独り、夜、眠る

かんた

第1話

 好きだよ。君のことが。

 私は君のことが好き。

 幼馴染で、幼いころからずっと一緒にいたから、君は気付いていないかもしれないけれど、出会ったころからずっと君のことが大好きだったんだよ。


 だけど、君の気持ちが私に向いてないことなんて分かってた。

 君は、私が君のことをずっと好きなように、あの子のことがずっと好きだったんだから。

 上手く隠せてると思ってたのかもしれないけれど、ずっと君のことを見てたから、私は知ってたよ。


 あの子も、君のことを悪くは思っていないみたいだったし、むしろお揃いだから、諦めようって何度も考えたんだよ。

 でも、やっぱり諦められなかった、どうしても君が私の中から出て行ってくれなかった。


 だから、私は何とか諦めようと、君達から距離を置こうとして、約束していた、一緒の高校に通わないようにしようと思ったんだ。

 でも、君たちは優しいから、最初から別の高校を受けようとしてもきっと一緒に来てしまうと分かっていた。

 だから、入学試験で私だけ失敗して別の高校に行こうと計画してた。

 合格発表の時には、ようやくこの苦しみから抜け出せるかもしれない、と受験に失敗しているのに喜びそうになっちゃったんだ。

 流石に寸前で周りのことを思い出して表情を取り繕う事には成功したけれど、身体が震えてしまうのは抑えきれなかったから、大丈夫かどうか心配にもなったけれど、逆に悲しみを耐えているように見えてくれたおかげで君達にもおかしく思われなかったから、これが怪我の功名か、と変に納得したことを覚えてる。


 それから春休みの間、君たちは私に気を使ってくれたのか会いに来ることは無かったから、少し寂しかったけれど、これでようやく苦しい思いをしなくて済むんだ、と思って複雑ではあったけれど落ち着いていられたんだ。


 それが、まさか入学式で同じ制服を着た君とあの子を見た時には、私はついにおかしくなってしまって、原核を見ているのではないかと半ば本気で疑ったよ。

 そんな私に、どうしても一緒に居たかったから、折角合格したのに第一志望の高校を蹴ってまで私の行く高校を選んだんだと、少し恥ずかしそうにしながら言葉にする君を、私は、どんな顔で見ていたのか分からない。

 笑顔を何とか取り繕えていたと信じたいけれど、怒りに染まっていた気もするし、涙が流れていた気もするし、嬉しさで本当に笑顔になっていたのかもしれない。

 君達は私に話しかけた後は恥ずかしそうに二人で話していたから、私の表情に気が付いていないと信じたいけれど、怖くて聞く勇気が出てこなかった。


 けれど、はっきりしていたのは、自分から遠ざかる決断をしておいて君が来てくれたことに喜んでいた私がいたことは、どうしようもなく事実だった。


 それからの高校生活は、とても楽しく、苦しい時間の連続だった。

 神様のいたずらか、私と君は三年間、ずっと同じクラスで、二人とも部活に入らずに帰り道を過ごしていたね。


 もしかしたら、私を好きになってくれるのかもしれない、と淡い期待を抱いて君の好みに寄せられるように髪も伸ばして、校則違反にならない程度で制服を着崩したり、アクセサリーをしたりと努力もしたけれど、そんな努力は知ったことではないと言った様子で君はそれまで以上にあの子のことを気にするようになっていった。


 そして三年生の冬、まだ年が変わる少し前の時期に君が、卒業式であの子に告白する、と私に宣言してきた。

 その時には私はとっくに二人はくっついているものだと思っていたから、まだ告白していなかったことに驚きつつも、これで私の恋も終わってしまうのだろうな、と泣きたくなってしまった。



 ……きっと、その時には私は壊れてしまっていたのだと思う。

 何故か私は笑顔になっていた。

 心では泣きたいくらいに、心が軋んでいるはずなのに、涙を流したいと思っているはずなのに、何故か私は乗り気になった、といった様子で君の告白の手伝いをしようとしていた。


