(10)



にこにこと目の前のレオンもといレニーが微笑んでいる。私はそんな彼に嘆息しつつパンケーキを切り分けた。

どうして目の前にレオンがいるのか。事の発端はいつもの手紙に書かれていた内容。『他の人とはティータイムを楽しむのにぼくとはしてくれないんだね』というものだった。それを読みながらしょんぼりとしたレオンを思い浮かべて心が痛んだが、それとは別に悪寒が走った。なんだが彼が怒っているような気がして。どうしてそう思ったかは自分でも分からないのだけれど。

しかし仮にも彼はこの国の王太子殿下だ。いくら幼馴染だからといって気軽に誘えるような仲じゃない。心が痛んだとしてもここは誘わないのがセオリー。そう思っていた私に、さらに追い打ちをかけるように彼の手紙が届いた。明日の放課後、来てくれないと拗ねちゃうからね。と。


(そこもスルーすべきだったのよね)


だが私は、自分で言うのもなんだがレオンには甘い節がある。だからスルーなんてできなかったのだ。もちろん直前まで悩んでいたが、結局私は指定された場所へと来てしまった。アドリエンヌに言い訳するのが思いつかなくて変なことを口走っていたような気もするが、最後には納得してくれたから問題ないだろう。

レオンに指定されたのは、この前みんなで来た(2人については無理やり席に座ってきたのが正しいが)あのパンケーキのお店だった。


「それ、おいしい?」

「え? あ、うん」


どうしてレオンがこの前のことを知っているんだろうなんてぼんやり考えていた私の耳に届いたレオンの声。そっけない返事になってしまったかと焦ったが、彼は気にしていないようだった。


「カーラは甘いものが好きだもんね」

「うん、好き」

「ぼくも」


え、レオンもそんなに好きだったっけ? と首を捻る私に、彼は未だにこにこと微笑んでいた。いくら変装しているからといって、今の彼も相当なイケメンなので回りの女性たちがちらちらとこちらを見ていた。ほらまた。


「レニーのもおいしそうだね」

「食べる?」

「へ?」


いきなり何を言い出すのか。私は驚きすぎて声が裏返ってしまった。しかし彼はそんな私にお構いなしで、一口大に切り分けた後、あろうことかフォークに刺したまま私へと向けてきたのだ。おすそ分けされる時点でありえないのに、さらにありえない行動をしてる彼に私は頭が痛くなる。ってか周りの女性たちよ、騒ぎすぎだ!


「はい、カーラ」

「いや、あの……」


にこにこ、幼いころのレオンと被る。屈託なく微笑む彼は純粋そのもので。きっと今のこの行為も何も感じていないのだろう。


(……っ! ええい! ままよ!)


意を決した私はぎゅっと目を瞑り、そのままそのフォークに食らいついた。

うん、おいしい。おいしいはずなのだが、それよりもこの状況が恥ずかしくて味が分からないでいた。


「お、おいしいね!」

「でしょ? カーラが好きそうなやつにしたんだけど正解だったね」

「なんで自分が好きなやつにしなかったの!?」

「だってそうすればカーラは2つの味を楽しめるでしょ?」


この場にオリバーがいないことが唯一の救いだったかもしれない。こんな場面を見られたら彼に何を言われるかわかったもんじゃない。ぶるりと身震いをして自分のパンケーキを口に運ぶ。うん、やっぱり味が分からなくなってる!


「私はレニーも楽しめないと嫌だよ」

「ぼくは君がおいしそうに食べる姿を見られるだけで十分なんだ」


パンケーキよりも甘いセリフに胸やけを起こしそうだなんて言ったらレオンのことだ。私をからかうためにもっと甘いセリフを吐くに決まっている。だから私はそれに負けじと上品な笑みを浮かべた。もちろんレオンの微笑みには負けるが。


「……ねぇ、カーラ」

「うん?」


口の中に広がる甘さを一旦リセットしようと紅茶に手を伸ばした時、彼が小さく私の名前を呼んだ。その表情はなんだか寂し気で、愁いを帯びているような気がする。何かあったのかと彼の次の言葉を待っていると、レオンはゆっくりと頭を振った。


「いや、何でもないよ」

「え、気になるよ!」

「いつか必ず言うから」

「えー?」


レオンがこんな風に何かをにおわせるなんて。やはり王太子殿下という立場は私では計り知れない程の重圧がのしかかっているんだろう。だからきっと疲れたのかもしれない。どうすれば彼を元気づけられるだろうかと考えて、昔よりも大きくなったその頭に手を伸ばした。


「レニーには私がついているからね」

「カーラ……」


この場にオリバーがいたら私の右手は間違いなく吹き飛ばされているかもしれないな、と考えて手を引っ込める。子供の頃から一緒にいるせいでたまに距離感がおかしくなる時がある。レオンから来ると身構えてしまうのに、自分からだとどうしてもたまに間違えてしまう。

思春期の男の子にはもう少し気を付けなければ、と今は離れて暮らすアゼルを思い出す。彼も思春期ではあるがまだ私にべったりと甘えてくれているがいつかわ『姉様うるさい』とか言うのだろう。あ、ダメだ今から心が壊れそう。


「カーラ?」

「あ、ごめんなさい。なんでもないの」


胸の辺りを押さえた私を不思議そうにレオンが見ている。私は誤魔化すように頭を振って、そして目の前のパンケーキ(もちろん自分の方)を口に運んだ。うん、さっきより味がわかる。とっても美味しい。


「そういえばそろそろデビュタントの時期じゃない?」


レオンの爆弾発言に危うく食べていたパンケーキを吐き出しそうになった。危ない危ない。もしほんとうに吐き出してこれがスチュアートにバレたら淑女とはなんたるかをまた聞かされる羽目になる。もう何回も聞いた。うん、何回も。


「デビュタントかぁ」


ゲーム内の私はシルヴィアのデビュタントと同じ日だった。制作陣側の適当さが伺えるがまぁそれはいい。デビュタントを考えると胃が痛い。なぜならゲームの中の彼女は残念ながら壁の花と化していたのだ。つまり私もそうなるわけで。仮病を使いたいところだがお父様になんと言われるか。


「カーラのデビュタント、楽しみだね」

「う、うん」


何やら含み笑いを浮かべるレオンに嫌な予感がしたが、気のせいだと思うことにする。


だってレオンは、シルヴィアのパートナーなのだから。

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