ソロベロス 地獄の番犬を召喚したら、頭が一つだけなんですけど?!

荒木シオン

我が名はケルベロスである! 頭が一つだろうとも!

 こまった。非常に困った。


 が名は地獄の番犬ケルベロス。

 かの魔術王まじゅつおうソロモンがしたがえし七十二柱ななじゅうにはしらの悪魔。その序列じょれつ第二十四位にして十九に及ぶ軍団の指揮を取った地獄の侯爵こうしゃくナベリウスと同一視される、それはそれは偉い存在なのである。


 そんな高貴こうき偉大いだいな存在たるわれは、様々な世界の魔術師たちにわれ召喚しょうかんされては、なにかしらの代償だいしょうと引き換えに力を貸したり、願いを聞き届けたりしていたのだが――、


「うぐっ……ぐすんっ。なんで? どうして、こんなことに……」


 ――どうも今回は勝手が違った。

 第一、われを見るなり絶望の表情を浮かべ泣き出す召喚術士など初めて出会った。

 そこは偉大な我を呼び出せたことに狂喜乱舞きょうきらんぶし、嬉し涙を浮かべるべきではないのか?

 だというのに、この崇高すうこうなる我を召喚した年端としはもいかぬ黒髪の少女は顔を合わせるなり、名乗りの口上こうじょうすら聞かず泣き出してしまった……。


 せぬ……。まぁ、しかし、そろそろ話を前に進めたい。できれば契約内容などを確認したい。なので気を取り直し、改めて名乗りを上げることにしたのだが、


『これ、娘よ。いい加減に泣き止まぬか。が名は地獄の番犬ケルベロス! かの魔術王ソロモンが――』


うそです! そんな嘘にはだまされません!! この悪魔!!」


 なんと高貴こうきわれの口上を遮るばかりか、鬼気ききせま形相ぎょうそうにらみ付けてきた。そして、偉大な我に向かって指を突きつけ、


「だって、アナタ! 頭が一つしかないじゃないですか! ケルベロスは頭が三つあるんですよ?! 私が駆け出しだからって馬鹿にして、この大嘘つき!」


 衝撃的な事実を言い放つ……え? 待って、我……今、頭が一つしかないの?

 確かに先ほどから妙に肩が軽いし、回りが広々としていて、なんだか静かだなぁーって感じてはいたけども……。


 不遜ふそんな少女に指摘され、恐る恐る左右を確認すると……な、ない! 確かにいつも両隣りょうどなりにあった頭が! 我の頭が二つない!! こ、これは一体全体どうしたことか……。

 予想外の事態に左右を何度も確認していると、少女には我が図星を突かれおろおろとあせっているように見えたのだろう、


「ほら! やっぱり! 頭が三つないのにケルベロスとか笑わせます! 頭が一つ! そう、ソロのアナタは『ソロベロス』と言うほかありませんね!」


 確信と自信に満ちた態度でわれひど珍妙ちんみょうな名前で呼び捨ててくる……。

 おい、小娘……泣き止んだはいいが、言い得てみょうだと満足げに頷くんじゃない!

 認めん! 我は認めんぞ! そんな名前! 我が名はケルベロス! ケルベロスである!!


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 召喚術士しょうかんじゅつし、それは異なる世界から数多あまたの精霊や妖精、魔獣まじゅう神霊しんれいなどを呼び出し、使役しえきし彼らの力を行使する存在。

 ゆえ崇高すうこうにして偉大、高貴で名高き地獄の番犬ケルベロスである我もたびたび彼らに召喚され、色々な形で関わってきた。

 そのたびにナベリウスやチェルベロなど様々な名で呼ばれることもあった。あったのだが――、


「は~い、これで登録完了ですよぉ~クリスさん。契約召喚獣けいやくしょうかんじゅうの種族名は『ソロベロス』登録名は『ソロべぇ』これからのご活躍を召喚術士ギルド一同ぉ~期待しておりますぅ~」


 ――これほど屈辱的くつじょくてきな名を与えられたのは初めてである。

 われと小娘へカウンターしに笑いかけるのは、召喚士ギルドなる組織に所属する制服の女。そして、ここはそのギルドが運営する施設である。

 まぁ、どこの世界にも似たような組織はあるので別段珍しくもない……。


 さておき、これで我は小娘の契約召喚獣として正式に登録されたわけだが、どうしてそんなに浮かない表情をしているのか?

