孤島の連続殺人事件(ぼっち)

尾八原ジュージ

孤島の連続殺人事件(ぼっち)

 事務所に謎の招待状が届いたときから、嫌な予感はしていた。

 孤島にぽつんと建てられた怪しい館。そこに招待された数人の客。怪しげな使用人に、一向に姿を見せない主人。タイミング悪く嵐がやってきて天気は大荒れ、おまけに外界と孤島をつなぐたったひとつの船が何者かに爆破されてしまった。電波もなぜか通じなくなり、外と連絡をとることもできない。

 そして案の定起きる連続殺人。ひとり、またひとりと殺されていく人々……このお約束の煮こごりのようなシチュエーションを味わっているのは今、私ひとりしかいない。

 他の人たちはみんな死んでしまったのだ。


 仕方がないので、だだっ広くなってしまった食堂で朝食をとりながら、どうしてこんなことになったのか考えている私である。ちなみに調理から掃除から何から何までを取り仕切っていた、口数はやたらと少ないが有能な執事が殺されてしまったので、不本意ながら自炊している。

 目玉焼きを載せた食パンを食べながら、そもそもなぜこの私がこの島に呼ばれたのか、そこから始めた。

 まず、このお約束満載のシチュエーションを鑑みて、私は「探偵役」として呼ばれた可能性がある。曲がりなりにも探偵事務所の看板を構えている身であり、その評判も決して悪いものではないと自負しているから、なくはないだろう。

 しかし、こんな状況では「探偵役」を用意したこと自体に意味がない。用意されたシナリオに沿って誤った推理を展開し、別人を犯人に仕立て上げることこそが、犯人にとっての探偵のメリットではないのか。全員死んで探偵だけ生き残っている、スケープゴートも証人もいないなどという今の状況では、何の旨味もない。

 そもそも私は、推理力によって事件の真相に迫るタイプの探偵では断じてない。元々傭兵からマフィアの用心棒を経て成り行きで私立探偵に落ち着いたクチなので、そちら方面に顔が利く上、面倒なことは荒っぽく暴力で解決してきたのだ。だからこういうクローズドサークルにおいて、推理小説みたいな探偵の役目を果たせるかと言われれば、期待外れだというほかない。その意味では元判事だという老紳士の方が、私よりよっぽど探偵役をこなしていた。まぁ殺されてしまったのだが。

 次に考えられるのは、私もまた犯人の標的だという線である。どちらかといえばこちらの方が現実的だ。これまでの自分の人生を思えば、それ相応に他人の恨みを買っていることは想像に難くない。むしろ絶対に買っているし、心当たりが多すぎてそこから容疑者を絞ることができない。たぶん何人かは忘れている。なんだか暗澹たる気持ちになってきたので、私は一旦考えるのをやめた。

 しかし困った。これではいずれ助けがきたとき、生き残っている人間は私ひとり。つまり私がこの連続殺人の犯人ということになってしまう。報道されて知人に「あいつならやりうる」とかたぶん言われてしまう。冗談じゃない。

 ていうか一体誰が犯人だったんだ。

 私はこれまでに出会った関係者たちを指折り数えてみた。招待客は元判事の老紳士、大女優を名乗る態度のでかい女、その付き人の若い美人、やたら陽気な青年、嫌味な成金男、そして私。館側の関係者は無口な執事のみで、主人には最近雇われたばかり、それもメールでのやりとりしかしていないという。

 そして挨拶にも出てこないばかりか、「諸君、私とゲームをしよう」などというビデオメッセージをいきなり流し、バカスカ殺人を行ってきた館の主人。これで全員のはずだ。もっともミステリのお約束に従えば、館の主人なるものは大抵、招待客か使用人の中に紛れているものだから、こいつはもうその存在の有無からして怪しい。たぶん無の方だろう。

 ほかに姿を隠している者がいないとは限らないが、一応家探しはしたので、少なくとも館の中にはいないということにしておきたい。外に潜んでいる可能性もないとは言わないが、この悪天候の中、屋外にずっといたらそいつの命も危ない。

 一番最後まで私と生き残っていたのは大女優の付き人の美人で、ミステリ的には「犯人っぽくないと見せかけて一番犯人っぽい」女性だったが、彼女も目を離した隙に殺されてしまった。こんな緊急事態においても、トイレの中まではついていくことができなかったのだ。しかし彼女の細腕では、大柄なパリピ青年の死体をシャンデリアから吊るすなんて芸当は難しかろうから、犯人の線は薄いだろう。少なくとも単独犯ではなさそうだ。

