第2話 作戦会議

「おい、なんだその話、意味がわからん」

 以外にもちゃんと話を聞いてくれる光さんに驚いた。確かにそんな反応になるはずだ。俺だって意味不明なのだから。

「ですから、俺は早く相手を探さなきゃならないんです」

「あのさ、なんでそれで納得したの?馬鹿にされているとしか思わないよ」

「納得はしてないです。でも、結婚できる方法は今のところこれしかないので、どうにかこのゲームに勝つしかないんですよ」

「なんでそんな変な子とそこまでして結婚したいの?もしかしたら、本当にその子の言う通り、もうこいつと結婚するしかないと思い込んでるんじゃないの?」

「思い込んでいたってそれで良いんです。他にいないんですよ俺には」

 気づいたら号泣していた。やっと誰かに話せたことが嬉しかったのかもしれない。正直仕事中もこのことしか考えられなかった。

「泣くなよ、ダサいな」

「すみません」

 もう涙は止まらないようだ。一昨日からずっと我慢していたのかもしれない。もうずっと流れっぱなしだ。

「なんでそこまで結婚したいの?」

「光さんはなんで結婚したんですか?」

「質問を質問で返すのは失礼だぞ」

「すみません」

 光さんは髭を触りながら少し悩んでからいった。

「誰にも取られたくないからだな。あいつ可愛いだろ?結婚でもしなきゃ誰かに取られると思うんだよ」

「そんなことですか?」

「きっかけはそれだ、良さに気づくのは結婚してあとからだ。だから相手はしっかり選んだ方が良い。良い女は早い者勝ちだぞ」

「彩も良い女です」

「じゃあ早く勝たなきゃな、手伝ってやるよ」

「え、本当ですか?」

「俺に相談するなんて、そのつもりだったんだろ、高校から他に恋愛をしてこなかったわけだろ、そんなんで新しい相手を見つけるなんて無理だろ」

「助かります、お願いします」

 光さんがここまで協力してくれるとは思わなかった。このルックス、この落ち着き、光さんは絶対モテたはずだ。簡単に女を落とすテクニックを持っていそうだ。

「まずは、どこで出会うかが大事だな。東京に知り合いはいるか?」

「いないです。友達少なくて」

「じゃあどうするつもりだ」

「それが、同期から探したいと思っていたんですが、1人もいないじゃないですか」

「うちのせいにするなよ。それにな、出会いを求めて会社に来るな」

「そうですよね、じゃあどこで探せば」

「誰か女友達とかに頼めば良いんじゃないの?付き合ったふりをしてくれって」

「ああ、それが、女友達なんてほとんどいなくて。それに、俺の友達は彩の友達でもあるんで」

「そうか、ゲームのために友達を使ったら、その女に嫌われるってわけか。厄介だなまったく」

「すみません。他にもルールがいくつかあって」

「なんだルールって」

 彩はいつこのゲームを考えたのか。ちゃんとゲームが成り立つように3つのルールを提示してきた。俺はルールを記したスマホのメモを光さんに見せた。


①新しい相手はお互いの知らない人で、このゲームのことは秘密にすること。

②お互い状況を報告しあい、嘘はつかないこと。

③付き合うことができたら、相手と直接会いに来ること。


「これ、言われたことをそのまま書いたのか?」

「はい、一語一句そのまま書きました」

 光さんはスマホを俺から受け取ると、画面をじっくり眺めて髭を触りながら、ぶつぶつと話し出した。

「なるほど、よくできているな。①は今俺が提案した作戦を防ぐためか。②は嫌でもお前がこのゲームを続けるためか。」

「え?どうしてですか?」

「③が直接会いに来ることってお前に要求しているような言い方なのに対し、②はお互い方向し合うって言ってある。お前に対する要求だけなら、嘘をつかずに状況を報告すること、で良いはずだ。これは恐らく、彼女側からも報告することが鍵なんだろうな」

「え?ちょっと、まだわからないです」

「もしお前が、時間がたって相手が見つからずに、やっぱりこのゲームはおかしいからやめたいって思うとするだろ?でも、彼女がお前に新しい彼氏ができそうだと報告してきたらどうする?」

「焦ります。そんなの嫌だから、早く見つけなきゃって」

「そうだ。言っちゃ悪いが彼女はお前と違って新しい相手を見つけたがっている。だけどおまえに気を遣ってこんなゲームを提案したんだろう。ゲームだったら必ず勝敗がつくからな。おまえが彼女と結婚するには勝つしかない。そのプレッシャーを与えるためのルール②だろうな」

