そろそろしたいソロデビュー

烏川 ハル

そろそろしたいソロデビュー

   

「うらめしや……」

 ボサボサに伸ばした黒髪で顔の半分を隠して、頭には三角形の白い布。体を包むのも白い着物というコーディネートで、両手をダラリと垂らしたポーズ。

 お馴染みのスタイルで、私が井戸から登場すると……。

「きゃあっ!」

「おいおい、大袈裟だなあ」

 通りかかったカップルが、きちんと反応してくれました。


 驚いたのは女性だけですが、これで良いのでしょう。彼女はギュッと、連れの男性にしがみついているのですから。

 男性の方では、彼女を微笑ましく見守っています。それと同時に、腕に感じる彼女の胸の膨らみ、その感触を喜んでいるようです。彼の表情が微妙にニヤけているのを、私は見逃しませんでした。

 どんな形であれ、お客様に楽しんでいただけたら、脅かし役の私としては大満足。思わず、ニヤリと笑みが浮かぶほどでした。

「だって、あの幽霊……。ほら、不気味に笑ってる!」

 と、女性が私の方を指差して、声を震わせた瞬間。

「バアァッ!」

 いかにもな合成音と共に、彼女の背後の柳の陰から、茶色の唐傘お化けが飛び出してきました。

「きゃあっ!」

「おっ、二段構えの演出か」

 再び悲鳴を上げる女性と、余裕のコメントを口にする男性です。

「まずは幽霊に注意を向けて、その直後、後ろから傘化け小僧で驚かす……。でも、これ、逆にした方がいいんじゃないか?」

「……どういうこと?」

 男性の方が長々と解説を始めたので、そちらに耳を傾けるうちに、女性も少し落ち着いたようです。そういう効果を狙った上で語っているのか、ただ自分の言いたいことをペラペラ述べ立てているだけか、男性の意図は不明ですが。

「だって、最初の幽霊の方が出来がいいじゃないか。傘の方はオモチャみたいな作り物だが、幽霊の方は違うだろう? ほら、足も透けて見えるし……。CG映像を投射してるのかな?」

 知ったかぶりの解説をしながら、二人は、この場から去っていきました。

 お化け屋敷の順路に従って。


――――――――――――


 スーッと滑るようにして、唐傘お化けが所定の位置に戻ります。お客様が消えたのを感知したからではなく、出現時間は数分だけに設定されているからです。

「ご苦労様」

 私が声をかけても、もちろん無反応。しょせん作り物ですからね、あの男性が言ったように。

 それは正解でしたが、でも彼は二つ間違っていました。

 まず第一に、二段構えの演出の件。このお化け屋敷の本来の演出意図としては、

「お客様が井戸に注意を向けて、そこから何か出てくるのではないかと身構えているうちに、後ろから脅かす」

 というものであり、私の出現は予定にありませんでした。だから唐傘お化けが私よりチャチな作り物であっても、問題なかったのです。

 第二に、私がCGであるという点。薄ぼんやりとした姿なので、映像に見えるのでしょうが……。実は私は、本物の幽霊なのでした。


 生前のことはよく覚えていませんが、おそらく気弱な人間だったのでしょう。

 こうして幽霊となった今でも、遊園地のお化け屋敷に隠れ住んでいます。

 幽霊ならば幽霊らしく、自分一人だけの力で人間を恐怖に叩き込むべきなのでしょうが、そんなソロ活動をする勇気が湧いてこないのです。

 かといって、幽霊仲間を探して一緒になる、という努力もしていません。たまたま見つけたお化け屋敷で、作り物のお化けたちに囲まれているだけで、なんだか安心しています。

 本物は私だけなのですから、これはこれでソロ幽霊という話になるのかもしれませんが……。

「中途半端なのですよね、私。いつかは、きちんとソロデビューしたいものです」

 まるで人間のようにため息をつきながら、独り言を口にするのでした。


――――――――――――


「うらめしや……」

「きゃあっ!」

 いつものように、通りかかったお客様の一人が怯えてくれました。今回はカップルではなく、数人のグループのお客様です。

「おっ、凄いな!」

「まだ稼働してる部分もあるんだね。電源はどうなってるんだろ?」

 驚かなかった者たちが、そんな言葉を交わしています。

 彼らの『電源』という言葉で気づきましたが、そういえば、今日は照明が消えていました。元々お化け屋敷なので薄暗いのですが、もう『薄暗い』を通り越して、完全に真っ暗なのです。

 彼らも懐中電灯みたいなものを手にしていました。私が使っていた『懐中電灯』とは違って、四角い形です。

 そして照明の他にも、違和感がありました。『稼働』と言われて気づいたのですが、唐傘お化けが出てこないのです。作り物だから、怠けるという概念はないはずなのに……。

 困惑した私は、少しでも事情を理解するために、彼らの話にさらに意識を向けました。

「でも、これで来た甲斐があったね! 何もなかったら、馬鹿みたいだもんね!」

「どうせ暇潰しだから、俺は何も期待してなかったけどな」

「とりあえず、面白いネタにはなるぞ。帰ったら早速、廃墟探索サイトの掲示板に書き込もうぜ!」

「『三年前に閉園した遊園地、打ち捨てられたお化け屋敷に本物の幽霊が!』みたいな感じだね!」

「おいおい、『本物の幽霊』は大袈裟だろう」

「ハハハ……!」

 私一人を残して、彼らは笑いながら去っていきました。


――――――――――――


 幽霊の時間感覚は、人間だった頃とは異なるのでしょう。

 今の方々が、なんと三年ぶりのお客様だったとは……。本当に驚きです!

 もう稼働していないのであれば、私以外の脅かし役たち――作り物のお化けたち――は、二度と顔を出すこともないのでしょうか。

 そう考えると、少し寂しくなります。でも、だからといって私には、ここを出て余所よそへ移ろう、という気力もありません。

 だから『打ち捨てられたお化け屋敷』に居座る私は、それこそ本物のソロ幽霊。気づかぬうちに私は、きちんとソロデビューしていたのですね!




(「そろそろしたいソロデビュー」完)

   

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