 君が嬉しそうにはにかむのを、それまでは苦しく思いながらも眺めていたのに、何故か私まで嬉しく思うようになってしまっていたのだ。


 それからは、大学受験前で忙しいのは分かっていたけれど、君があの子と何とか同じ時間をたくさん過ごそうとするのをよく手伝っていた覚えがあるね。


 一緒に二人で楽しそうに過ごしていたから、私の変化には全く気が付いてくれなかったのはつらかったな。

 あの頃私は、君たちが仲良さそうに過ごしているのを見るたびに、お腹のあたりからこみあげてくるものを堪えきれなくて、頻繁に胃の中のものを吐き出したり、夜には不安で眠れなくなってきて、身体に力は入らないし、いつも頭はぼーっとして、何とか空元気でいつも乗り切っていたけれど、今になっているとあの時の私は私じゃないって思えるんだ。


 ……ああ、話が逸れちゃったね。

 それで、ようやく卒業式の日、つまり今日だ。

 君は今頃、あの子に告白しに行ったんだろうね。

 さっき、そわそわした様子で教室から抜け出していくのを見たから、それぐらいは予想が付くよ。


 きっと、もう教室に戻っては来ないんだろう。

 卒業式も終わって、最後の時間をクラスメートと過ごしていただけで、もう帰ってもいい訳だしね。

 こういってる私も、もう用は無いからさっさと帰ろうとしてるんだけれど。


 この後、夜には君の家に行って卒業を祝うパーティーをしようってことになっていたけれど、少し私は遅れそうだな。

 夜にはきっと行くから、許して欲しいな。

 最後なんだから、少しぐらいは私にも時間が欲しいよ。





 お祝いパーティーに遅れて、あの子はもう帰った君の家。

 今私は君の家の前にいる。

 インターフォンを鳴らそうとする指が、どうしても今震えてしまっている。

 ……仕方ないよね、流石に今からすることに緊張するなって方が無理な話なんだから。


 インターフォンを押すと、君は笑顔で迎えてくれて、そのまま君の部屋に入った。

 ……ああ、やっぱり昔とはもう違うんだな、ってことが伝わってくるよ。

 少し、寂しいな……。


 そんなことは置いておいて、少しの間私は君と色々話をした。

 出会ってからこれまでのことを。

 昔から、一からなぞるように一つ一つはなしていった。

 君も懐かしそうに、目を細めて話を聞いてくれたね。

 たまに君からも話してくれたり。


 ……ああ、幸せだな。この恋の終わりに、こんな素敵な思い出を貰えて、本当に嬉しいや。


 私は、どうしてもあふれ出てくる想いに堪えきれずに君に抱き着いてしまった。

 ……これが最後だ、何て思いながら。

 そのまま、私は君に思いを告げた。

 もちろん、君の答えは分かり切ってるから、聞きたくないから君が口を開かないように、ずっとまくし立てるように話し続けた。


 ……それでも、もちろん終わりは訪れる。

 ついに私の話が終わってしまった。

 その間、抱きしめてしまった私を無理にはがそうとしない君は、本当に優しくて……残酷だ。


 最後に、私は君の口に口づけた。

 さあ、もう忘れられないでしょう? これから、ようやく恋仲になれたあの子といつか、って思ってたファーストキスが、恋人が出来たその日に、別の女の子に奪われるなんて。


 複雑そうな顔をしている君を離して、私はもってきたバッグを開いて、その中に入っていたものを取り出した。

 君はそれを見て、呆然とした様子から立ち直って焦り始めた。

 ふふ、怖いことなんてないよ、私は君には何もしないから。ただこれからの人生、私を忘れずに生きて欲しいだけだから。

 そう願いながら、私は自分の首を手に持ったナイフで切り裂いた。


 自分の命がこぼれていくのが分かる気がする。

 どんどんと身体が思うように動かなくなっていく。

 ああ、最期にもう一度……。



  大好きだよ



 ……そして、そのまま私は眠りについて行った。

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