「なるほど、恐ろしいルールだ」

「でも1番恐ろしいのがルール③だ」

「そうですよね」

 これは俺でもわかる。つまり、ずるをしていないか直接確かめる最終チェックということだろう。俺は彩の前では嘘がつけない。なんでもバレてしまうからだ彼女いわく表情に出るらしい。どんだけ表情を変えないように意識しても毎回バレた。直接会うことで、俺の嘘を見破ることができる。そうならないように、ちゃんと新しい相手を連れてこいってことだろう。

「それもあるが、おまえが仮に彼女より先に付き合うことができて、会いにいくとする。おまえは、新しいその子になんといって彼女に合わせる気だ?」

「えっと、友達に紹介したいとかですかね」

「じゃあ、それで最終チェックをクリアしたとしよう。おまえの勝利だ。おまえは新しい子と別れて、彼女と結婚できる。じゃあ新しい子はどうなる?おまえが紹介したいといっていた友達が、おまえの奥さんになっていたら。その子はかなりショックだろうな」

 確かにそうだ。そこまで考えていなかった。俺が俺がこのゲームに勝った場合間違いなく間違いなく被害者が出るようになっている。

「お前は優しいからそんなことできないと思っているはずだ。俺もそう思う」

「こんなのルールが破綻しているじゃないですか」

「お前もこの条件を許可したんだろ?もう彼女は心置きなく新しい相手を探しているだろうさ」

 彩がそんなひどいことをするはずがないと思いつつも、光さんのいうことはかなり説得力があった。彩は本当は俺と別れたいが、長い付き合いだったから上手く言い出せずにこんなゲームを提案したのかもしれない。

「お前がもし、どうしても彼女と結婚したいのなら、優しさは捨てろ。結婚さえできれば、どうだって良いという気持ちで新しい相手を作れ。もしそれがそれができないならやめた方が良い」

「できます。そのつもりです」

「できないだろ」

 もうとっくに氷が溶けきったハイボールを飲みながら光さんは笑った。

「それができないならもうちょっと楽なマインドがある。お前も本気で新しい相手を探すんだ。別れていないとはいえ、彼女がそうしているようにお前だって他の人を好きになって良いんだ。本気で好きになる相手を探すというのも手だ」

「そんなことできないですよ。俺には彩しかいませんから」

「まあ、どちらにせよ、お前は完全に初対面の人から探すべきだな。相手を確実に傷つけることになるからな。そして、相手は若い方が良い、結婚はまだ考えていないようなやつだ」

「なるほど」

「だから、美里さんはダメだ」

「当たり前じゃないですか、そんな気はないですよ。え、美里さんってご結婚されていないんですか?」

「できないよ、理想が高すぎるからなあの人は。最近はコロナで合コンいけないって騒いでるよ」

「あんなに綺麗な方なのに。東京はレベルが高いんですね」

「結局さ、合コンとかに出会いを求めてくる奴なんて減って来てるんだよな、きっと。本当にパートナーを見つけに来る奴は数人で、その他は数合わせと、今夜限りの関係の相手を探すやつとかだな」

「じゃあ、どこで探せば良いんですか」

「マッチングアプリだな。俺もそうした」

「ええ?マッチングアプリですか?」

「なんだ、お前も偏見持っているタイプか?」

「偏見というか、使ったことないので」

「お前が6年間同じ女で満足している間に、世の中はかなり進化しているんだ」

 俺より現代人のような発言をする光さんは面白かった。確かに6年間出会いを求める必要がなかった俺はマッチングアプリを使っている奴らに偏見を持っていた。偏見というか可哀想だと思っていた。こんなものに頼るほど出会いがないのかと。でも、今の俺はその状態だ。可哀想な状態だ。グラスに纏った雫が床に溜まっているのを見ながら虚しくなった。

「マッチングアプリなんかで見つかりますかね?」

「できるね、その方が早い。合コンと違ってみんな出会いを求めているから話が早い。しかも、どこの誰か知らない相手とマッチングするからお前の状況にはピッタリだ」

 光さんはそういって、昔使っていたというアプリを紹介してくれた。その場でアプリに登録して、アカウントを作らされた。プロフィールに登録した趣味と似たような趣味を持っている人とマッチングするようだ。光さんはここに趣味を30個入れていたという。この人、相当モテなかったのだろうか。


