六月二十一日2359 FFM3霊入れ

夏至の夜、長崎造船所内のドックに高い雪駄の音が響いている。すぐ傍の港のさざ波も彼の雪駄の音に気を使いそっと息を潜めていた。この造船所の主である【座敷童ククリ】は大きな真新しい艦の前で立ち止まる。艤装もまだまだこれからの艦は夏の大三角の輝く空の下、静かに明日を待っていた。【ククリ】が何もない空間に手をかざし扉を開けるように動かせばドック内の海水が蠢き、【ククリ】のための道を開いた。【ククリ】は歩を進め、懐から底が繋がった長方形の賽子を取り出し艦の前に置く。そうして、静かに深く息を吸い込んだ。

「テンイチジロク」

【ククリ】が静かに言葉を紡ぐ。

「オモテミアワセ、トモシアワセ」

夏の始めの湿った風がドックの中を吹き抜け、艦の鉄の表面を撫でる。

「ロカイゴトゴト」

同じ敷地内にあるガントリークレーンも、ほかの建造中や修繕中の艦船もその瞬間を待っているかのように微動だにしなかった。

「ナカニドッサリ」

【ククリ】が一つ柏手を打つと、長方形の賽子のすぐ後ろに白い単衣姿の【艦霊】が姿を現した。

「【FFM3】」

【ククリ】が【艦霊】の名を呼べば、【艦霊】……【FFM3】は少し首を傾げて反応する。その幼い仕草が示す通り【FFM3】は明日進水式を迎える艦の【艦霊】だ。

「【FFM3】座りなさい」

【FFM3】は言われた通りにその場でちょこんと正座をする。【ククリ】の手がすっと伸びて【FFM3】の肩を叩く。一度目は明日の進水が祝福されたものであるように、二度目は少し先の就役で誇りを持って走れるように、三度目は無事の除籍で愛を感じられるように、この幼い【艦】のまだ見ぬ未来の幸福を祈りながら楔を打ち込んだ。楔を打たれ鉄の艦に縛られた【FFM3】は世界の暗さに目を丸くする。

「朝が楽しみだな」

【ククリ】は【FFM3】に手を差し伸べ、造船の【道】に手引する。【FFM3】はそこでようやく自分を育む【座敷童】の顔を見たのだった。


あしたになれば。

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