閲覧注意なソロ活動 【KAC20219】

江田 吏来

ゲテモノです。苦手な方はすぐに閉じてください

 妻と娘がいない休日、俺はソロシェフになった。

 冷蔵庫の食材を確認して、客が喜びそうなメニューを考える。

 本日の客は食べ歩きが趣味で、味にはうるさい。食通を気取るときもあるが、料理の知識は乏しい残念な俺だ。


「お、ビールが冷えてるな」


 キンキンに冷えたビールはシュワシュワッと泡立ちながら舌を冷やし、歯茎を冷やしてのどの奥へと染み透る。あの爽快感と刺激は他の酒では味わえない。

 ビールの冷やしすぎは本来の味や香りを楽しめないそうだが、キンキンに冷えたビールはうまいのだ。どこかのCMみたいに、ビールを楽しみながら飯を作るのも悪くない。


 鼻歌まじりで手を伸ばしたが、その手はピタリと止まった。

 このビールは昨日飲むはずだった。会社の健康診断で尿酸値が高いと注意されたから、飲むのをやめていた。

 水分を取らなかったり、酒や食べ物に含まれるプリン体を多く取ったりすると、尿中の尿酸濃度が高まり、尿酸が結晶化して石を作る。尿路結石で七転八倒の苦しみを味わった身としては、プリン体含有量の多いビールは危険。

 俺はそっと冷蔵庫の扉を閉めた。


 テンションダウンだ。

 俺が作り、俺が食べる。ソロシェフになって俺をもてなす……そんな気力も失われていく。


「せっかくの休みがもったいないな」


 外食しても良いが、コロナ禍だ。

 すこし前までは「うまい!」を探してウロウロしていたのに、不自由になった。

 そういえば学生の頃も「うまい!」を探して、禁断の味にたどり着いたことがある。

 それはほとんどの人が口にしたくない食材だが、香りが良い。


 やさしい甘さ。若々しい女性の香りと表現したいが、それはそれで問題があるので独特の甘い香りとしておこう。

 その香りに誘われてそれを口の中に放り込むと、これまた今までにない驚きを感じることができる。

 

 ふにふにしてやわらかいのに、ブチッと簡単に噛み切れないのだ。思いのほか弾力があるから、モグモグしながら潰していくと、ほのかに甘い練乳の味がする。


 クリーミーで濃厚な味わいがするこの食材は、ゾウムシの幼虫だ。

 見た目も大きさもカブトムシの幼虫によく似ている。なかなかアクティブな奴で、つかまえるとものすごい勢いで手のひらから逃げていくことも。


 生きが良すぎる場合は、炭火で串焼きにしてもうまい。雑菌が気になるようなら塩をふって、揚げると良いだろう。

 クリーミーで濃厚な味は健在で、カスタードクリームのような味になる。おまけにカラッと揚がっているから茶色い頭がパリパリで香ばしく、口の中に広がる甘さとの相性は抜群だ。

 

 あっ、生で食べるときは、頭部を除いてから口にすることをおすすめする。新鮮で活きが良いゾウムシの幼虫は、くちばしがとても鋭い。口の中をかみ切ってくる奴もいるから注意が必要だ。


 ゾウムシの幼虫と出会ってから、昆虫食に興味がわいた。

 だが、これは妻にも内緒にしている。

 うまそうに幼虫を食べる姿なんかを見せたら、妻は卒倒しそうだし、娘は一生口をきいてくれないと思う。離婚問題に発展しかねない。


 しかし、ママコもうまいのだ。

 粉をこねたとき、こなれないで粉末のまま固まった継粉でも、継子でもない。

 ママコという羽蟻の女王蟻だ。

 大きさはアシナガバチと同じぐらいで、お尻がパンパンに膨らんでいる。

 調理されたママコは香ばしい。

 噛むとプチッと音がして、パンパンに膨らんだお尻から出てくるのは――。これ以上の説明はやめておこう。


 味は軽くあぶったカラスミに近い。

 タンパク質が豊富で、鉄分も取れる。

 見た目と長い脚を気にしなければ、クモの素揚げも普通に食えた。

 昆虫たちは豊富な栄養を備えているから、次世代の食材としても注目されている。それなのに、見た目があまりにもグロテスクだからゲテモノ扱い。


 一時、ゲテモノ好きを集めてワイワイ楽しく食うことも考えたが、世界には幻の昆虫食や貴重な虫がゴロゴロいた。

 独り占めしたくなるから、やはりソロ活動が良い。


 遠い昔を思い出して笑みがこぼれた。

 結婚を機にゲテモノ料理から卒業したのに、うまかった記憶は消えていない。

 今も忘れられない味があるのは良いことだ。 

 俺は気を取り直して冷蔵庫から食材を取り出した。

 俺が作り、俺が食べる。ソロシェフのこだわりが詰まった、おひとり様専用の特別おもてなし料理が幕を開ける。

 

 前菜は、肉のない肉じゃが。昨日の残りだ。

 本日のスープはMISOスープ。お湯を入れるだけのインスタントにオクラを刻んでトッピング。ごま油を少々垂らせば、味と香りが豊かになる。

 メインの肉料理だが、洗いものを増やしたくないから焼き鳥の缶詰で良いだろう。すでに味がしっかりしみ込んでいるので、スライスしたタマネギと和えるだけ。

 しゃきしゃきのタマネギと、甘めで濃い焼き鳥のタレが絡めばご飯のおかずに丁度良い。


 炊飯器の中には、ふっくらと炊きあがった米がツヤツヤに輝いているはずだ。

 期待を込めて蓋を開けると、むせ返るような湯気が顔に直撃して熱い。思わずのけぞってしまっても、米の芳醇な香りが食欲を刺激してくる。

 日本人で良かったと思える瞬間だ。

 そして俺専用の黒い茶碗にご飯を盛れば、米の白がより一層輝いて真珠のよう。


「いっただきまーす」


 俺の声しか響かない。

 娘の笑い声も、妻のグチグチも聞こえてこない。いつもの場所がとても静かで広すぎるように感じても、たまにだから悪くない。

 本日も俺は幸せである。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

閲覧注意なソロ活動 【KAC20219】 江田 吏来 @dariku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