和気藹々・沸きあいあい

 翌日は移動日。新幹線で東京へ。WBCの第一ラウンドは東京ドームで開催されるのだ。実は新幹線のグリーン車に初めて乗る。選手と首脳陣のために一両貸し切りなのだ。シートの感触を確かめていると笑われる。


「もしかして健ちゃんグリーン車初めて?」

「はい。高校生ですしね。」

「じゃあアメリカとの往復の飛行機はエコノミー?」

「いや、ビジネスクラスです。差額は自腹ですけど。」


 そういえば、メジャーにあがると年数往復は日米間のファーストクラスのチケットを出してくれるという契約があるとかないとか?俺がおそるおそる聞いてみると、利用回数や利用人数は違えど皆そんな契約を結んでいた。


 「健ちゃんは通訳がいらないから代理人が粘れば(契約に)乗せてもらえるんじゃない?」

なるほど。

「でもウチは貧乏球団だから無理かもなぁ。」

笑いが起こる。磐村さんが言うとシャレになっていない。


 練習試合である程度結果が出て、みなさん少し余裕が出てきたようだ。そして「実戦勘」も取り戻しつつあるのだろう。東京の宿舎ホテルに入った後は自由行動だったので久しぶりに亜美とデートだ。


 亜美も2月は高校が家庭研修(受験休み)に入っているので自由なのだ。しかも推薦で合格も取ってるし。ただ二人きりでないのは仕方がない。週刊誌ネタになるのもいやなのでお互い友人を連れてとなる。俺は学校でトレーニングパートナーで親友でもあるケント・バーナード・ジュニアと、亜美は学生寮で同室だった友人と、併せて4人連れ。今日は俺の「春物」の私服を買い物していただいた。


「あれ?健て有名な割にだれも凸ってこないね?」

ジュニアが不思議そうに言う。確かに東京は「有名人」を見て見ぬふりをしてくれることが多い。

「だって健のファン層はローティーンが多いから、今頃は学校じゃない?」

それもあるにはある。


 ただすれ違うとたいていの人はこちらを見る。「どこかで見た顔」というのもあるが、物理的に目立つ集団なのだ。俺の身長が192cmで亜美が175cm。ジュニアに至っては208cmもある。威圧感のせいでだれも近づいては来ないのかもしれない。


 だから夕飯で入った焼肉屋さんでは何人かにサインや写真撮影を求められた。

「健は座ると目線は僕と同じ高さだよね。」

ジュニアがいつものように俺をいじる。

「あーはいはい。身長が15cmも低いのに座高が一緒ですよね。キミは脚が長くていいねぇ。……お前の場合は遺伝だろ。俺は根性でここまで手脚伸ばしたのっ。」


 でも、卒業するとこんなオバカな掛け合いもごくたまにしかできなくなるんだな。亜美たちのエスコートをジュニアに託し、俺はホテルに戻った。

 

 翌日は東京ドームで全体練習。投手と野手で別れてストレッチしている。雰囲気は明るい。松阪さんが俺に

「健ちゃん、身体が軟らかいらしいじゃん。ちょっと見せて。」

と振ってくる。


 投手は特に身体に柔軟性が求められるのだが、俺は幼児期からストレッチを欠かしたことはない。とりあえず股割で上半身ぺったりをやってみる。

「うぇぇぇぇぇぇぇぇ。きもい。」

キモイ言うな。これくらいみんなできるやん。

「いや、そのヌルンという感じがいやや。前世はスライムかよ。」

前世はともあれスライムに骨格なんてあるのか。


「じゃあ、Y字バランスは?」

無茶ぶりは続く。

「俺、I字まで行けますよ。」

俺が左脚をあげ、股関節を中心に脚を垂直にあげるとみんな悲鳴をあげる。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ。」

失礼な。

「なんでそんなにスッとあがんの?びっくり人間やんけ。前世はバレリーナかよ。」

「それは前世じゃなくてもいいんじゃないスか?」

「そんなゴツいバレリーナがいるかっ。」


まぁ、柔らかければいいというものでもないのだが、怪我の防止に身体の柔軟性は必須。俺の場合は打撃バッティングでも柔軟性が必要なのだ。


 翌日の強化試合。相手は昨年の日本一チームだった埼玉ライオンハーツ。


 捕手としてマスクを被るのは山鹿拓郎やまがたくろう。俺の高校にいた1年先輩である。試合前にあいさつに来ていた。

「健、久しぶりだな。」

「お久ぶりです。今日はお手柔らかに。」

「なにいってんの?きっちり抑えにいくから。」

まじめなところは相変わらずだ。

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