第9話

 決戦の日。晴れ渡る青空が広がっていました。荒地と太陽の軍勢が、砂と黄金の国の王宮に向かってやってきます。

 対する砂と黄金の兵は頑丈な守りで敵を通しません。敵軍の攻めは甘く、前線の兵は容易に蹴散らすことができました。しかし、敵軍は焦った様子を見せません。初めは喜んでいた兵も、だんだん訝しく思い始めました。

 その時です。突然、門が内側から開きました。アレクシスに神の加護あり、と見た神官、およびサラに対して不満を抱いていた家臣による裏切りでした。驚いた軍団に隙が生まれました。

「今だ! 全力でかかれ!」

 敵の将の号令を受けて、敵軍は猪突猛進の勢いで猛攻撃を仕掛けます。

「さあ、敵を殺せ、殺すのだ! 不敬の者を殺せば罪を赦されて天国に行けるぞ。王妃を殺した者には更に恩賞が与えられよう!」

 敵軍の前線で戦っているのは、死後の地獄を恐れる前科者たちです。統率は取れていませんが、死に物狂いで襲いかかってきます。

 一方、押し寄せる敵軍を抑え込みながら、防衛隊の長は、斥候を飛ばしました。敵は王妃を狙っているらしい、と。

 伝令を行かせた直後に、隊長の首は宙に飛びました。

 国内に侵入した、アレクシスを抱える敵軍に、武器を持った砂の国の民が警戒しながらじりじりと近づきます。異教徒との戦いには、身分に関係なく、すべての信徒が戦うべきというのが神の教えでしたので、砂と黄金の国に残った民は、家にある農作業の道具を抱えて戦う覚悟でありました。殺気立っている民をアレクシスが落ち着かせるように、朗々とした声で言いました。

「砂と黄金の国の民よ。私は、この国の王家の血を引く、アレクシスです。私は皆を傷つけるつもりはありません。また、現国王の命を取るつもりもない。悪いのは、全身に火傷がある醜い王妃だと聞き及んでおります。……私は修道士として神学を学んできましたが、こんな話を皆さんはご存知でしょうか。神が世界をお創りになられてから、初めて神に反旗を翻した悪魔は、罰として神の浄火に全身を焼かれたと。以来、罪人は神の浄火で身も心も燃やし尽くされて初めて天に登ることが赦されるとされていますが、はじめに神に逆らった悪魔だけは、未来永劫赦されることは無く、今も尚、業火に焼かれているのです。火の中の悪魔は神を恨み、復讐する為に、自らの眷属を人間の中に紛れ込ませることがある。大抵は、その前に産まれることもできずに死んでしまうが、もしも神の眼を掻い潜って産まれる者があったなら、それは神に反旗を翻すだろう、と。……悪しき妃を討ち倒し、兄上と共に正しくこの国を治め、平和をもたらすことが、私の願いです。本当にこの国を思う皆様であれば、どうか、私に協力していただけないでしょうか」

 アレクシスは、修道士として人々に説法をしていたこともあって、人々を惹きつける話し方が上手でした。それに、彼の姿は、いかにも誠実で立派そうで、信頼できそうな英雄に見えました。

 彼の言葉を聞いた国民たち、特に若い者は、王妃が悪い、悪魔の眷属である王妃を殺せと湧き立ちました。彼らは、王妃サラについてほとんど何も知りません。醜いらしいということも、風の噂で聞いたことがある程度。しかし、正義のための大義名分を得た彼等は、見たこともない王妃を憎悪しました。王妃を殺せ、悪魔の眷属を殺せと大合唱をして、王宮に押し寄せます。王家を尊重する老人などの中には、彼らを諭そうとする者もおりましたが、あえなく振り払われてしまいました。お前も悪魔の味方か、と、砂の民同士での争いまで始まってしまいました。

 武器を持った砂の民が、暴徒となって王宮に押し寄せてきます。その間に、斥候から、敵の狙いがサラだと聞いた王は驚きました。

 王は、厨房で皆の食事作りに加わっていたサラを急いで呼び出し、城の裏門から逃げろと言います。しかし、サラは王を置いて逃げる気はありませんでしたので、嫌だと首を振りました。

 そうこうしているうちに、ついに門の一つが、暴徒と敵軍によって破られそうだと伝令が飛んできました。王は、サラの手を引いて、王宮の隠し扉を開くと、ここにいろと短く言って鍵を閉めてしまいました。隠し部屋の中には、小さな穴があいていて、外の様子を見ることはできました。

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