治癒魔法は役立たない~異世界で史上最強のヒーラーに転生したけど、人類が滅亡したから治癒魔法の使い道がありません~

黄黒真直

治癒魔法は役立たない

魔物に追われ、私は深い森の奥へと逃げ込んだ。


無事にまけたようだ。私は一息ついて、倒木に座る。

だが。


「グルルル……」


また別の魔物の声がする。

振り返った私の目に映ったのは、人間だった。


違う。あれは、人間の死体。

魔物に殺された人間が、まれに変化すると言われている――アンデッドだ。


***


元の世界での私は、MMORPGでソロプレイを好むような人間だった。アサシンかアーチャーになって、一人でモンスターを倒すのが好きだった。


それがある日、異世界に転生した。

ゲームみたいなこの世界で、私に適性とされた職業はヒーラーだった。

それも、適性レベルはカンスト。

私は史上最強クラスのヒーラーと診断されてしまった。


ヒーラーなんて、パーティプレイが前提の職業じゃないか。

しかも私には、攻撃魔法が一切使えなかった。

治癒するしか能のない人間だったのだ。


最初は抵抗した私もいつしか諦め、ヒーラーとして研鑽を積むことになり。

十五回目の誕生日を迎えた、その日――。


魔王軍が、人類の殲滅を開始した。


あっという間の出来事だった。数週間で人類は滅亡した。


無論、私もヒーラーとして、戦争に加わった。でも、こっちが千人治す間に、あっちは一万人殺すのだ。


そして私にも、死者を蘇らせることはできなかった。どんな魔法を使っても、死んだ人間は元に戻らない。それがこの世界の常識らしかった。


もっとも、私はそれを疑っていた。この世界には、魔法の研究機関が存在しない。誰も魔法の研究をしたことがないのだ。「高名な魔法使いが言ったから正しい」という考えが一般的だった。


私は大人になったら、魔法の研究をしようと考えていた。元の世界の科学のように、魔法を体系立てて、理論付けて、魔法の仕組みや応用を調べたかったのだ。


でも、その夢ももう、叶いそうにない。


人類は滅亡した。

パパもママも死んだ。

どんな通信魔法を使っても、反応は返ってこない。

残っているのは、たぶん、私だけ。


とんだソロプレイだ。


***


「グアアアッ!」

「ひ、ヒール!!」


襲ってきたアンデッドへ、私はとっさにヒールを撃った。一番弱い治癒魔法だ。


「ギャアアッ!」


アンデッドは足をひねらせ、その場に転んだ。

や、やった。本で読んだ通りだ。アンデッドは治癒魔法でダメージを食らうのだ。


最強の治癒魔法をかければ、光の粒に分解することもできる。でも、人間の形をした生き物を殺すのは抵抗があった。この攻撃で逃げてくれればいいのだが。


しかし奴は逃げなかった。起き上がると、再び私に襲い掛かる。


「ヒール! ヒール!!」


連発する。殺すのには抵抗あるが、多少ダメージを与えるのは抵抗がない。見た目は変わらないし、幸か不幸か、怪我人なら戦場で見慣れているからだ。


アンデッドはうずくまった。

死んだのか?

いや、苦しそうに蠢いている。そもそもアンデッドが死ぬのは、治癒魔法で光となって消えるときだけだ(本の内容が正しければ、の話だが)。


それでも、自分が人型の生き物をここまで苦しめた事実は、嫌な気分にさせられた。戦場では怪我人はすぐに治癒していたから、苦しむ姿もほとんど見なかった。人類を滅ぼす戦争の中で、私はかなり幸運な立場にいたと思う。


ああ、もしかしたらこの戦闘は、私への罰なのかもしれない。全人類が苦しみ喘いだあの戦争で、楽な立場にいた私への。


史上最強のヒーラーゆえに不死身であることがわかっている私は、精神的にかなり楽だった。死の恐怖がなかったからだ。


それにこの世界で十五年も暮らしてきたが、まだ心のどこかでは「非現実的な世界」と感じていた。私の生まれ育った元の世界の常識が、私の心にまだこびりついていたからだ。


そんな非現実的な世界で大勢死んでも、それほど悲しくはなかった。パパとママが死んだときはさすがにショックだったけれど、仕事で忙しかった私は、すぐにそのショックも忘れた。


ああ、こんな私が、この世界の最後の人間だなんて。

この世界の人類は、なんて不幸なんだ。

こんな私では、死んだ人類のために祈りを捧げることすらできないじゃないか。


「グゥ、ググゥ……」


アンデッドが地面に手を付き、立ち上がろうとしている。

どうしよう、逃げるべきか?

