(11)



その日はあまりにも普通だった。いつも通りに起き、いつも通りに授業を受ける。そしてアドリエンヌと『お腹すきましたね』なんて笑いながら食堂へ向かった。ざわざわといつもよりうるさくて、何事かと耳をすませば『殿下がご帰城なされた』『なにやら魔力が暴走した女が出たらしい』等、私は直ぐにピンと来た。


(シルヴィアがついに覚醒した)


ということは今頃お城で彼女の処遇について話し合われているのだろう。だからレオンも城へと戻る必要があった。


「なんだか騒がしいですわね?」

「えぇ、どうしたんでしょう?」


当然だがアドリエンヌにはどういうことか分からない。本来ならば私も “知らない” ので、彼女と一緒に首を捻った。確かシルヴィアは一週間後にオルドフィールドに転入することになるはずだ。それまでは我関せずといった態度を貫かなければならない。


「レオン様がご帰城だなんて」

「大変なことでも起きたんでしょうか」

「よっぽどのことですものね」


私たちは検討もつかないといった風にお喋りをしながら食事をとる。今日のメニューは現世で言えばビーフシチュー。この世界で言えば『仔牛のほほ肉シチュー~初夏の香りと共に~』らしい。なんじゃそりゃ!


「何もなければいいんですけど」

「……えぇ、そうですね」


何もないわけではない。魔力の暴走をした彼女が転入してくるのだから。噂はあっという間に広がり、彼女は初め孤立してしまう。そうならないように、いやそうなったとしても私は彼女の隣にいなければ。ゲームと同じように。


「そうだアドリエンヌ、今日の放課後ですけど図書館に行きません?」

「あら、また魔導書を借りるのですね」

「今度の試験は頑張らないといけませんので!」


前回の試験は追試はなかったものの(筆記より実技の方が苦手だ)、自分が満足する点数ではなかった。優秀なアドリエンヌに教えてもらったというのに面目が立たない。だから次こそはと息巻いていた。


「アドリエンヌが羨ましいです。もう基礎は完璧なんですもの」

「そんなことないですわ。私はまだまだです」


オルドフィールドに入るぐらいだ。そんなわけがないのはもちろんバレている。しかし彼女は自分を卑下するところがあるのでもう少し自慢してもいいと思う。というなゲームの彼女とはほんとすっかり変わってしまったな。今のアドリエンヌはもちろん可愛いが、ツンとしていた彼女もまた可愛かった。でも友達になってくれた今の方が断然いいけども。


「せめてもう少し魔力があればなぁ」


今の私はそよ風から少し強めの風が出せるぐらいだった。攻撃力に換算したらそれこそ0の風。髪の毛が崩れるかな、ぐらいのものだ。まぁこれは基礎中の基礎みたいなので今出来ていれば十分なのだが。


「アドリエンヌは水属性なのに風もちゃんと出せて羨ましいです……」

「カーラも練習すれば出来るようになりますわよ」

「だといいのですが」


普通の人は自分の属性はもちろんのこと、その他の属性も多少は操れる。威力はそこまで大きくないが、生活に困らないぐらいのものを。しかし私は自分の風属性ですら満足に操れないのだ。神様、やはり私は水属性だったのではないですか? 水も出る気配はないけれど。


「一緒に頑張りましょう?」

「アドリエンヌ……!」


彼女の白くて可愛らしい手をガシッと掴む。まるで天使のような微笑みを携えたアドリエンヌは本当に可愛くていい子だ。あぁ、神様。制作陣様。彼女のような天使をありがとうございます。


「じゃあ早速今日から始めましょうか」

「……明日からにしません?」

「カーラ?」

「冗談です」


ふふっ、とお互いに笑い合って、私たちは食事を続けたのだった。











私は一人、図書室のテーブルで本を読んでいた。先程まで一緒にいたアドリエンヌは他のご令嬢に呼び出されて席を外している。そのまま帰ったわけではないので、彼女が戻るまで読書をすることにした。

魔力の暴走について書かれた本がないか調べているのだが見つからない。一体どうしてそのようなことが起こるのか。ゲーム内で説明していたような気もするが思い出せないでいたからだ。

すると、ふとした一文を見つけた。


“数百年に一度現れるという聖女の魔力は計り知れないほど膨大で――……”


聖女、という言葉に手が止まる。確かシルヴィアは聖女だと思われた。しかしどのルートでも “彼女は聖女ではない” という結論が出た。それは神殿直々の結論で、間違いなどあるわけがない。だが聖女でないとするなら彼女の魔力はなんなのか。


「……ん?」


そこで不穏な一文を目にする。


“聖女狂信者”


なにやら数百年に一度現れわれていた聖女を盲信的に信仰している人のことを言うらしい。


「初めて聞いた」


ゲーム内にも確か登場しなかったはずだ。もしかしたら単語として出てきたのかもしれないが、どのルートでもその “聖女狂信者” が登場することはなかった。だからきっと設定だけ作ったのだろう。しかし結局使われることなくそのままになってしまったよくあるパターン。


「聖女狂信者かぁ」


シルヴィアは聖女ではないのだから関係はない。それよりも私は “魔力の暴走” について探したいのだったと思い出して次のページを捲った時、ふと影に覆われた。


「今度は何を読んでますの?」

「あ、アドリエンヌ。おかえりなさい」


いつの間にか戻っていた彼女の声と共に本を閉じる。別にやましいわけではないのだが、なんとなく見られたくはなかった。


「何か魔力の向上に役立つ文言はないかなと思いまして」

「相変わらず勉強熱心ですわね」

「あはは……」

「ですがそろそろ時間ですわよ」

「え?」


アドリエンヌの言葉に窓の外を見る。赤みがかっていた空は紫がかっていた。もう間もなくで日が落ちる。


「わ、ごめんなさい」

「いえ、私こそ話し込んでしまったせいで」

「早く戻りましょう!」


私たちは急いで本を戻し、身の回り品を片付けて足早に図書室を出た。


さぁ、シルヴィアがやって来る。

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