敵に渾身の一撃を!ゴブリンパンチ!」


 枝の先端から空間が現れ、その狭間から赤色の帽子を被った1メートルほどのゴブリンが出てきてヴァーエイトに向かっていった。

 ヤバい、マジかわいい。


「◎▼○#◆#*!」


 何語なんだろう。

 我が子のようにかわいいゴブリンは言葉が通じなくとも心は通じあえていると、そう信じて疑わなかった。

 そしてゴブリンがその何かを叫んでヴァーエイトの足にパンチを食らわした。


ペチッ


「おらぁ!ふざけてんのかぁ!」


 ヴァーエイトはめちゃくちゃ怒っていた。

 ダメージも与えていないみたいだし、これは敵を挑発する感じか?

 俺の可愛いゴブリンは煙となり消えていった。

 しょうかんってこんな感じかー。

 とりあえず検証も終了したし俺は帰ろうと背を向けた。


「おい待て。俺をここまでコケにして帰ろうってんじゃねぇだろうな?」

「えっ?そうだけど。多分お前を倒すとレベルアップしちゃうと思うからやめておくよ」

「あぁ?」


 ゆうなから、強い魔物を倒すとレベルアップすると聞いていたので俺は戦闘をやめたのだ。

 二人が寝ている間にレベルが上がってしまったら申し訳ないからな。

 するとヴァーエイトは斧を構え直し、口を開く。


「明日タンナーブがどうなっても知らんのか?」

「あー、そういえばそうだな」


 どうしよう、だいぶ面倒くさい。

 しかし俺は今人間界の住人に成り変わろうとしている。

 少し前までは人間がどうなろうが、居住区がどうなろうが知ったこっちゃなかった。


 ……けど。


 いや、まぁゆうなと剣児と一緒に倒せば二人も経験値もらえるしそれでいいか。

 俺は寝ているゆうなと剣児も含め、三人で倒すことに決めた。


「分かった、俺の仲間が二人すぐ近くにいるからついてこい」

「あ?お前仲間がいるのか?まとめて殺してやろう。連れてこい」


 は?

 こっちはわざわざ案内してやろうとしてるんだが。


「いや、寝てるしお前が来いよ」

「あ?まずはてめぇから殺してやる!」


 俺に向かって走ってきたので、俺もゆうな達の方向に向け走り出すと追いかけてきた。


「待てこらぁぁあ!」


 俺はほんの少し速度を上げ、ゆうなと剣児の元へと急ぐ。

 斧を担ぎながらもヴァーエイトはその速度についてきている。

 しかも威力は大程度だが、器用に土属性魔法を使いながら進行方向の地面に穴を開け妨害してきた。

 俺は跳びはねて躱し、進む足を止めることはなかった。

 時間にして数分、テントまであとちょっとのところで止まる。


「はいストーップ!ここからは静かにな」

「は?」


 急に止まった俺にヴァーエイトも止まって様子を伺っていた。

 斧を握り直し攻撃体勢に入ったところで俺は背後に周り、背中を撫でながら麻痺魔法を使った。


「ガチギ」

「おい、お前そんな魔法が使えるのか!ぐぅぅぅう!」


 麻痺魔法で動きを止められたヴァーエイトは、獣のような声を出し、力で解こうと必死に抵抗していた。

 いや、うるさいな。

 ちょっと黙らせよう。


「ガチギ。ガチギ。ガチギ。ガチギ。ガチギ」


 とりあえずこれくらいでいいだろう。


「い、う、いい、う」


 なんか喋ることも出来なくなっていた。

 とりあえず動かれても困るし、見失わないようにと根本から切られた大樹に拳で穴を空けその中に入れた。


「ちょっと待っててくれ」


 俺はゆうなと剣児が寝ているテントに行き入り口の布を捲った。

 二人はすやすや眠っているようだ。


「……おーい、魔物がきたぞぉ……」


 俺はびっくりさせないようそっと声をかけた。


「……うーん、なんですかぁ?もう交代の時間ですかぁ?」


 俺の囁くような声でゆうなが起きた。


「寝てるところすまんな。いや魔物が出てきてさ」

「ちょっと!そんなテンションで言われても!剣児君!早く起きて!魔物が来たって!」


 ゆうなはすぐに起き上がり剣児を必死に叩き起こした。

 飛び上がるように起き上がったので、狭いテントは少し揺れていた。

 

