廃業の訳

nobuo

大将のお節介

「なあ、俺たちもそろそろダンジョンに潜ってみねぇか?」


 ここはとある町の酒場【キメラの鉤爪】。酒だけでなく食事も美味いこの店には、毎日仕事を終えた冒険者たちが、ギルドで受け取ったばかりの報酬を手に、一日の疲れを癒しにやってくる。

 大勢の客で賑わう店内の一角、仲間と一緒に酒を煽っていた若い冒険者パーティのリーダーは、タンブラーの底に僅かに残っていたエールをグビリと飲み干し、常々考えていたと言って仲間たちに提案した。

 彼らは数年前、成人になったと同時に故郷の村を飛び出し、この町で冒険者として日銭を稼いでいる。

 少しずつでも実力が付きつつある彼らは、先日ⅮランクからやっとCランクに昇進したこともあり、次のステップとしてダンジョンへの挑戦を考えているらしい。

 確かに地上に出没するモンスターに比べてダンジョンに住まう輩は独特のスキルを身につけており、力だけでなく魔力も高く強い。

 そして奥に進めば進むほど、比例してモンスターも強くなるのだ。

 さすがに彼らもダンジョン踏破はまだ早いと思っているからまだ奥まで踏み入るつもりはないが、浅い場所でのモンスター討伐なら金稼ぎを兼ねた修練として、ちょうどいいのではないかとリーダーは言った。


「そうだな。オレも最近は町の郊外に出るモンスターでは物足りないと思っていた。ここいらで挑戦してみるのもいいんじゃないか。なあ?」

「ええ。わたしも初めに比べてかなり魔力が増えたし、もっと強力な魔法を覚えるための魔導書も欲しいから、もう少し依頼料の多い仕事がしたいわ」


 戦士らしい大柄な男とローブ姿の女が頷く。それを見てリーダーが決定だと言おうとした時、背後からのそりと人影が現れた。


「はいよ、お待ちどう。エール三つにブルストと煮込みだ」


 皿を持った太い腕が三人の目の前に伸び、テーブルの上に注文した酒と料理を置いてゆく。

 袖を捲っているせいで、その腕にいくつもの傷痕があるのを目の当たりにした彼らは、この店主が昔、冒険者だったことを思い出した。


「なあ大将、アンタはどう思う?」

「ああ?」


 厨房とホールを忙しく立ち回っている店主は何を聞かれたのかがわからず顔を顰める。その反応に慌ててダンジョンへ挑戦してみようと思っている旨を説明すると、店主は腕組みをしてムムッと考え込んだが、次には否定の言葉を口にした。


「おまぇらが言うのは西の森のダンジョンだろ? あそこに入んのはまだ早えんじゃねぇか?」

「なんだよ、オレらが弱いって言うのか?」


 戦士の男が気を悪くして突っかかると、店主は笑いながら違うと返した。


「んなこたぁ言ってねぇよ。俺から見ても、おめぇらは十分ダンジョンでも通じるだけの実力をつけてると思うぜ。だがなぁ、西の森のダンジョンはやめときな」

「でもあそこが一番近いんだよ」


 懐具合に余裕のない彼らには、乗合馬車や借り馬を使って遠方のダンジョンへ行くのでは金が掛かって旨味が少ない。

 高値で買い取ってもらえるようなアイテムでも回収できればいいが、その確率は低いうえ、もしかしたら怪我をして治療費や薬代がかかるかもしれない。

 とにかく諸々を考えると、やはり近場のダンジョンが都合がいいのだ。

 店主はそんな彼らの表情から思考を読んだのか、やれやれと嘆息すると、夜にまた店に顔を出せと言い残して厨房へと戻っていった。

 冒険者たちは一度顔を見合わせたのち、静かに食事を終わらせて店を後にした。



 *



 時刻は日付を越えた深夜。ベロベロに酔った最後の客が帰ったことで漸く閉店となり、後片付けを始めた店主の耳に、控えめなノックの音が聞こえた。

 それは案の定夕方に来店した若い冒険者パーティの三人で、彼らは戸惑いの表情で店の前に立っていた。


「よく来たな。まあとりあえず入れや」


 ガランとした薄暗い店内に案内すると、椅子に座るよう勧める。そして自身も手にしていたモップを椅子に立て掛け、椅子の一つにどかりと腰を下ろした。


「悪いがもう竈の火を落としちまったんでな、出せるものは水ぐれぇだ」

「いや、構わない。それよりどうして俺たちを呼びつけたんだ?」


 理由がわからない三人の顔には、疑問と警戒の色が見て取れる。そんな彼らに対して店主は苦く笑った。


「まあこれと言って用があるわけじゃあねぇんだが、ただちぃっと昔話を聞いてもらいたくてな」

「昔話?」

「ああ、そうだ。俺がまだ冒険者だった頃の話だな」


 そう前置きした店主は、固い表情の彼らを順に見回してから話し始めた。 


「もうずいぶんと昔のことだ。俺がこの町にきて三年目、ギルドの紹介で得た仲間と共に、冒険者としての生業に馴染み、それなりに軌道に乗り出した頃のことを聞かせてぇんだ」


