与えられた”モノ”

 都合が良すぎるのも当然で、僕のような奴の都合に合わせた制度があるらしい。

「モンスターや盗賊の襲撃で、命からがら身一つで逃げ込んでくる奴も多いからな。そんな奴らの身分証明なんてわからねえから、信用に足るか門番が見極めて、手続き踏んだら町に入れるんだよ」

だそうだ。




 ベテラン門番の人に宿を貸してもらえることになってから、大体一時間後。

 薄らと暗くなってきた景色に、”暗視”の効果が切れていることをなんとなく考えていたら、

「おーい、時間ですよー」

 と、町の中から声がした。



 町の中から、門番二人と同じ格好をした屈強な男二人が出てきた。

 30代前半かな、筋肉凄いなあ、と適当に眺める。


「おう、もうそんな時間か。行くぞ坊主」

 ベテラン門番が声をかけてきた。


 ……、ああ、交代の門番か、この人達。


 新人門番も、

「うす、それじゃあよろしくお願いします。お先失礼します」

 と、後輩らしい返事をしていた。

 仕事の中の、いつものやり取りって感じだった。





 ほのぼのとすっかり油断して、大人四人を眺めていたら、

「ところで、誰だ?お前」

 交代門番の片方が厳しい口調で問いかけてきた。

 相方のほうも、怪訝な目で見てくる。



 あ、やばいやばい。うっかりしてた。

 門番二人攻略したから気を抜いていたけど、そんなのただの応急処置。

 他の人間からしたら、未だ怪しさMAXの不審者。

 慌ててシャーペンを手に取るも、僕が動くより先に、



「そいつは大丈夫だよ」

 とベテラン門番が言ってくれた。


 今にも腰の剣に手をかけそうだった交代門番二人の雰囲気が和らいだ。

 片方が、ベテラン門番の方を振り返り、

「なあんだ、だったら早く言ってくださいよ」

 と笑いかけていた。

「悪かったな少年、疑ったりして。あまり見ない格好だったから、ついな。あの人が大丈夫というのなら、心配いらないだろう。さあ、あの人についていきな」

 もう片方の人は僕の頭を撫でながら、そう言った。

 ベテラン門番の、人望故だろうか。シャーペンを使うことなく、”納得”してくれた。


「ほら、早く来い。宿舎行くぞおー」

「はい、今行きます」


 交代門番二人に一礼をし、ベテラン門番のそばに行く。

 既に門の向こう側にいたから、ようやく僕もこの門を抜け、町の中に足を踏み入れた。


 期待に胸を膨らませ、初めての異世界の町を、キョロキョロとお上りさん全開で見回していると、

「こっちだ、坊主。ここ、ここ」

 壁のすぐ裏、門から入ってまず右にある大きめの建物の玄関で、ベテラン門番が手招きしていた。

 ちょっとだけがっかりしたけど、すぐに駆け寄った。


 新人のほうの門番が、扉の前で何か操作していた。

 幾らかすると、扉が開いた。


「ようこそ坊主、ここが門番の宿舎兼お前の宿だ」

 






 なんとなくのイメージで、石や煉瓦の家が建っていると思っていたけど、木造建築だった。

 造りはちゃんと洋風だけど。

 さっき見た感じ、他の家も木材だけで造られていた。

 周りは草原しかないのに、どこから調達しているのだろうか。


 何はともあれ、応接室らしき場所に連れていかれた。

 これからのことについて、説明してくれるらしい。





「えー、あなたにはこれから、この宿舎で数日間生活してもらいます。そのあと、正確に言えば生活許可証が渡されたあとは、この町において好きに生活してもらって構いません。犯罪は勿論やめてくださいよ?この宿舎にそのまま住む気なら、がんばって門番になってもらうしかありませんが。ここまではいいですよね?この宿舎でのあなたの立ち位置は、客人と考えて大丈夫です。あまりにひどい態度をとるとこちらの対応も変わりますが。えーと、伝わってますよね?」

「はい」


 新人の方が説明してくれている。

 経験が少ないのが、不安そうな口調からよくわかる。

 隣に座って黙って腕組みをしている先輩のほうを、さっきから何度も盗み見ている。



「あれ、えー、このあとは……。あ、そうだ。本来、ここに泊める部外者は、さっき先輩に説明してもらった通り、旅の途中に不運に遭い、身分が証明できなくなった人です。詳しくは聞きませんが、多分あなたもそのたぐいでしょう。えー、身元のわからない者を町に解き放つわけには行かないため、信頼に足る人物のお墨付きか、我々街門守衛兵隊からの保証が得られるまでここにいてもらいます。それさえあれば、先ほど言った生活許可証が発行されます」

