人間界とは

第6話 村の爺さん

 鎧を脱ぎ身軽になった俺は高速で上空を駆けていた。

 第二の人生ということで、白く肩まであったボサボサの髪の毛も短くし、魔物特有の犬歯も削るなどしてイメチェンをした。

 幸い、肌の色は人間と同じような色だったので、どうみても普通の人間にしか見えないはずだ。


 人間の居住区まであと数キロのところで飛行をやめ、地に降り立つ。

 こんな高速で空を駆ける人間がいたら、変な噂が広がるだろうと考えたからだ。

 元魔王ということを隠して静かに過ごしたいので、無駄な騒ぎを起こしたくはない。


「ここからのんびり歩こう」


 俺は飛行中に発見した人間の集落まで歩くことにした。


◇◇◇◇◇


 泥地を歩くこと2時間、ようやく集落が見えてきた。

 魔物ということを隠して人間の居住区に足を踏み入れるので、少し緊張していた。


「本当に俺、人間みたいに見えるかなー?」


 一抹の不安を口にし、近くにあった水溜まりに映る自分の顔を左右に振って再確認する。


「うん、大丈夫だな」


 俺はそのまま集落に向け歩きだし、数分後に到着した。

 とりあえず人間界で暮らそうだなんて漠然と考え、とりあえず人間がいそうなところを探し、とりあえず集落を発見した。

 そんなとりあえずが重なり、到着したはいいものの、この集落に何の目的もない俺は何をしていいか分からなかった。

 四度目のとりあえずは集落を歩くことだった。

 俺は歩きながら、「あーこんな暮らしをしているのかー」や「趣があるなぁ」とか、薄っぺらい言葉の数々を並べていた。

 本当に場違いな野郎である。


「おーい、そこの若いのー、ちと手伝ってくれー」


 何だか呼ばれたような気がして声がした方角を見ると、小さな井戸のところで腰の曲がった爺さんが俺に向けて手招きをしていた。


「わかった、今行くぞー」


 俺は顔には出さないが話しかけられたことが素直に嬉しかった。

 爺さんの元へと駆け寄ると、どうやら水桶に入った井戸の水を底から持ち上げるのに苦労している様子だった。

 俺は軽く持ち上げ、次いでもう一つの水桶にも水を汲み、すぐそばにあった天秤棒に取り付けた。


「ありがとう、助かったよ」

「ところで爺さん、これ家まで運べるのか?」


 水桶を持ち上げることが出来なかったので聞いてみた。


「ああ、大丈夫じゃ(キリッ。こう見えて足腰は丈夫なんじゃ。よいしょ。いやぁ本当に助かった」


 爺さんは両端に水桶をぶら下げた天秤棒を肩に乗せ、そのまま歩きだした。

 キリッとした表情が頼もしく見えた。

 俺も今度使ってみよう。

 本当に足腰丈夫なんだなーと安心していたのも束の間、爺さんの脚が歩きながらプルプル震えだす。


「やべ、何も考えずに水桶に水入れすぎちまった!」


 俺は爺さんの元へと急ぎ、天秤棒を奪い取り自分の肩へと乗せた。


「爺さんごめん、重かったろ?いつもどれくらい入れてるか聞いてなかったから、桶いっぱいに入れちまったよ。代わりに俺が持つわ」

「すまんなぁ。いつもは半分しか入れておらんけぇ持てたもの、今日のは無理じゃった」

「仕方ないさ。それで、この水どこまで持って行けばいい?」

「ちょっと先にわしの家があるけぇ、そこまで頼むよ」


 俺は前をゆっくり歩く爺さんに合わせて、家へと向かった。

 周りをみるとぽつぽつと貧相な家が建ち並んでいる中、一際貧相な家が目に入った。


「わしの家はここじゃ。なかなかのボロ屋じゃろう?若いの、重ね重ねすまんが中まで運んでもらってもええか?」

「ああ、もちろんだ」


 爺さんに続いて俺は中に入り、隅っこに水桶が何個か並べられてあったのを見つけたので、そこに運んできた水桶を置いた。

 ここの集落は人間王が住まう都とは全然雰囲気が違うなぁと思った。

 人間の生活様式にも種類が様々あるようだ。


「茶でも飲むか?」


 俺はこくりと頷き、上がり框に腰を下ろした。

 ほどなくして爺さんが茶を持ってきてくれたので口をつける。


「こんな水を運んだだけなのに悪いな。ところでここの集落には爺さん以外に人はいないのか?」


 ここの集落に入ってから爺さんの家に来るまで誰一人として姿を確認することはできなかったので聞いてみた。


「そんなことはない。最近ここは年寄りしかいなくなってしもうたからな。若いの含めてここ何ヵ月でみんな城下町の方に行ったんじゃ」

「ここ何ヵ月で?なんかあったのか?」

「お前さん、何にも知らんのか?どこから来たんじゃ?」

「俺はまお……、いや、すごい遠くの方から来たんだ」


 なんと答えていいのか分からず、少し言葉が詰まった。


「そうじゃったか。最近は魔物がよう出るようになってな。近くの村は魔物の群れに襲われほとんどの人が死んでもうたと、逃げてきた若いのが言いふらしよってな。この東通村の者は命が惜しくてみんな城下町に行きよったわ」


 グレンヴァが最後に言った言葉が脳裏に過った。

 それと同時に俺があの地で数ヶ月もの間眠っていたことにも気付いた。


「爺さんは都に行かなくて大丈夫なのか?」

「都?城下町のことか?わしら年寄りは城下町に行く元気もない。それでも孫はわしを連れてくと言ったんじゃが、移動手段がないけぇ、断念した。それならばおらも残ると聞かんかったからこのわしが追い出したんじゃ。お前さんも早う城下町に行くこった」

「ほう。話を聞かしてくれてありがとう。少しばかりここに滞在しててもいいか?」


 俺は特にすることもないので、この集落というか村でのんびりしようと思い爺さんに聞いてみた。


「だめだ。ここは古くから身内だけでひっそりと暮らしてる村だけぇ、お前さんのように外から来た者を住まわすことはできん」

「そうか、それは残念だ。じゃあ爺さんの言うとおり、その城下町とやらに行ってみるとするよ」


 人間界にはそんな為来りがあるのか成る程なぁなどと思っていたが、これが爺さんなりの優しさだと気付くのは少し後の事だった。


 爺さんに城下町の方角を聞き、茶の礼をして家を出た。

 爺さんの声が聞こえてくるので振り返ると、手伝ってくれたお駄賃だと少しばかりのお金を出してきたのでありがたく受け取った。


 改めて別れの挨拶をし、城下町へ向かうために歩みを始めた。

 結構距離はありそうだが、魔王をやめた俺には余るほど時間はあるので魔法は使わず歩くことを選択した。


 こんな俺に茶を出してくれた爺さんが魔物に襲われぬよう、村全体に強めの結界を張って村を出た。


 城下町であれば人が多そうなので、逆にひっそりと暮らすのが容易だろう。

 俺はかつて一度だけ訪れた、城下町を目指した。

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