「うぉ!やべぇ!早く行かねぇば!」


 ゆうなと剣児は枕元に置いていた剣を素早く手にし、テントを出た。


「どごだ!?」

「どこ!?」


 剣を構え、二人はいつでも攻撃できる体勢で周りを確認した。

 俺は焚き火の近くに置いていた、剣児から貰った俺用の木の枝を手に取り、さっきまで使っていた即席の木の枝を捨てた。

 ぶんぶんと振り、感触を確かめる。


「敵は向こうのほうにいる。何故か固まっているみたいだが」


 俺は木の枝を片手に前を歩き、ヴァーエイトの元へと案内した。

 麻痺が解けてない様子で、大樹にすっぽりと入ったヴァーエイトがいた。


「何か変ですね。それに見たことない魔物です。これは相当強いのでは!?」

「お……、おま……え……」


 今更何か言われても困る。

 俺は背中を木の枝で撫でながら麻痺魔法をもう二三度かけた。

 声を出すとバレるから、もちろん無言で麻痺魔法をかけた。


「とりあえず、今は動けないみたいだから、今のうちに倒そう!」

「は、はい!」

「んだな!」


 俺がそう声をかけるとゆうなは右手を向け、剣児は剣を構え、俺は木の枝をギュッと握りしめ、攻撃体勢に入った。


「チャッカ!」

 ボゥッ!


「ぶつ斬り!」

 ベタンッ!


 ゆうなは火属性魔法を、剣児は今日覚えた特技ぶつ斬りを繰り出した。

 剣児が振るうボロボロの剣でのぶつ斬りは、ヴァーエイトの体に傷一つ付けることも出来ず、斬るというより叩くに等しい。

 俺はゆうな、剣児の後に続く形で、間髪入れずに麻痺が解けないよう木の枝でヴァーエイトを撫でる。


「チャッカ!」

「ぶつ斬り!」

 撫でー。


「チャッカ!」

「ぶつ斬り!」

 撫でー。


「チャッカ!」

「ぶつ斬り」

 撫でー。


「チャ……ぷぷっ、くっ、あーはっは!」


 ゆうなが突然笑いだした。

 こいつ正気か!?

 

「これじゃあ餅つきじゃないですか!」

「んだな!はっはっは!」


 先程まで真面目に剣を振るっていた剣児も、その言葉を聞き笑っていた。

 目の前で笑う人間二人をヴァーエイトは怒りなのか哀しみなのか分からない表情で見ていた。

 餅つき?

 意味が分からないが、二人に合わせてとりあえず俺も笑う。


「……ははは」


 しかしこのヴァーエイトという魔物は恐ろしく体力が多いみたいだ。

 一頻りに笑ったあとそのまま攻撃を続けたが、このまま二人に攻撃を任せても倒せる気配がない。

 埒があかないので、俺のゴブリンパンチにのせてそれとなく倒すことにした。


「もうあと一撃かもしれない。俺にしょうかんを使わせてくれ!(迫真」

「しょうかんを修得していたんですね!いいですよ!かましちゃってください!」


 ゆうなと剣児は一旦離れ、俺もヴァーエイトから少し距離を取る。

 そして木の枝を突きだし、渾身のしょうかんを繰り出す。


「魔物の心を怒りに変えよ!ゴブリィィィンパンチィ!」


 俺が木の枝を振りかざすと、空間が裂けゴブリンが出てきた。

 ちなみにゴブリンパンチの前にくる台詞は、さっきの検証結果を踏まえ変えてみた。

 そしてゴブリンに対しての個人的な愛くるしさを表現する為にも、少しリンとチの部分を伸ばしてみた。


 木の枝の先端から空間が現れ、俺の可愛いゴブリンが出てきた。


「すげぇ!」


 剣児が目を丸くしてそのゴブリンを見た。

 俺は満更でもない表情をし、走り行く可愛いゴブリンの行方を追った。


「◎▼○#◆#*!」

「俺も加勢するぜ!おりゃ!」


 やはり何を言っているか分からないゴブリンがパンチを繰り出すと同時に、俺もどさくさ紛れに拳を振るった。

 ヴァーエイトの上半身は消え去り、息絶えた。


「ゴブリンパンチかっけぇー!」


 一仕事を終えたゴブリンはそのまま煙となって消えていった。



 ドクンッ



 俺は今までのレベルアップとは段違いの感覚に驚いた。

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