このアンデッドに、もう戦う体力はないだろう。放っておけば、勝手に死ぬはずだ。


……それでいいんだろうか。

彼は(アンデッドの見た目は成人男性だった)、元はこの世界の人間だ。私なんかよりずっと、この世界を愛していたはずだ。

この世界の人類に対するせめてもの償いとして、私は彼を治してやるべきではないだろうか。


アンデッドを人間に戻す方法は知られていない。

だから「治す」というのは、いまのこの状態から、最初の元気に襲い掛かってきた状態に戻すことだ。

人間だった頃の記憶はもうないだろう。知能も犬程度まで下がっている。でも、この世界の人類として、彼には生きていって欲しい。


「そうはいっても、治癒魔法は使えないし……」


私はあたりを見渡した。

見つけたのは、果物である。木の上にモプリ(桃みたいな果物だ)がなっている。


「ちょっと待ってて、あれを取ってくるから!」


私は木によじ登って、モプリを取った。表面を服で拭いて綺麗にする。

果肉は柔らかく、果汁も多いから、病人でも食べやすい。私が病気になったときも、ママはよくこれを食べさせてくれた(私がヒーラーとして覚醒する前の話だ)。


皮を手で剥いて、アンデッドの口元に近付けた。


「ガウッ!!」


手ごと食われるかと思ったが、アンデッドはモプリだけに食いついた。私の手から奪い、体を丸めて必死に食べている。


「よ、よかった。食べた……。もっといる? いくらでもあるよ?」


私は木に治癒魔法をかけた。私が切った部分がみるみる回復し、再びモプリがなる。

同じように口元に近付けると、アンデッドはまた食べた。

私はそれを繰り返した。


その後、彼のためにベッドを作った。といっても、枯葉を盛っただけのものだが。

同じものをもう一個作った。自分用だ。史上最強ヒーラーの私は、疲れることもないしお腹も空かない。こうした重労働は朝飯前だった。


アンデッドは眠るのか疑問だったが、私がベッドに横になると、同じように寝てくれた。目を閉じて、寝息を立て始めた。

彼が呼吸していることに、私は初めて気が付いた。


***


それから数日、彼はすっかり回復した。そして、すっかり私に懐いてしまった。


歯をむき出して私に襲い掛かってきたのが嘘のようだ。今では犬のように私にぴったり寄り添っている。


私達は、ここでの生活を始めていた。果物はいくらでもあるし、肉は彼が取ってこれる(この世界には魔物以外にも、ネズミみたいな小さい動物がいるのだ)。私は食べなくていいし、彼はどんな食べ物でも食べられる。


「食料の問題はないから、服と家をなんとかしたいわね」

「ガウ♪」

「それらが落ち着いたら……研究がしたい」

「ガウ?」

「アンデッドの研究よ。万一あなたが怪我したときのために、アンデッドを治療する方法を見つけたい。そしてゆくゆくは、あなたを人間に戻すわ」

「ガウッ!」

「アンデッドは人間に戻らない――それがこの世界の常識だけど、私は信用できないと思っている。誰も研究してないから知らないだけで、案外簡単に戻るのかもしれない」

「ガウ」

「全人類が魔物に殺されたってことは、今この世界には相当数のアンデッドがいるはず。その人たちを全員、人間に戻すの。そして、魔王軍に逆襲する」

「ガウ……」

「無理だって? そんなことないわ。私は死なないからね。無限の時間があれば、きっといつかできるわよ」


家を作るため、彼に木を倒してもらった。攻撃魔法が使えない私の代わりに、彼が筋力で木を加工してくれた。私はそれらを組み合わせて壁にしたり、ツタで縛って屋根にしたりした。


私と違って、彼の体力は少ない。私達は少しずつ家造りを進めた。


……うかつにも、大きな音を立てながら。


音を聞きつけたのか、たまたまパトロール中だったのか。

一匹の魔物が、私達の前に現れた。


「まっ、魔物っ……!」


腰を抜かす私の横を、彼がアンデッドとは思えぬ俊敏さで駆け抜けた。


「ギャアアアア!」

「グアアアアア!」


魔物と彼は叫び声をあげながら、もつれあい、取っ組み合い、そして。

腹を裂かれた魔物は、臓物と血を流しながら逃げて行った。


「だ、大丈夫!?」


彼は、膝から下を失くしていた。腹にも大きな穴が空いている。

それでも、生きている。普通の人間なら死んでいる状態だ。やはりアンデッドは死なないのだ。


だが、呼吸が荒い。


「ガウ……グウ……」

「大丈夫!? しっかりして! いま、私が治してあげるから!!」


ツタで足を縛り、止血する。

でも、私にできるのはここまでだ。

治癒魔法は使えない。

ネズミや桃を食わせたところで、こんな怪我、治るはずがない。


それでも、なんとかして助けたい。


アンデッドの研究をすれば、彼を治す方法が見つかるかもしれない。何年もかかるかもしれないが、私も彼も死なないのだから、いつか治してあげられるかもしれない。


でも、そんな保証はどこにもない。その間ずっと、彼を苦しませ続けるのか?


ならいっそ、殺してしまった方が良いんじゃないか。私なら、彼を殺せる。最強の治癒魔法を使える私だけが、彼を今すぐ楽にしてあげられるのだ。


どうすればいい。どうすればいい。私はどうしたい。彼はどちらを望んでいる。


そのとき、大勢の足音が近付いてくるのが聞こえた。逃げた魔物が、軍を引き連れて戻ってきたのだ!


「グウウウ……!」


彼が這いながら、向かっていこうとする。


「ま、待って! 行かないで!」


私は彼を抱きしめた。行かせてはいけない。行ったら彼は、永遠に苦しみ続けることになる。

でも私なら、彼の苦しみを止められる。何年か後に、あるいは、今すぐに。


「ガウウウ!」

「お願い、行かないで! 私が――」


治すか、殺すか。


私は覚悟を決めた。


「私があなたを、〇〇すから!」

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治癒魔法は役立たない~異世界で史上最強のヒーラーに転生したけど、人類が滅亡したから治癒魔法の使い道がありません~ 黄黒真直 @kiguro

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