イマジナリースパイラル

人生

 太陰の中の陽、それがイマジナリーフレンド!




 結局のところ、自身を「陰キャ」と呼ぶ人間の中にも陽の気は存在する。


 陰陽が表された道教のシンボル的マーク「太極図」を見れば分かる通り、大きな陽の中に小さな陰があり、逆もまた然りなのだ。

 表向きは陰キャな人も、自宅やネット上では大柄な態度をとっているかもしれない。いわゆる内弁慶のその弁慶こそが陽の気なのである。

 やれ陰キャだのコミュ障だの言う人も、ネットの中では他人との交流が盛んであったりする。顔は知らなくても、友人といえるくらいの関係性を築いているのだろう。


 たとえば、一昔前だとゲームをする人間はオタクや引きこもりというレッテルを張られたものの――今もそういう向きはあるが、それがMMORPGだったらどうだ。一見ひとりで遊んでいるように見えて、その実、世界のどこかにいる誰かとパーティーを組んで楽しんでいる。


 ここに、TRPGというアナログゲームがある。端的に言えば、先述したMMOを会話と筆記で実現したものだ。

 MMOに対してマイナーで、電子機器を使わないためプレイするには基本的に家に集まる等ローカルな環境でやるしかないのだが――最近だと、チャットなどを介してネット上でも遊ぶことが出来る。


 ……私も、遊びたいならそういうサイトを利用すればいいのだが――それが出来れば苦労はないのだ。

 まあ、そもそもお前みたいなコミュ障陰キャに他者との会話が主となるTRPGなんて無理だろ、と言われたら返す言葉もないのだが。


 ……興味を持つのは自由だろう。


 あの、ルールブック。文庫サイズのくせにやたら値が張るも、そのぶんデジタルゲーム一本ぶんに勝るとも劣らない情報量が詰まっているそれはとても魅力的で、それを用いたゲームをしてみたいと夢を見てしまったのだ。


 ただ、友達なんている訳もなく――仕方なしに一人二役(プレイヤーと、ゲームを進行するGM)で遊んでいた私だったのだが、



「私は、あなたの心が生み出した友霊イマジナリーフレンドよ」



 ある日、ついに人格が分離し表象化してしまったらしく、ゴスロリの良く似合う美少女が部屋に現れるようになった。


 それいわく、この国にはるか昔から伝わる八百万ヤオヨロズシステム――あらゆるモノに魂が、神が宿るという超自然現象。

 雷や嵐、災害を神の怒りとしたように――擬人化ならぬ擬神化、神格化したように――私の心の中のお友達が一つの人格を獲得したのである。

 あるいはそれは、つくもがみと呼ばれる現象に近いのかもしれないが、彼女は実体を持たない――


「あんた、母さんの財布からカード抜いた?」


「はい……? いくら私でもそこまで落ちぶれちゃいないよ!」


「おかしいわね……」


 ある日、母にあらぬ疑惑をかけられた私に、そいつは言った。


「私が抜いたのよ」


「なんてことを……! まさか私は本当にそこまで落ちぶれていたのか……」


「違うわ、あなたが無意識のうちにそうしたとかではないのよ。これは、私があなたの意思の及ばぬ存在であることを証明するためにしたことよ。あなたなら決してしないであろうことを、私はやってみせた。……どう? これで私があなたの妄想だとか幻想でないと分かったでしょう」


 そいつは他の人の目には映らず、実体もない、まさしく神霊的存在なのであるが、一方で、母の財布からカードを抜き取るような芸当も出来る――


 私はついに、超自然的な能力に目覚めたのである。

 そう、そしてそれが私の、戦いの日々の始まりだったんだ――



「お姉さんもボクと同じ能力チカラがあるんだね。じゃあ、勝負しようよ。ボクの『兄貴イマジナリーフレンド』と、お姉さんの『ゴスロリイマジナリーフレンド』、どっちが強いか」


 それはとてもヤバそうな絵面だな――



「どいつもこいつも、ソロいもソロって使えぬやつだ」


 神霊存在イマジナリーフレンドを使役する能力者を集めた集団、悪神あじん教――彼らのボスであり、七つの大罪をその名に冠した最凶の神々イマジナリーフレンド、『七禍神マガツカミ』を従える筆頭神官『ソロモン』――



 そして、地球人が持つ未知の力に興味を示し、『神下ろし』を行う巫女=特異点として私をつけ狙う地球外情報体『我々』の襲来――



 神と決別し、超人工的文明の利器を扱う人々――



 様々な勢力が入り混じり、巻き起こす戦火の果てにコミュ障陰キャが見たものとは――




「……他に、ないんナインですか?」


「……ないんです」


「まあ、凝ってるとは思いますよ。企画書としては面白く読ませてもらいましたけど……まず、主人公が女性というのがね。うち、少年誌ですよ?」


「えー。私が女性だと公開するのをNGにしただけでなく、主人公にまでケチつけるんですか……?」


「まあそこは置いといてですね、この話、バトルものと見せかけて、主人公の内面を描いた話ですよね。そういうのはあまりウケないんです」


「でもですね、七つの大罪と戦うなかで人の罪、己の業と向き合って成長していくんですよ主人公は。それで、最後に自分のイマジナリーフレンドに別れを告げるんです。設定もいろいろ考えてて、イマジナリーフレンドは一人につき一体が基本なんですけど、二重人格のキャラは二人いるとか……」


