チャーム

チカチカ

1話完結

「これ、やるよ。こういうの、好きだろ?」

 キラキラ。

 彼が小春の目の前に、小さな何か光るものを掲げた。

 それは、スワロフスキービーズをピンクゴールドカラーの星の形をしたフレームで囲んだ、小さなチャームだった。

 店の照明が反射して、星に囲まれたビーズが光る。

「……小春?」

 彼から怪訝そうに声を掛けられ、小春は、はっと我に帰った。

「気に入らない?てっきり小春はこういうの好きかと思ってたけど」

 彼の声が気のせいか不機嫌そうに聞こえて、小春は慌てて、

「う、ううん、そんなことない、可愛くて見とれちゃってた。ありがとう」

と答え、彼の指先につままれていたチャームを、右手で受け取った。

「なんだよ、大げさだなあ」

 彼が機嫌を取り戻したかのように、にやっと笑う。

「……でも、どうしたの、これ?」

 小春は、目を伏せながら、彼に尋ねた。

「うん?なんか、もらったもんに付いてたんだよ。俺、こんな可愛いの、いらないからさ、小春にやろうと思って持ってきた」

 彼があっけらかんと言う。

「…そうなんだ」

 小春はどうしても顔を上げられずにいた。

 そんな小春の様子に気付かず、彼が2杯目のグラスワインを注文する。

「やっぱ、ここのワイン上手いよな。ワインってフランス産がいいのかなって思ってたけど、イタリア産もいけるよなあ」

「そうだね」

 小春はようやく顔を上げて、にこっと笑った。


 小さなアパートのドアを開けて、小春は「…ただいま」と呟いた。

 誰もいないと分かっていても、まだ実家にいたときの癖が抜けず、そう口にしてしまう。

 小春は溜め息を付きながら、コートを脱いで、ハンガーに掛けた。

 そして、コートのポケットから、彼にもらったチャームを取り出す。

 キラキラ。

 手の平の上で、小春の小指の爪より少し小さいビーズの星が光る。

 星には、同じピンクゴールドカラーのタグも付いている。

「L・C」

 …ラヴィ・ショコラ。

 京橋にある、知る人ぞ知る小さくて、でも、とっても美味しいショコラティエ。

 2月にはバレンタイン限定のボックスが販売されて、それには必ず店のマークの星がモチーフになったチャームが付いてくる。

 小春も、最初はその限定ボックスをプレゼントしようと思った。バレンタイン前の混雑した店内で、一時間近くも迷ってしまった。今年のチャームがどんなのか、しっかり覚えてしまうくらいに。

 けれど、付き合って最初のバレンタインだから、やっぱり手作りにしよう、そう考えて、結局、限定ボックスは買わなかったのだ。

 それを彼がどうして持ってるの?

「もらったもんに付いてた」

 と彼は言った。

 …あの限定ボックスを、もらったってこと?

 誰から?どうして?

 義理チョコ?

 まさか。あの限定ボックスはそれなりの値段がする。義理であげるようなものじゃない。

 どうして、お店で聞けなかったんだろう。

「やだ、これ、バレンタイン限定チョコについてるやつじゃん。も~誰からチョコもらったの~?」

 ふざけてでも、ふくれながらでも。

 彼に聞けばよかったのに、どうしても小春は聞けなかった。頭の中は、「どうして」「誰から」でいっぱいだったくせに、おかげで食事の途中から、彼が何を話していたか、どんな料理を食べていたか、ほとんど覚えいない。

 …いつも、そうだ。

 会いたい。寂しい。もっと会おうよ。

 頭の中は言いたいことでいっぱいなのに、彼に会うと言えない。たとえ冗談めかしてでも。

 付き合う前はもっと冗談を言い合って気楽に話せてたのに。

 ……ポツ。

 小春の目から涙がこぼれて、手の平の上のチャームに落ちた。

 キラキラ。

 小春の涙なんかおかまいなしに光るチャームを見て、小春は思わずぐっと手を握りしめて振り上げ-、けれど、どうしてか、そのままゴミ箱に投げ入れようとしても、できなかった。



 そして、それから一月も経たない内に、小春は彼と別れてしまった。

「他に好きな人ができた」

 と、彼は言った。

 限定ボックスをくれた人なんだろうか。それとも別の人なんだろうか。

 好きな人って誰?

 と聞きたかったけれど、小春は聞けなかった。最後まで、言いたいことが言えなかった。



「あ、なんだよ~、手作りじゃないじゃん」

 と、ラッピングをほどきながら、陽一がむくれる。

「あれ、手作りの方がよかった?ごめーん」

 小春は陽一の前で手を合わせて謝った。

「そりゃなあ。付き合って初めてのバレンタインだし」

 陽一が苦笑いしている。

「うーん、手作りって重いかな、って思ってさ。来年は手作りするよ」

 と小春が笑いながら言うと、

「しゃあねえなあ、約束だぜ」

 と陽一も笑顔になった。


 あれから何年経っただろう。

 今、付き合っている陽一には、気負わずに何でも言える。

 どうしてかは分からない。分からないけれど、小春にとっては、きっとそれが大事なのだ。

「あ、陽一、そのボックスに付いてるチャーム、ちょうだい」

 と小春が言うと、

「あー、お前、これが目当てでチョコ買ったな~」

 と陽一がまたむくれた。

 もう、違うってば、と小春は笑いながら陽一に背中から抱き付く。

 キラキラ。

 じゃれ合う二人の指先で、チャームが光った。

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チャーム チカチカ @capricorn18birth

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