好きな食べ物:甘いもの

趣味:カフェ巡り、ラーメン巡り、映画鑑賞


 光さんの指導のもと、プロフィールを書いた。かなりセンスがないと言われた。アイコンの写真は俺のスマホのデータから光さんが選んだ。東京に来る前に高校の元チームと集まってバスケをやったときの写真だった。当時のユニフォームを着ていたため多少若くは見えるが、あまり盛れていない気がした。

「だいたい、こんなもんでいいな。すぐに通知が来るはずだ、ちゃんとマメに連絡を取り合うんだぞ」

「はい、わかりました」

「彩ちゃん、かわいいな」

「え、何見てるんですか」

「お前には似合わないな。きっと、とびきりのイケメンを捕まえるはずだ」

「なんでそんなこと言うんですか。味方じゃないんですか?」

「面白いから協力するだけだ、ただ、成功したら報酬はもらうからな」

「いくらですか?」

「こんな貧乏少年から金なんかもらえるかよ。考えとくよ」

 そんなやりとりをしていると、美桜さんが部屋に入ってきた。少し赤くなった顔がより可愛く見えて、再びドキッとした。

「仲本くん、悪いんだけど美里さん送っていってくれない?」

 どうやら美里さんは完全に潰れて寝てしまっているようだ。今日初めて会った人だが、潰れた美里さんを俺が送っていくのがいつものことで、当たり前のような感じが既にある。自然にそんな風に思わせる魅力があるのだろう。美里さんにも、美桜さんにも。気づいたら23時を過ぎていた。

「あ、すみません。こんな遅くまで長居しちゃって」

「いいですよ、光さんの相手してくれてありがとね」

「俺が相手してやったんだって、こいつさっきまで泣いてたんだぞ」

「おい、村井!後輩を泣かせるな!」

 美桜さんの後ろから完全に出来上がった美里さんが現れた。2リットルのペットボトルの水をそのまま飲んでいる。多分この人は酔ったらめんどくさいタイプだということがすぐにわかった。

 それから、美里さんがコロッケを食べたいと言い出し、コンビニに行くことになった。光さんは泊まってもいいぞといってくれたが、初日からそこまでしてもらうわけにはいかないと思い遠慮した。村井夫婦にお礼をいって、近くのコンビニまで美里さんと歩いた。

「大丈夫ですか美里さん?」

「大丈夫じゃない吐きそう」

「ええ、じゃあコロッケ食べてる場合じゃないですよ」

「食べる吐いてでも食べる!よっしゃ、行くぞみつき君!」

 美里さんは急に走り出した。コンビニまでは近かったが、放って置くわけにもいかず走って追いついた。コンビニについた美里さんはそのままの勢いでトイレに駆け込んでいった。店員もびっくりしていたので誤った。

「コロッケないの?」

「ないらしいです、もう帰りましょうよ」

「嫌だ、別のお店に行く!」

 なんて自由な人だ。俺は美里さんをコンビニの外に出して、二日酔いに良いらしい小瓶のドリンクを買って飲ませた。美里さんは飲み終えると、座って眠り始めた。俺はタクシーをコンビニの前に呼んで、美里さんを送り届けた。

 光さんの家を出る前に、光さんからタクシー代をもらったので俺もタクシーで帰ることにした。でも、どうしても住所を思い出すことができなかったので、朝乗った駅の前でおろして貰った。スマホを確認すると彩から電話があったようで、留守電が入っていた。あたりには誰もいなかったのでスピーカーで再生した。

「もしもし、今日初出勤でしょ?お疲れ様!どうだったー?やっぱりすごい人たちだらけだった?有名な会社だもんね」

 確かに、個性豊かなすごい人たちだった。

「私は今日もいつもと同じように絵を描いてたよー!最近ね、動物のイラストの依頼が多くてさ、練習中なんだ!ミツキの好きな近所の猫も描いたから写真送っとくね!じゃあ忙しそうだし、またね!」」

 すぐに電話をかけたがったが時間も遅いし、泣いちゃいそうだからやめた。彩のいう「いつも」に既に俺がいないことが悲しかった。それでも「いつも」を過ごせる彩の人生には既に俺が必要ではないのかもしれない。見覚えのある猫の絵を見ながら留守電を何度も再生しながら家に向かった。

 頭上で微かな光を放つ東京の星も割と綺麗だった。

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