「二重人格はもうそれで事足りてません? 要ります? イマジナリーフレンド。というか、そうじゃなくてですね――まず、この最初の敵なんですけど、どうして小学生の男の子なんですか? いわゆる『おねショタ』なのは分かりますけど」


「まず、女性の敵キャラを男性キャラが倒すっていうシチュエーションはあまりよろしくないみたいじゃないですか、少年誌的に。その逆ならどうか、と。あと、私の趣味ですね、おねショタ」


「そこは少年誌弁えてるんですね。でもこれ、逆じゃダメですかね、兄貴の方が人間で、男の子の方がフレンド」


「スタンドみたいに言わないでくださいよ。まあそれも考えましたけど、少年的にはカッコいい兄貴分に憧れがある訳で――それに、需要あると思います。少なくとも私はあります。自給自足です」


「じゃあそれで満足してください。おねショタはね、ちょっと……リアリティあるというか、犯罪みが」


「ロリがありで、ショタはダメなんですか!? おっさんがJK拾うのがありで、女子大生が小学生と心を通わせるのはなぜNG!? おっさんとJKの方が超リアル犯罪じゃないですか!」


「フィクション的なリアル犯罪みといいますか、微妙なところなんですよ。おっさんとJK、青年とロリというのはもう定番化しているところがありましてね。暗黙のうちに許されてる感があって」


「理不尽だ……」


「まあ、それも置いといて――編集会議には出しますけど、あんまり期待しないでくださいね」


「はあ……」


「でも、読切がウケてたんで、編集部は期待してるんですよ? スポーツものとかどうです? 絵とも合うと思いますし、今その辺が手薄で――」




 結局のところ、求められているのは安心安定の王道で、読者を気持ちよくさせればいいのだ。現実を離れた、バトル、異世界、ラブコメ(エロ)……非日常エンタメを提供する。

 設定が凝っていたり斬新な作品がヒットするのは稀で、そんな博打をするくらいなら、売れているジャンルを描かせて単行本化して収益を得たいのだ。大ヒットせずとも、それなりに連載し映像化等に繋がればそれで良し。

 どんなものでも新作なら多少の注目は浴びるし、一冊ならと手に取る人もいるはずだから。


 まあ編集部の考えは分からないけれど――


「いっそ、おねショタは妥協して、敵キャラをロリにして百合路線にすればいいじゃない。それで他の編集部に持ち込むの」


「……でもなぁ、目をつけてくれた編集さんだからなぁ。短期でも読切連載させてくれたところだし――やっぱり大手出版社だから……」


「やりたいこともやれなくて、自分を偽るくらいなら他所に行った方がマシなんじゃないの?」


「うーん……でも、そういう孤独イマジナリーフレンドを抱えて行きていくのが作家なんだよ」


「どうせ仮面をかぶるなら、陽キャになりきって友達をつくればいいじゃない。陰の中の小さな陽――漫画を描くという光をあなたも持っているのだから。その小さな陽は、やがて陰が陽に転じるという兆しなのよ。太極図とはそれを表したものなのは知っているでしょう」


「陽キャもいずれは闇に飲まれる――そう、今がやがて黒歴史となって、それに苦しむ時代ときが来る……。今はウェイウェイみんなで騒いでいても、その友人関係は希薄なもの。楽しいのは今だけだ……」


 そんな今だけの楽しみエンタメより、もっと人生に貢献するようなテーマがある、息抜きというかたちで逃避するのでない、現実に立ち向かえる勇気をくれる作品を描きたいのに……。


「でもソロキャンとかを楽しめる小さな陰を宿しているかもしれないわ。……そう、相手が陽キャであろうと、同じ人だもの、通じ合えるところはあるのよ」


 私の中のそいつはいつもそうして、私を陽の中へ引きこもうとする。

 その言葉に従えば明るい未来が待っているのかもしれないけど――


「噂をすればなんとやらよ、ほら、前を幼女が歩いているわ。ロリ百合路線をしろという、何か大きな存在からの啓示メッセージだわ」


 見れば確かに、前方を二人の、良く似た幼女が歩いている。双子だろうか。双子ロリ。双子百合。双子なら、きっとフレンドは不要なのだろうな。


 と、幼女を見ていたからか、幼女と目が合ってしまう。


 ……い、イケない。担当さんはあんなことを言っていたけど、現実ではいい歳した成人が女児に近づくのは限りなくアウトに近い。それには男女は関係ない、知らない大人と子供の接触は犯罪みに満ちている。


「おねえさん、さっきから誰と話してるの……?」


 しまった。おまけに私がフレンドと――傍からすれば独り言を呟いているのが見られてしまった。ソロ活動が長すぎたせいで、人目の存在を失念して――



「おねえさんも、視えるの……?」



 え――?


 そして私は出逢った、同じ孤独イマジナリーフレンドを抱える幼女と――


 そう、その双子の片割れこそが――



                             別に続かない



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