ゴール

 マスクさんとぼくは、拍手を浴びながら、揃ってお辞儀じぎをした。深く、深く――。

 少しのを置いて、これもまたふたり揃って上体を起こす。練習した甲斐かいもあって、ピッタリと合わせることができた。お互いに顔を見合わせて、ぼくたちは笑う。


『ではここで、新たな門出かどでに際して、ご親族、ご友人の前で、おふたりに宣誓をしていただきます』


 『まずは新郎さまからどうぞ』と司会さんに促され、ぼくはマイクを持ち直す。マスクさんは「頑張って」と励ましてくれているのか、組んでいる腕をよじらせて、ヒジでぼくの横腹をつついた。


 第一声、「ぇえ……」と裏返ったぼくの声に、会場に笑いが起きる。


「いや、どうも、すみません……」


 「コホン」と、自分でもわざとらしく咳払いをすると、間隔をとって、マスクをしている三十人ばかりのお客様がたは静まり、注目を集めてくる。ぼくは大きく息を吸った。


「本日はぼくたちの結婚式にお出でくださり、本当にありがとうございます」

 

 マスクさんとぼく、またもお辞儀。


「彼女とぼくは、劇的な出会いというわけではありませんでした。始まりは、ただのバイト先の先輩と後輩。その先輩はだらだらと働いてて、いつもマスクをしていて、最初は『変な人だなあ』と思っていました」


 「皆思ってるから!」と、マスクさんの同僚さんが声を上げ、またひと笑い。


「ふふ。でもですね、次第に気付いてきました。彼女はのびのびとしていて、面白い発言や行動が多くて、楽しい女性。いつの間にか、ぼくはその先輩にかれていました。ぼくが告白したときも、『付き合ってもいいけど、私は合わせないよ』ですよ? おかしいですよね?」


 笑いが起きる中、これにはマスクさんの親族がかしこまってしまった。娘さんをおとしめるみたいになって、ごめんなさい。


「――付き合ってから一年ほど経って、ぼくと彼女は同棲を始めました。ふたりとも他人と暮らすなんて初めてのことだから、そろそろと、手探りで始まった同棲です。そうして始まった生活……、ぼくたちは特に大きく仲たがいすることもなく、大きく進展することもなく、のんびりと過ごしていました……が!」


 ここは、自分がストーリーテラーになったつもりで、仰々ぎょうぎょうしくアオリ。これも練習しました。


「ぼくは、自分でも知らぬに、プロポーズしていました」


 ぼくの同僚から、「スマホ家族割だろ!」の野次。


「ふふ。そうです。そこらへんは、あとで皆さんにお渡しする、ちょっとした――日記のようなものに書いてあります。内容は、ぼくと彼女が過ごしてきた日々を、ぼくが思い出しながら書いたものです」


 「けど」と言って、ぼくはマスクさんに顔を向けた。


「その日記は終わりじゃなくて、まだ続きます。これからもずっと、続いていきます。皆さんに祝福されて、見守られて、今日がふたりの、新しいスタートになるんです」


 マスクさんがぼくの目を見つめながら、ニッコリとしてくれる。


「大好きです。これからも、よろしくお願いします」


 ぼくの宣誓の締めくくりに、大きな喝采が送られる。


『では、続いて、新婦さまから宣誓をいただきます』


 ぼくはマスクさんにマイクを渡す。横顔に不敵な笑みを浮かべ、こんな場面でも緊張してなさそうなところは、さすがマスクさん。


「ええと……。私は彼が大好きです」


 いきなりの性急な言葉に、会場が沸いた。

 それを押しとどめるように、マスクさんは「たぶん!」と大声を出す。マイクがハウリングするほど、大きな声……。

 静まった場内に満足げにうなずくと、マスクさんは続ける――。


「たぶん、私以上に彼を好きなヤツはいないし、彼以上に私を好きなヤツはいません」


 「だから」、とつぶやくようにして言うと、彼女はぼくに顔を向けた。


「ずっとそばにいてください。私もずっと……そばにいます」


 ぼくはゆっくりとひとつ、うなずいた――。


***


 披露宴会場までの移動中、マスクさんはぼくの肩を叩いてきた。


「ん? どうかした?」

「ちょっと、なに? 日記って。聞いてないんだけど」

「あ、あはは……」


 そうです。お互いの宣誓の内容は、今日まで秘密だったんです。マスクさんとの日常をつづった日記も、実はナイショにしていました。


「変なこと、書いてないでしょうね?」

「それは……どうでしょう……」


 彼女の不興ふきょうを買いそうなところは、ちょいちょいある……。ちょっと、後が怖いかも……。


「帰ったら、見せてよね」

「……うん」


 マスクさんに――ぼくのお嫁さんに向けて、特別にメッセージ付きのを用意している、ということはまだ秘密にしておこう。


 それにしても――。

 呆れたように笑う、ウエディングドレスをまとったマスクさん。

 彼女にはやっぱり「白」が似合うと、予見される叱責しっせきも忘れて、ぼくは見惚みとれてしまいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マスクさんとぼく ブーカン @bookan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説