九月二十日 兄の殯 元まえじまの曳航

 秋雨の中、Sバースに泊まっていた一隻の船がタグボートに曳かれて今まさに呉を去ろうとしている。決して初めてではないその光景がこんなにも苦しいのは、きっとその船影が自分と同じものだからだろう。タグボートに曳かれてはいるが、その船が水を切って進む姿を見るのはもう一年以上前のことだ。先を行くタグボートの航跡を船首が二つに割き、それが空っぽの船の航跡になる。これを繰り返しながら船はだんだんと遠ざかり、その航跡に雨が落ち細かく水面を揺らしていた。誰かの涙のように雨は静かに水面を叩く、その音は誰かが啜り泣く声のようだった。

「またな」

もう二度とその船を見ることはない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る