六月二十一日 FFM3の霊入れと末っ子たち

「起きて【もがみ】、弟を見に行こう」

 深夜、産屋である造船の【道】の中に与えられた一室でいつも通りに眠っていたら、【くまの】がキラキラとした目で自分を揺り起こした。

「……今、何時?」

「2355!」

 眠い目をこすりながら尋ねればはしゃいだ犬みたいな声で【くまの】は答える。

「ちょうど【霊入たまいれ】前……眠いし怒られるから嫌だ」

「そんなこと言わないで行こ!お兄ちゃん!」

「都合のいい時だけ弟になるのはダメ」

「そんなことない!俺、ずっと弟!」

 こういった場面で上手に出てくる猫なで声は一体どこから発しているのだろう。自分とほとんど同じ姿の弟を見ていると不思議な気持ちになってくる。

「はあ……」

「すきあり!」

 溜息をついた瞬間に【くまの】が自分の手をひっぱった。油断してしまったと気がついた時には時すでに遅し、現世の長崎造船所、夏の大三角が見守るドックに引きずりだされてしまった。

「【もがみ】第一ドックってどっち?」

「はあ……あっち」

【道】から出た時点で【ククリ】にはバレてしまっているだろう。どうしたって叱られ怒られるのならば、ここで引き返すのも【くまの】の謀に乗っかるのも大差はないだろう。それに、自分はまだ上手に【道】の行き来ができない。うっかりこんな時間に他の組織の【道】に迷い込んだら最後、もう帰ってこられないかもしれない。つまりどうしても【くまの】に連れて帰ってもらわなければならないのだ。

「あー、【ククリ】気づいてるな」

「多分、現世に出てきた時には気づいてるよ。時間が時間だから叱りに来れないだけ」

 第一ドックの近辺まで二人で歩いていく。いつも聞こえるさざ波も心做しかいつもより静かに感じる。

「だよねー。あっ、見て【もがみ】、【霊入れ】してる!ドックの水、ぱかーってなってる!」

「【くまの】静かに!」

【くまの】が楽しそうに指をさす方を見れば、今まさに第一ドックの底で【霊入れ】が行われようとしていた。ドック内の水が真新しい艦を避けているのは【ククリ】の業だろう。【ククリ】が柏手を一つ鳴らすと艦の前に白い単衣姿の【艦霊ふなだま】が現れる。【艦霊】の容姿は自分の横に居る【くまの】を長髪にしただけ……要するにそっくりだ。【ククリ】が【くまの】にそっくりな【艦霊】の肩を叩くのが見える。これで【霊入れ】は完了だ。

「ねえ、【もがみ】」

「なに?【くまの】」

「今から急いで【道】に帰って寝たふりすればワンチャンあるかな?」

「ない。でも、帰った方がいいのは確か」

「だよね」

【くまの】が現世に来た時と同じように自分の手を引く。薄い水の膜を通過するような感覚が一瞬、そうすれば目の前は現世ではなく、元いた造船の【道】だ。そして、すぐ目の前に仁王立ちの【こんごう】。

「おかえり、末っすそご共。あとは分かってるな?」

「はあい」

「はい」

 諦めて【くまの】と並んでその場で正座する。これから一体何人に怒られるかを考えると地獄の戦闘訓練が始まったような、そんな気分だった。

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