 なんだ? はなはだ遺憾いかんながらこの崇高すうこうで偉大な我が、お前のような駆け出しの召喚術士と頭一つだけとはいえ契約してやったのだぞ? もっと喜べ! 歓喜かんきしてむせび泣け!


 そう文句の一つも言ってやろうとした瞬間、


「あら! クリス! 落ちこぼれのクリスじゃありませんの! どうしました? ついに召喚術士をめる決心がつきましたの?」


 我と小娘の行く手を阻むように現れたのは、青いドレスに身を包んだ金髪の女であった。その後ろに控えるのは双頭そうとうゆうした漆黒しっこくの犬。

 なるほど、オルトロスか……。コイツを使役できているのであれば、我のあゆみをさまたげたこの不遜ふそんで、不敬ふけいで、無礼ぶれいな女は召喚術士としては中の下程度には優秀なのであろうな。


 我が若干じゃっかんあわれみをいだききながら、青い女とその召喚獣を値踏ねぶみしていると、


「あ、姉弟子様……。ほ、本日はご機嫌麗ごきげんうるわしく……」


 小娘はどこかおびえるように震えながら頭を下げた……。

 おい、どうしたのだ? 貴様は偉大なわれわれとも思わぬような、不敵ふてき尊大そんだいなヤツであろう?! もっと、なにか言い返さぬか!

 小娘の態度をいぶかしく思い、その背を鼻で押して反撃をうながすが、どうしてか頭を下げたまま固まり動かない……。


「ふんっ、貴女あなたと出会ってうるわしいもなにもあるもんですか……って、あら? その後ろにいる黒い犬はなに? ふふふっ、あははっ、もしかして、クリス! 貴女の召喚獣ってそれじゃないでしょうね?! そんなどこにでもいるような犬が?!」


 沈黙ちんもくを続ける小娘の反応に飽きたのか、我に向かってとんだ暴言ぼうげんいてくる青い女。

 はっはっはっ……この世界は本当に我を飽きさせぬな。たった数刻すうこくでこれほど多くの屈辱くつじょくを味わうとは……。

 口をつつしめよ、我がなんたるかも見抜けぬド三流が! 消し炭にするぞ?!


 怒り心頭しんとうはっうなりながら一歩進めば、女の方の双頭犬そうとうけんオルトロスも主人をかばうように前へ出る。まさに一触即発いっしょくそくはつ

 はっ……その度胸は買ってやる。だが、我にきばけるとははなはだ不敬ふけい! 格の違いというものを知るがいい!


 そうしてオルトロスの首元へ噛み付こうとした瞬間、


「は~い、ギルド内での私闘しとうはぁ~ご遠慮えんりょ願いますぅ~。これ以上、騒ぎを大きくされるとぉ~、罰則規定に抵触ていしょくしますよぉ~?」


 我らの間にスッと割って入ったのは、先ほどカウンター越しに会話した制服の女。その肩に止まるのは黄金の飾り羽根をゆうした真紅しんくの鳥。

 不死鳥か、その眷属けんぞくか……なるほどこの格を従わせるとはただの受付嬢ではないな?