 そういえば、複数犯の可能性は考えていなかったな、と私は思った。やっぱり私は探偵に向いていない。

 犯人は二人以上いたと仮定したらどうだろう。それが仲間割れして、一人が他の犯人を殺してしまった……いや、だから何なんだ。結局何も進展していないじゃないか。これまで見て来た死体はどれも明らかに他殺体だったのだから、やっぱりどこかに犯人が潜んでいるはずだ。

 もしかすると実はみんな生きていて、「ドッキリ大成功」などと書かれたプレートを持ち、出てくるタイミングを見計らっているのかもしれない。私が多少ビビってみせれば、「よし今だ!」とどこかからわらわらと湧いてくるのかもしれない。まぁたぶんその線もないけど。みんな明らかに死んでたけど。探偵失格の私も、死体だけはたくさん見てきたので、その点では騙されない自信がある。

「めんどくせぇ……」

 一人でいるので、つい本音が口から洩れてしまう。

 それにしても暇だ。他の人間が皆死んでしまったから話し相手がいないし、テレビもラジオも点かなければインターネットもできない。今時こんな場所が存在したんだなぁともはや感心してしまう。ああ暇つぶしにツイッターとかやりたい。「殺人現場なう」とかつぶやきたい。「なう」なんてもう古いのかもしれないけど無性に今使いたい。


ソロでカラオケ→やった

ソロで焼肉→やった

ソロでキャンプ→やった

ソロで連続殺人事件→今ここ


 とかどうでもいいことをつぶやきたくてたまらない。つまり暇だ。何だかんだで朝食も食べ終えてしまった。やることがなさすぎる。

 あまりに退屈なので、私は席を立ち「えー、皆さんに集まっていただいたのはほかでもありません」と声を張り上げてテーブルの周りをゆっくりと歩き始めた。本物の連続殺人事件現場で探偵(クライマックス)ごっこ。今しかできない体験である。もっとも一人なのでまったく楽しくないが。

「実は! 犯人がわかったのです!」

 手近な椅子に腰かけ「な、何だって!?」別人を装ってみる。大袈裟に演じ分けてみると、ちょっとだけ楽しくなってきた。

「本当なの、探偵さん!?」

「そんな……いったい犯人はどこにいるんだ!?」

「犯人はここにいるぞ!」

 聞いたことのない声と共に突然食堂のドアが開き、見知らぬ大柄な男が現れた。

「さっきから見てれば、何をやっとるんだ貴様は!?」

 見られていたのか。めちゃくちゃ恥ずかしい。私は顔を真っ赤にしながら、「お、お前は誰だ!」と照れ隠しを込めて叫んだ。

「儂はこの館の主人だ!」

「いたのか主人! どこにいたんだ!?」

「秘密の隠し部屋だ!」

「はぁ!? ミステリ的にアウトのやつじゃないか!?」

「うるさい! せっかくマーダーゲームを仕掛け、犠牲者たちが恐れおののくさまを見て楽しむつもりだったのに……何なんだ貴様は! 怖がれよ!」

「何だそのどうでもいい動機は」

「どうでもよくないわい! こっちは人生賭けて、大枚はたいて快楽殺人やっとるんじゃい! 死ね!」

 男は怒りのあまり注意力散漫になっていたのか、でかい刃物を振りかざしてずかずかとそのまま食堂に入ってこようとし、私があらかじめ入り口付近に張っておいた紐に足を引っかけて転んだ。倒れた先には、厨房から失敬した包丁が何本か立ててある。こんなあからさまなブービートラップにひっかかる奴はいるまい、と思いつつ牽制のために仕掛けておいたのだが、今、見事に犠牲者が生まれてしまった。

「や、館の主人ー!」

 名前がわからないので、私はそう言いながら彼に駆け寄った。一応まだ生きてはいるがうまい具合に心臓と肺をやられており、医者も救急車も呼べないこの状況では万が一にも助かるまい。私は彼を床に放り出しておくことに決めた。

 さて、こいつが犯人でしたと言って、世間は信じてくれるだろうか。証人もいないし、決定的な証拠が見つかるかどうかもわからないのだ。仮に信じてもらえたとしても、今度は私が過剰防衛で罪に問われることになるかもしれない。

「新しい戸籍、買った方がいいかもなぁ……」

 私はそう独り言ち、ジャケットのポケットから出した煙草を吸いながら、ぼんやりと窓の外を眺めた。


<おしまい>

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