12

『…私も、アンリと同様です。

心の中に何かが足りず… そしてそれは、思い出してはいけないことのような気がしてならないのです…』


「……」


双方の意見を聞いて、懐音は何かが引っかかったのか、一頻り黙り込んだ。



“未練”。“大事なことを忘れている”…

そしてそれは、“思い出してはいけないこと”…!



「…、成る程。見当はついた」

「!…え、もう!?」


朱音の目が見開かれる。そしてそれは、情報を提供したはずの、アンリとジュリにしても同様だった。

だが…ただひとり、緋桜だけは懐音と同じ反応を見せていた。


「…懐音さん、もしかして… 俺の考えと懐音さんの考えは…」

「ああ。恐らく全く同じだな」


懐音が平然と返答する。それと時を同じくして、緋桜が頷き、動いた。


「アンリさん」

『何だい?』

「この舘…多分だけど、作りから見るに、ちょっとした屋根裏部屋があるよね?」

『…ああ』


アンリは何故か、渋い表情で頷いた。

それに引っかかった朱音が怪訝そうに彼を覗き込むより早く、懐音が腕組みを解き、朱音の襟首を掴んで立ち上がらせる。


「そこだな。行くぞ跳ねっ返り」

「!な… 人を猫みたいにぶら下げないでよ!」


懐音は片手であるというのに、その当の片手のみで朱音の体重を支配しているのだから、その力はなかなかに強い。

そんな懐音の手を振りほどこうと、それこそ猫のように、真っ赤になってもがき暴れる朱音を、じろりとその一睨みのみで黙らせた懐音は、そのままの体勢で朱音を部屋から連れ出す。


それを見た緋桜は、まさに茫然自失となった。


「意外…懐音さん、結構、力あるんだ…」

『突っ込み所はそこじゃないだろう? 緋桜くん』


アンリが心底楽しげに笑む。

それにつられて緋桜も笑う…が、緋桜はそれだけには留まらず、もう少し情報を引き出そうと、改めて残った二人の側に向き直った。


「そういえば、肝心なことを聞き忘れてたんだけど…」


緋桜が遠慮がちに口を開く。

それに気付いたジュリが、怪訝そうな表情をした。


『何でしょう?』

「…あの…」


聞きづらさに、緋桜が俯く。しかし、それでは何の解決にもならないことを理解している彼は、次にはまっすぐに顔を上げた。


「…、少しでもヒントが欲しいから、失礼に当たるのは承知の上で訊いちゃうけど…

アンリさんとジュリさんって…その、一体どういう関係?」


『…緋桜くんの目からは、どう見える?』


興味深げな視線を逆にアンリに向けられ、緋桜は一瞬、返答に詰まった。


「うーん…、顔は二人とも、あんまり似てないから…

まあ、美男美女には違いないんだけどね。でも、だから兄妹じゃないだろうとは思ったんだけど…

そうなると、あと考えられるのは… 恋人同士とか?」

『それはないよ』


アンリがはっきりと、そしてきっぱりと否定する。


『…、気付けばジュリとは、ずっとこんな感じで一緒にいる。…だが我々の間には、過去、一度たりともそんな感情が芽生えたことはない』

「だとすると…じゃあ、似てない兄妹?」

『それも無いと思います』


続けての疑問を今度はジュリが否定する。

その即答にも近い言葉に、緋桜は明らかな混迷の色をその瞳に湛えて黙り込む。



(…何の関係もない者同士が、同じ未練を残して…全く同じ場所に、一緒になんて留まるものなのか?)



一瞬、そんな疑問が頭をよぎる。が、それはすぐさま部屋から退出した、朱音と懐音の姿に取って変わった。


(これは…朱音と懐音さんが、どう収穫をあげてくるかに掛かって来るかな…)


…そんな緋桜の複雑な心中を、件の二人は知る由もなかった。

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