キャンプの醍醐味

悠井すみれ

第1話

 あの、隣のテントの者ですけど、これ、いかがですか? 自家製のベーコンなんですけど。いや、交換なんて良いですよ。もう年なのに調子に乗っちゃってたんでしょうねえ、脂がね、たらふく食べるつもりだったのに胃がやられちゃって。

 美味しいでしょう! 肉がね、まずすごく脂が乗ってるやつでしたからねえ。家でしばらく漬けてて、昨日から塩抜きして、で、こっちに来て昼からずっと燻してたって訳です。味付けも、市販のとは違うでしょ? ずいぶん試行錯誤してきたんですけど、最近やっと納得いく味になってきたかなって。


 ビール、冷えてますねえ。ありがとうございます。荷物を軽くするお手伝いって思えば良いですかね。いや、分かりますよ。買い込む時は足りなかったらどうしようって思っちゃうんですよねえ。おつまみを提供できたなら良かったですよ。


 そちらもおひとりで? 若いうちにって、僕なんかこの年でもひとりですけどねえ。いや、彼女さんととか、後々はお子さん連れて、っていうのは良いと思いますよ? その、練習っていうのもね。ただねえ、趣味って人それぞれですからね。理解してくれない相手だと喧嘩の元になっちゃうかもですよ。おっさんは説教臭くて申し訳ないですけどね、先輩からのアドバイスってやつですよ。

 うちもね、最初は嫁と一緒に出掛けたりしたんですけど。トイレが汚いとか虫が嫌だとかで自然を楽しむどころじゃなかったですよ。じゃあ俺だけで行くよ、って言ってもそれはそれで怒られるしね。もう、堪ったもんじゃない……! 今? 今は家で大人しくしてますよ。うちは子供もいなかったですしね、気楽なひとり暮らしです。


 いや、別れた訳じゃなくて……もう嫁は口を聞かないからひとり暮らしみたいなもんだって、そういうことです。ほんとですってば。こっちからは話しかけたりもしますよ。返事はないですけどね。さあ? もう愛なんてなかったんでしょうね。それこそ子供がいればまた違ったのかもしれないですけど。僕のほうではずっと憧れというか期待はあったんですけどね。いつか分かってくれるんじゃないか、って。


 過去形なのは──僕のほうでも気持ちが離れてるから、なんでしょうねえ。はは、面白いこといいますね。嫁がもういないみたいだ、なんて。まだいますよ。あいついつの間にかぶくぶく太ってて……なかなか、なくならない。

 ほら、ベーコン、もっといかがです? 直火で焼いて、ちょっとずつナイフで切って食べるんですよ。キャンプの醍醐味ってやつですよ。何の肉って、ベーコンは普通、豚肉でしょう? 脂が乗ってて美味しいでしょう?


 ──すみません、スマホ、今弄ってますよね。ちょっと貸してください──ほら! やめてくださいよ、通報なんて。せっかくのキャンプの夜が台無しじゃないですか。初めて会った者同士で酒とつまみと火を囲むって、最高じゃないですか? ひと晩寝たら、朝日を見たら、きっと爽やかな気分になれますって。

 うーん、困ったなあ。どうしても気になっちゃうんですねえ。やっともうすぐ食べ終わると思ってたのに。早くなくしたくて色んな人に配ってたのが良くなかったですねえ。まあ、貴方は赤身っぽいからもう少し楽にイケるかもですね。処理も調理も慣れて来たし──また当分、ソロキャンプしなきゃですねえ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キャンプの醍醐味 悠井すみれ @Veilchen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