永遠のワンパターン

3時のおやつ

第1話 馬

 その頃、夕方のまだ早い時間帯、休憩の為事務所を抜け出し桜並木通りに出ると、ひとりの障害者らしい人をよく見かけた。


 昼間通っている作業所からの帰りと思われるその人は、いつも決まった時間に、決まった同じ場所を、歩くたびにがくがくする不自由そうなおぼつかない足取りで、一歩一歩進んでいた。


 しかしながら、そうやって一人、家路をたどるその顔には、今日一日の仕事をやり終えた達成感と、家族のもとへと向かう喜びが満ちあふれ、とてもうれしそうな笑顔が浮かんでいて、交差点の角を曲がって見えなくなるまで、見るともなく見送ってしまうのだった。


 後日、市の開催する物産展の木工品展示ブースで見かけた作品提供者の写真の中に、あの笑顔があった。

 サラブレッドというよりは、農耕馬といった趣のあるその作品は、けっして優美さや繊細な表現に優れるものではないが、力強く、骨太で逞しいその体躯は、無骨な表情と相まって、生きる力をみなぎらせていた。


 許可を得て手に取った馬はずしりと重く、荒削りな表面がごつごつしていたが、馬を持ったまましばらく動かない私にしびれを切らした家人が移動を促すまで、手に取りあちこち眺めまわしていた。

 帰り際、買って帰るという私に、不思議がる家人をなんとか説得し手に入れた馬は、他の売れ残り作品を尻目にいくぶん誇らし気な表情を浮かべているように思えた。


 ある年の冬、いつもの時間に道を行く馬の作者を見かけなくなり、通勤は送迎してもらうように変えたのかと、それとなく作業所に問い合わせると、具合を悪くして入院されているとの事で、事情を説明し、面識はないのだが入院先に面会させてもらえないかと頼み込んだ。

 入院先からは、面会しても意思の疎通ができるかわからない、まして初対面の人では、との返事だったが、家族の許可があればとの事で確認してもらい、面会できることになった。


 当日、訪れた病室で、会話では面会の意味を理解できない彼に、持参した馬を手渡すと、愛おしそうに撫でまわし、しばらく眺めていたが、面会の意味を理解したように私の手を取り、馬を持って帰るようにと押し付けた。


 その後、通りで彼を見かける事は無かったが、買った時からはいくぶん黒っぽくなった馬は、今も机の上で私を見つめている。

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