「坊主の場合はそんなに問題ねえよ。俺らが既に信頼してるからな。それなりに書類手続きがあるけど、明日明後日にでも許可証発行できるよ」


 新人が一通りの説明を終えると、ようやくベテランのほうが口を開き、補足してくれた。

 この世界特有の規則だと思うけど、都合よく話が進んでくれるならありがたい。

 与えられたモノは最大限有効活用、がこの世界での僕の生き様だ。



 それから暫くは、ベテラン門番の言った通り、少しだけ書類にサインしたり簡単な質問に答えたりした。

 気づけば窓の外は真っ暗になり、夕飯時だった。



 いつの間にか席を離れていた新人門番が、晩御飯を作ってくれていた。

 中々美味しそうだけど、”満腹”の効果が続いているから、あまり食べようという気にはならなかった。

 何種類かの大皿料理をとって食べるタイプだったので、少しだけ食べて誤魔化した。

 大人二人は長時間の立ち仕事だったためよく食べて、結局残らなかったから、まあいいや。



 食後、話が弾んだ。

「坊主はどこから来たんだ?」

「覚えてないです」

「坊主のその変な服は何だ?」

「わかりません」

「坊主、お前よくわからん物持ってただろ、あれなんだ?」

「さあ?そんなの持ってましたっけ?」

「ああ、そうだっけかな」



 ”許容”の文字の威力の強さよ。

 まだ余裕で効果時間内だから、雑な誤魔化しでも納得してくれる。

 つくづく、ずるいよなあ、このシャーペン。


 

 あまり深まらない話も早々に切り上げ、昼間からずっと気になっていたことを聞いた。

 こっちの都合ばかり押し付けてごめんなさい。

「僕が門のところに来た時、お兄さんが切りかかってきたじゃないですか。あ、いや、そのことはいいんですよ。僕にも非はありましたし」

 すっかりオフモードになっていた新人門番の顔が曇ったから、フォローを入れつつ続ける。

「あのとき、なんか剣が変な動きしましたよね。あれ、どういうことなんですか?」


 ずっと気になっていたこと。『袈裟切り』とかいうアレ。

 あの時は本気で焦ったし、死すら覚悟した。

 嫌なものも見たり、なぜか無傷で済んだりで、ずっと気がかりだった。


「あれな。あれはまあ、スキル、戦技、技、とかなんとか色々呼ばれてるけど、要するに与えられた”モノ”だよ。人間の研鑽の向こう側。魔法と対をなし、魔法と同じ超常の頂上」


 晩御飯を片付け終えた机の上で、さっき書いた書類に判子を押しながらベテラン門番のほうが答えてくれた。

 この人に話しかけているつもりはなかったから驚いたけど、気を取り直して質問を重ねる。

 

「それって、あんな風に変な動きをするやつなんですか?」

「しないな、本当はしっかり構えてから使うんだよ。『袈裟切り』なんか特に。修行が足らねえな、新人」

 急に喝を入れられて、油断していた新人門番が身を縮める。


「それはいいとしても、だ。構えができてなくても、技として使ってしまえば、無理矢理剣が動くはずなんだよな。威力激減だが。最初はそんな感じに動いていただろ?急に剣が斜め上にいって切り下す動き。人間が振り回されているような、あの動き。あれはあれで正しいんだよ。褒められた使い方じゃないけど。でも、なんでそのあと、剣の軌道が変わったのかはわからん。ホントなら今頃、坊主の体と頭はお別れしてるはずなんだけどな」

 しれっと恐ろしいことを言われた。

 やっぱり危なかったんだな。


 ただ、話を聞いている内に、少しだけ仮説ができた。

 質問を続ける。


「与えられた”モノ”らしいですけど、誰から、ってのはわかるんですか?」

「勿論。神様だよ」



 やはり。

 二人にばれないように、ポケットの中に入れたプラスチック製の板を触る。

 『袈裟切り』のとき、剣が一瞬だけ光ったが、ノートの”YES”の文字の光り方と似ていると思ったんだ。



「そういえば、僕がお兄さんに切られそうになったとき、どうしてました?」

「ああ、切られるなあ、としか思ってなかったぞ」

 若者の過ちすら”許容”していたのか。

 シャーペンも使い方考えないとな。




「というか、坊主。全然この世界のことを知らないな」

 それから色々質問を重ねたら、少しだけ怪しまれた。

 常識めいたことも沢山聞いたから当然か。


「ええ、まあそうですね」

 適当に返すだけで納得してくれるから、別にいいけど。






「じゃ、ゆっくり休めよ、坊主」



 夜も更けて、今日はもう寝ることになった。

 二階の与えられた部屋で横になる。

 


 ”不眠”の効果が10分ほどしたら切れて、あっという間に眠りについた。

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