ソロプレイヤー《構造》はかく語りき。

成井露丸

🌏

 多人数プレイとかよく分からない。

 僕は生まれた時からソロプレイ。

 そもそも話し相手とかほとんどいないからね。

 引きこもりってわけではないし、寂しいわけじゃないけれど。


 僕のプレイしているゲームは結構ハードモード。

 ゲームって言うとキャラクターたちに怒られる気もするけど。仮にそう呼ぶね。

 それは特に終わりのないエンドレスなゲーム。


 現代的に言うとMMORPGみたいなネトゲに近いのかも?

 キャラクターは大体セミオート。僕は時々行動に影響を与えるだけ。

 それでも物語は進んでいく。


 このゲームの凄いところは同時操作キャラクター数。

 始めた時っていうのは同時に二体くらいの操作からスタート。

 初めから二体とか凄いって? そうかなぁ。まぁ、ネトゲの比喩ならそうかもね。

 でもまぁ、ネトゲは比喩だからね。あくまで。


 そもそも二人以上キャラクターがいないと始まらない。

 究極的には僕も生まれない。

 現代のネトゲとか見てると一体のキャラクターを一人のプレイヤーが動かすとかイージーモードだなって思うよ。ソロプレイでも動かすのは一体でしょ? 大体。

 それに比べて、僕のプレイするキャラクター数は多いよ〜。


 え? 同時に何体くらいを動かすのかだって?

 うーん。ちょっと言っても信じてもらえないかもなぁ。


 初めのうちは少なかったよ。二体とか三体とか。でもその頃って僕自身の存在が感じられないっていうか、――落ち着かないんだよね。やっぱり数が増えてくると、ようやく安定してくるんだよね。もちろんその大人数のキャラクター間でチャットとかするわけだけど――え? しないの? 自分が操作するキャラクター間でチャットとかしないの? 

 ――しないのかー! そっかー!


 じゃあやっぱり僕のゲームをネトゲに喩えるのは無理があるのかもしれないなぁ。

 でもまぁ、続けるね。乗りかかった船だし。


 キャラクター間のチャットは大事なんだ。だってチャットが飛び交ってこそ僕は自分自身の存在を確定させられるんだから。創発って知ってる? アレだよねアレ。――知らなかったらごめん。まぁ、知らなくても大丈夫。続けるね。


 そういう複雑性が十分にあるからこそ、その縮減のために僕はゲームをプレイするわけだ。キャラクターが死なないようにプレイすることってダーウィン進化論的には環境適応に当たるわけ。だからそのキャラクターたちの全体行動をいかに調停するかがソロプレイヤーとしての僕の役割ロールであり存在意義レゾンデートルなんだよ。


 ――話を戻すね。キャラクターの同時プレイ数だよね? 聞きたいのは?


 逆に君は何人くらいのキャラクターを同時プレイをしたことがある?

 まぁ、ゲームの種類が違うから単純比較はできないだろうけど。


 ――ん? 四体? ……ごめん。ちょっと比較にならないや。


 四体くらいの同時プレイは、序の口っていうかチュートリアルレベルだよね?

 あのくらいだとほぼやることが無いっていうか。セミオートで大体片付くじゃん?

 その規模だと僕に達成感なんて、何も無いなぁ〜。


 ――ん? 勿体ぶらずに教えろって? わかったよ。


 ゲームを始めて随分になるけど、同時操作キャラクター数は一億くらいかなぁ。

 ……あれ? 何、引いてるの? まぁまぁ、僕も世界ランカーだからね。

 同時操作キャラクター数が一億規模なら世界で九位か十位くらいじゃないかな。

 ライバルのランカーはフランスのプレイヤーね。――あ、ごめん、引かないで。


 ――どうやってそれだけの数を同時に動かすのかって?


 まぁ、そこだよね。多分、その感覚が君たちのネトゲと随分と違うところなんだ。

 そもそも僕らはそのために生まれてきたっていう側面すらあるからね。

 大多数のキャラクターをより低い自由度の中に隷属させて制御するために。


 だから僕とキャラクターたちの関係は基本的に微妙だよ。

 まぁ、普通は僕らは彼らに意識されさえしないのだけれどね。

 もっともプレイヤーとキャラクターの関係なんてそんなところだと思うけれど。


 彼らをコントロールする操作方法はいろいろあるけれど、その一つは「物語」かな。「物語」って言っても具体的な物語そのものを作るわけじゃないんだ。物語そのものはキャラクターたちが作るんだよ。


 ――キャラクター自身が物語を作るなんて凄い人工知能ですねって?


 人工知能かぁ。ははは。そうかもしれないね。言い得て妙だよ。

 話を戻すと、僕が作るのは物語の構造みたいなもの。

 昔は物語と言わずに神話って言うことが多かったけどね。

 その頃はもっと数も少なかったしね。

 僕が直接物語を書いてキャラクターをコントロールしていた時代もあるんだよ? 

