高嶺の花の彼女に馬乗りになって猫撫で声で迫られたんだけど……僕のことが好きってこと?

逢坂こひる

第1話 ソロキャンプ

「先輩……私のこと……嫌いですか?」

 

 彼女は会社の後輩の竹本たけもと 絵美えみ 23歳。

 美人で気立てが良くて、スタイルがよくて、我が社のマドンナ的存在で僕も密かに想いを寄せている。

 ……一方の僕は、彼女いない歴イコール年齢の32歳独身。特徴のないことが特徴のどこにでもいるモブ男だ。

 竹本さんと釣り合うべくもない。

 彼女は高嶺の花……叶わぬ恋としか思っていなかったんだけど。

 

「き……嫌いじゃないよ」

「じゃぁ……好きですか?」


 そんな僕が今——何故かキャンプ場のテントの中で竹本さんに猫撫で声で迫られている。

 ちなみに竹本さんは僕に馬乗りになっている。

 ……夢でも見ているのだろうか。


「竹本さん……酔ってるよね?」


 さっきまで一緒に飲んでいた。酔っ払っての行為ってのは充分に考えられる。


「酔ってちゃダメですか?」


 酔ってるって認めちゃった!?


「ダメなことはないけど……酔った勢いでそんなことしてるなら……まずいかな〜とか思っちゃったりして」

「あ——っ、それって私がそんなに軽い女に見えるってことですか? 酷いなぁ……」

「いや、ちがっ、違う! 誤解だよ! 誤解だよ竹本さん!」

「じゃぁ、好きなんですね?」

「いや、そ……その」


 好きは好きなんだけど……この状況で言っちゃってもいいのだろうか。


「好きなんですね!」

「……いや、だから」

「ハッキリしてくださいっ!」

「えぇ……」


 なんで……なんでこうなった!


 *


 ——遡ること1週間前。


山下やました先輩、ソロキャンプが趣味って本当ですか?」

「うん……」


 竹本さんとは以前プロジェクトで一緒だったけど仕事以外で話したのはこの時が初めてだった。


「最近流行ってますよね! ソロキャンプ」

「そうみたいだね」

「私も、ソロキャンプはじめてみようかと思ってるんですよ」

「そうなんだ」


 笑顔で僕を見つめる竹本さん。


「思ってるんですよっ!」

「……そうなんだ」


 更に笑顔で僕を見つめる竹本さん。


「思ってるんですよっ!」


 笑顔に少し陰りが見える竹本さん。

 ……もしかして、これは何か期待されている?


「……どうしたの、竹本さん」

「どうしたのじゃないですよ! 可愛い後輩が先輩と同じ趣味を持とうとしているんですよ? それを『そうなんだ』だけで済ませるって、逆にどうなんですか?」


 えぇ……そんなこと……コミュ障の僕に言われても。


「……いい情報サイト教えるから、それ見たら大体わかると思うけど」


 更に笑顔が陰る竹本さん。


「……サイトを教えるだけなんですか?」


 なんだろう……圧が凄い。


「先輩……とりあえず連絡先交換してください」

「えっ……なんで?」

「サイト教えてくれるんでしょ? まさか会社のメールで送るとか言わないですよね?」


 ……竹本さんって……こんな子だったっけ。

 まあ、仕事でしか話したことないから、よく分かんないけど。


 とりあえず、彼女に言われるままに連絡先を交換した。検索した方が早いよって思ったけど言わなかった。


「先輩……今日定時で上がれそうですか?」

「……うん、多分定時で上がると思う」

「じゃぁ、今日私に付き合ってくれませんか?」

「え……付き合うって」

「ショップですよ、ソロキャングッズが売ってるショップ! 色々教えてくださいね!」

「え……あ、うん」


 とまあ、強引に道具を買いにいく約束をさせられ——あれよあれよという間に、ソロキャンプも一緒に行くことになった。


「一緒にいったらソロキャンじゃないよね」って言ったらものすごい顔で睨まれた。


 

 ——そして今に至る。


「竹本さん……僕よく分からないんだ。なんで君みたいな魅力的な女の子が、僕なんかに……その……迫ってくるのかな〜なんて」


 竹本さんは僕の胸ぐらを掴み。


「そんなの好きだからに決まってるじゃないですか!」


 と言い放った。


 す……好き?

 竹本さんが僕を?


 なんで?


 更に分からなくなった。


「ここまで言ったのに……先輩は答えてくれないんですか?」


 答えるも何も……理由が分からない。

 接点らしい接点もないのに竹本さんに好かれる理由が分からない。


「……竹本さん、僕も……竹本さんが好きだよ……でも、竹本さんが僕を好きになる理由が!?」


 竹本さんは僕の言葉をさえぎるように——



 熱いキスをしてきた。



 ……ディープなやつだった。

 ……頭がとろけそうだった。

 

 そして長い口づけが終わると竹本さんは。


「理由なんて……なんでもいいんですよ」


 と言い、更に熱い口づけを交わしてきた。

 その後の展開はご想像にお任せするが、僕は魔法使いとしての資格を失った。


『理由なんてなんでもいい』と竹本さんは言っていたが、ちゃんと理由もあった。


 以前一緒になったプロジェクトで竹本さんが犯した致命的なミスを僕がリカバーしたことが、切っ掛けだったそうだ。


 社会人になって10年、趣味らしい趣味もなかった僕が、どっぷりとハマったソロキャンプ。


 でももう……その趣味は楽しめそうもない。




 ——了



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高嶺の花の彼女に馬乗りになって猫撫で声で迫られたんだけど……僕のことが好きってこと? 逢坂こひる @minaiosaka

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