 肩の上からこちらを見下してくる鳥を睨み付けていると、その主人たる女が我を見てくすりと笑う。


「あんまりおいたをしたらダメですよぉ~? エセリアさんも妹弟子をからかうのはほどほどにして下さいねぇ~? さっ、クリスちゃんはまた明日ねぇ~? 今日はもう帰ってゆっくり休むんだよぉ~?」


 優しくおっとりとしていながら有無を言わせぬ圧を感じさせる言葉に、エセリアと呼ばれた青いドレスの女はサッときびすかえす。

 しかし、我はその去り際にヤツが呟いた言葉を聞き逃さなかった。


 はっ! 覚えておくのは貴様のほうだぞエセリアとやら……。われわれに牙をいた存在を忘れはないしない……。

 さておき、いつまで固まっておるのだ小娘? 今夜の宿とやらに帰るぞ!


 そうして我は呆然とし動かぬ小娘をくわえ、自身の背に放りかつぐと召喚術士ギルドをあとにした。

 ふむ……ところで、こやつの宿とやらはどこであろうな?


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 右や左、真っ直ぐなど断片的な指示しか出さぬ小娘を担ぎ街中を歩き続け、宿に着いたときにはすっかり日が暮れていた。

 で、小娘はというと自室に入るなり、ベッドで丸くなりここ数刻動かない。


 こやつ……まさかこのまま寝てしまうつもりではあるまいな?

 おい、起きろ! 起きるのだ! 我は腹が減った! 食堂とやらにいくぞ!

 指示もなく放置されるのにもいい加減飽きたため、小娘を叩き起こすべくシーツをぎ取ると――、


 ――目に涙を浮かべ唇を噛み締める小娘と目が合った。


 無言で見つめ合う我と小娘。重く気まずい沈黙がしばらく続き、先に静寂せいじゃくを破ったのは小娘のほうだった。


「なんですか……。お前も私を馬鹿にするんですか?」


 そう言って我を睨み付ける小娘の瞳には、しかし、確かな炎が宿っていた。

 なるほど面白い……。ただの落ちこぼれ召喚術士かと思ったがこれはこれは。その心の奥底にくすぶるる感情のなんと激しきことか……。

 よい、よいぞ、小娘。そのおもい! 地獄の番犬たる悪魔ケルベロスの前に吐き出してみろ!


 数刻後、小娘は……我に全てをぶちまけた。

 憧れの召喚術士になるべく様々な修行を修行を耐え抜く中で受けた数々の嫌がらせやいじめ。そうして、我を召喚するに至った経緯などなど。

 それら話を聞き終えれば、我がこやつに呼び出された理由も納得できた。

 

 小娘いや、クリス……そなたは美しいな。これだから人間というものはあなどれない。

 うとまれ、さげすまれ、馬鹿にされ、全てを失いながらも歩みを止めずに進み続けた……。だからこそ、我は三分の一とはいえそなたの前に呼び出されたのだ。ほこっていいぞ、クリス!


『小娘、いやクリスよ! 今こそ改めて名乗ろう! 我が名は地獄の番犬ケルベロス。またの名はかの魔術王まじゅつおうソロモンにしたがいし七十二柱ななじゅうにはしらの悪魔、地獄の侯爵こうしゃくナベリウス!』


 突然、口上を始める我に目を見開くクリスだったが、


ゆうする力は「失われた尊厳」と「名誉を回復する」それである! 喜べ、クリス! 貴様がうばわれ、失ったそれらはきっと取り戻すと、我が名にかけてここにちかおう!』


 全てを聞き終えると涙を浮かべ、笑顔で頷くのだった。

 あぁ、そうだ。われが呼ばれたのは偶然ぐうぜんではなく必然ひつぜんだった。この娘だからこそわれは知らず召喚におうじていたのだ……。


 こうしてわれのちに大召喚術士として世界にその名をとどろかせるクリス・プロスの長い長い物語は幕を開ける……。

 だが、それらを語るのはまた次の機会としておこう……。


 我が名はケルベロス。いや、大召喚術士クリス・プロスにしたがいし悪魔、ソロベロスなり。


                  完

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ソロベロス 地獄の番犬を召喚したら、頭が一つだけなんですけど?! 荒木シオン @SionSumire

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