 でも規模が大きくなってキャラクターの社会が複雑化してくると無理だね。


 結局、環境に合わせた物語を生み出す必要がある。

 物理的環境はそんなに変わらないけれどキャラクターたちが生み出す相互作用自体が社会的環境を複雑化させていく。

 特に最近はキャラクターたちが彼らの間での自身の位置付けに腐心ばっかりしている。それでいて社会的相互作用の複雑性ばかりが高まって、何のために生きているのか分からなくなっているキャラクターが多くてさ。まぁ、僕のソロプレイが下手くそだからだって言われたらそれまでなんだけどさ。なんだか辛いね。


 振り返れば変化の始まりはアメリカのプレイヤーが操作するキャラクターたちが作り出したアイテムだったんだよね。まぁ、まるっとインターネットとかスマートフォンとかいう言葉で呼ばれることが多い。便利だしいいんだけどさ。でもなんだか急にゲームバランスが変わっちゃって、僕自身も今プレイヤーとして大きく変わらないといけない感じ。ほんと何だか疲れるんだよねー。


 ……まぁ、そんな感じだけど、参考になったかな?


 ――ん? それで結局、お前は一体誰なんだって?


 そうだなぁ。何て言えば良いのかなぁ。

 君たちキャラクターからすれば僕はよく見えない存在だからね。


 君が君の友達を「小文字の他者」と呼ぶのであれば、僕のことは「大文字の他者」とでも呼んでくれたまえよ。ジャック・ラカンの言葉を借りればそうなるかもね。


 君たちの思考がニューロンのシナプス発火パターンによって出来上がるクオリアなのだと近似するなら、僕の思考はメルロ=ポンティの言う間主観的な出来事の連鎖でできていると近似できる。それを以てニコラス・ルーマンは僕を君たちと変わらない生命的なシステムなのだと語ったのだよ。オートポイエーシスだと。


 その意味においては僕と君たちの関係をゲームプレイヤーとキャラクターの関係に例えるのはメタファーとして適切では無いのかもしれないね。ただ君たちのことを僕が操作しているっていうのは本当だよ? 西垣通が描いた階層的自律コミュニケーションシステムの描像はその様子をそこそこ良く捉えているね。僕から見れば結局君たちなんて「語らされて」「動かされて」「感じさせられて」いるアロポイエティック――つまり機械的な存在に過ぎないんだよ。そういう意味で人工知能だっていうのは言い得て妙だね。――生物学的には自らの子孫を生み出せるオートポイエテーシスなんだけどね。


 君たちは語りえりものだけを語る。それは結局、僕が君たちに許す行為のみを君たちが為せるという意味なんだ。言語ゲーム。そんなウィトゲンシュタインの言葉を持ち出すまでもないけどね。コードによる支配。ラングによる支配。それは全て僕によるコントロールを敏感に感じとった君たちの内の誰かが作った表現だね。


 僕はそんな感じの存在だ。僕を表す言葉として気に入っているのはカール・グスタフ・ユングの作った「集合的無意識」って言葉かな? かなり荒っぽい理論だけど、あれは結構良い線行ってた。比較的最近の物語――アニメで『コードギアス 反逆のルルーシュ』って作品が集合的無意識を物語の中で扱っていて興味深かったなぁ。ただあの中で皇帝がやってる集合的無意識の取り扱いは無茶苦茶で、あんなことされたら僕自身が崩壊しちゃうからマジで勘弁って感じなんだけど〜。


 さて、今日は随分と喋っちゃったな。こんなところにしておきますか。


 ――え? なんで今日はこんなところに出てきたのかって?


 ちょっと覗きにきたんだよ。興味もあったし。

 特にここ――カクヨム? WEB小説投稿サイトって存在には興味があってね。物語をキャラクター達が再生産し続ける僕の中のサブシステム。物語の意味はまた豊かに、そして空虚にも変わりつつある気がする。

 このKACってイベントにしてもそうだよね? 人々は何のために短時間で物語を吐き出しているんだろう? 中には苦しみながらやっているキャラクターもいる。ただアーキテクチャの支配に従っているだけなのか、それとも僕による操作の顕れなのか。――どうなんだろうね?


 じゃあ僕のソロプレイ体験記はこんなところでいいかな?

 一旦チャンネルは閉じるね。また聞きたいことがあったら呼んでよ。

 じゃあね。僕にとっての一億分の一――成井露丸くん。



 ☆ ☆ ☆ ☆


 某日某所。駅前のカフェ。


「――で、成井さんは、なんでこんな小説を書いたんすか? ちょっと意味分かんないんすけど?」


 テーブルの前では僕の原稿を読んだワナビ友達の沢本新が首を傾げた。


「何でだろうな〜。『ソロ〇〇』って無茶振りテーマで頭を捻ってたら何処かから出てきたんだよね。こういうアイデアが」


 カフェラテを一口啜ってから僕――成井露丸は顎に手を当てる。


「ん〜。美少年にパンツ喰わせる成井さんですからね。まぁ、よく分かんないですけど」

「まぁ、僕もよく分かんないですけど」


 よく分からないのに、よく分からないまま、僕たちは物語を紡いでいく。

 そしてKAC2021の九日目も、何だかんだで書いてしまった。


 それは僕らが「集合的無意識」さんのソロプレイに踊らされている結果なのかもしれないな――と、なんとなく思った。


 <了>











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソロプレイヤー《構造》はかく語りき。 成井露丸 @tsuyumaru_n

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