 店主はもともと弱小貴族の家の四男坊で、跡取りになる可能性は皆無なうえ、そのスペアとなる頭数からもあぶれたいらない子供だった。

 家のために努力する必要はなく、かえって無駄な教育費を掛けさせるなと怒られる立場だった彼は、早々に貴族としての将来に見切りをつけ、成人と同時に家を飛び出した。

 いらない四男坊とはいえ召使いのいる生活から一転し、すべてにおいて自給自足の生活となった彼は、初めの頃の宿無し・金無しの状態はとてもつらく、挫けて家に帰りたいと思ったことも幾度もあった。

 しかしそんな彼もギルドを介して知り合った仲間と共に行動するようになり、助け合いながら地道にクエストをこなすことで僅かでも稼ぎが得られ、やがて宿や食事にも安定してありつけるようになった。


「ここからが本題だ」


 そして生家を出てから三年の月日が過ぎ、彼らのパーティもEからD、DからCランクへと昇格し、実力に見合った自信を身につけた頃、リーダー役の勇者が西の森のダンジョンへの挑戦を提案したそうだ。


「俺たちゃぁ若かった。力も漲り、どんどん技も覚え、自信に充ち溢れていた。だからリーダーが発した案に誰も反論せず、乗り気で依頼を選んだんだ」


 もちろん始めはダンジョンの出入り口周辺の比較的安全な依頼を選んでいたが、もっと依頼料が高い高ランクの仕事を受けた冒険者たちが、ダンジョンの奥から帰ってくる姿を…いや、モンスターを討伐して得たアイテムや宝箱から持ち出したと思われるずっしりと重そうな袋を手にしているのを見て、欲が出た。

 そして安易に高ランクの依頼に手を出し———結果、パーティ解散となるほどの痛手を負うことになった。


「圧倒的に力が足りなかった。リーダーはモンスターに体の半分を食われて命を落とし、魔導士は奴らに捕まっちまってそれっきり行方不明。聖者は毒を浴びた際に両目を失明し、俺はほら、」


 左脚のズボンの裾を捲り上げると、木製の義足が覗く。それをコンコンと叩いて見せると、彼らは眉根を寄せてごくりと唾を飲み込んだ。


「もしかして、その脚は…」

「ああ、ゴーレムに掴まれて振り回され、千切れちまった。あん時あの剣士に助けられなかったら、俺ぁモンスター共の糞になってらぁな」

「剣士?」


 彼らの疑問にそうだと頷いて答える。


「もうダメだと諦めた時、細身の剣を携えたソロの剣士が現れてな、あっという間にゴーレムを倒し、俺たちを救ってくれたんだ」


 担ぎ上げられた感覚を最後に意識が途切れ、次に気付いた時には治療院のベッドの上だった。


「大腿の半分ほどしか残っていなかった左脚は治癒魔法で傷口を塞いであった。暫く激痛に苦しみはしたが、それでも命があるだけマシってなもんだ。……だがいつでもタイミングよく助けてもらえるわけじゃぁねぇ。いや違うな、普通は助けなんざありはしないんだ」


 自分はたまたま運が良かったのだと言うと、店主の正面で静かに聞いていたリーダーの青年が、苦悶の表情で訊ねた。


「そんな話を俺たちに聞かせるのは、ダンジョンへの挑戦は死にに行くのも同然だからやめろということか?」


 地の底を這う様な低い声。彼もパーティのリーダーとしてのプライドがある。たとえ相手が人生の先輩で自分たちのことを心配しての助言であったとしても、容易には受け入れられないと表情が如実に語っている。

 そしてそれはリーダーだけではなく、他の二人も同じ顔つきだった。

 仲間とは良いものだなと、目の前の彼らにかつての自分たちを重ねる。

 改めてよく似ていると思う。だからこそ、死なせたくなくてこんなお節介をしたのだ。

 店主は薄く苦笑すると、ゆるゆると首を横に振った。


「違う。俺ぁ止めろと言いたいわけじゃぁねぇ。よく見極めろと言いてぇんだ」

「見極める?」

「そうだ。お前らがダンジョンに挑戦するにしてもしないにしても、そしてこの先の人生においても、一度立ち止まって見極めてほしい。それは実力云々じゃぁなく、自分を取り巻くすべての事柄や関係する人のこともひっくるめて考え、そのうえで決めてほしいんだ」

「見極める…」


 真剣な面持ちでそう呟く三人に、言うだけ言って満足した店主は手を叩いて話は終わりだと告げた。


「こんなジジィの長話に付き合わせて本当に悪かったな」


 店の外まで見送った際、お詫びとして次に来店した折にはエールを一杯ずつサービスしてやると約束すると、彼らは神妙な態度でぺこりと会釈した。


「あの、最後に一つだけ聞きたいことがあるんだが」


 店内に戻ろうとした店主を呼び止めたのはリーダーで、彼は躊躇いつつも唐突な問いを投げかけた。


「さっき言っていた剣士なんだが、今も冒険者として活動しているのか?」


 意外な質問に些か驚いたものの、店主はいいやと首を振った。


「十年ぐれぇ前に辞めたよ」

「え? 聞いた感じだとかなりの腕利きなのだろう。なぜ…」

「いや、まあ…ちと理由があってな」


 さっきまでと違って歯切れが悪い店主の様子に三人が首を傾げていると、どこからか涼やかな女性の声が聞こえてきた。


「あら、まだお客さんがいたのね」

「お、おまえ!」


 狼狽した店主はおろおろした後に三人へと振り向くと、気まずげに女性を紹介した。


「えっと、俺の女房だ。…元剣士の、な」





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