ソロキャンプは出会いの場?

伊崎夢玖

第1話

「お疲れ様でした」

金曜、午後五時。

定時で会社から退社する。

これが俺の日課。

正直、俺の勤めている会社はブラック寄りのグレー企業。

いろいろ際どいこともやっている、という噂を耳にした。

金曜に定時で退社させてくれるなら、ブラック企業だろうがホワイト企業だろうが関係ない。

週末の楽しみのために俺は今日も仕事をする。


俺の楽しみは、キャンプ。

それも一人でやる、ソロキャンプだ。

誰かツレがいれば、それはそれで楽しいのかもしれないが、俺は一人が気楽で好きだ。

気を遣う必要もないし、相手に合わせる必要もない。

俺がやりたいようにやるだけ。

ゆったりとした時間を過ごせるソロキャンプが俺の唯一の趣味であり、楽しみなのだ。


家に着くなり、着替えをさっさと済ませ、まとめていた荷物を持つ。

車の鍵を持って、早々に家を出る。

いつもなら鉛のように重い足がこの時ばかりは軽い。

気分がウキウキしているのが自分でも分かる。

この高揚感もたまらなく好きだ。

車に乗り込み、エンジンをかける。

俺の大好きな場所、キャンプ場へ車を出す。

目的地まではだいたい一時間ほどかかる。

普段の一時間は二時間にも三時間にも感じるのに、この時ばかりは三十分くらいにしか感じない。

楽しいことへの期待というものは恐ろしい。


目的地に到着すると、まずはテントから張る。

寝る場所の確保は大事だ。

睡眠は三大欲求のうちの一つでもあるくらい重要なもの。

安心して休めるかどうかはここにかかってくる。

それが終わると、火起こしに入る。

この後食事もしないとならないし、夜は案外冷える。

火はテントの次に大事なものだ。

木を組み、火を起こす。

強すぎず、弱すぎない程度に起こすのは、なかなか難しい。

もう少し慣れてくればうまく扱えるようになるのかもしれない。

そんなこんなで腹の虫が鳴き始めた。

火も起こしたところだし、ちょうどいい。

食事にしよう。

といっても、インスタントラーメンなのだが…。

しかし、大自然で食べるインスタントラーメンは一味もふた味も違う。

特別うまい。

味付けはインスタントラーメンに付いている付属の調味料のみ。

なのに、家や職場で食べるものと全然味が違うのだ。

きっと大自然という特別な調味料がいい味を出してくれているんだろう。

食事もそこそこに一番お気に入りの時間を過ごす。

ただ火をジッと見つめる時間。

この時間が一番好きだ。

何も考えず、頭を空っぽにする。

一週間の悩みとか苛立ちとか全部どうでもよく感じる。


◆  ◇  ◆  ◇


どれくらい時間が過ぎただろうか。

いい感じの疲労感と共に睡魔がやって来た。

寝るにはいい頃合い。

火を消そうとした時、隣に人の気配を感じた。

見知らぬ女。

歳は俺より少し下?くらいの幼さが残る顔立ちをしているかわいらしい女だった。


「あの…」

「…はい?」

「ご一緒してもいいですか?」


突然の申し出。

何がどうなって今に至るのか、全然分からない。


「えっと…」

「ずっとあなたを見てましたっ!」


突然の告白。

ギャルゲーが好きな人からすれば最高のシチュエーションなのかもしれないが、あいにく俺はギャルゲーをしない。

突然の告白も迷惑でしかなかった。


「誰かと間違えてませんか?」

「いえ、あなたで間違ってません」


彼女はハッキリと言い切った。

俺なんて、どこにでもいるようなモブ男だ。

イケメンでもなければ、スタイルがいいわけでもない。

どこにでもいるような中肉中背のおっさんだ。

どうしても、彼女の言うことを信じられない。


「とりあえず話を聞かせてもらっても…?」


彼女の言うには、俺は以前彼女を助けたらしい。

お礼を言う前に俺がいなくなってしまって、それ以来ずっと探していたと。

うーん…記憶がない。

そもそもコミュ障の俺が人を助けるようなことはしない。

困っている人がいても見て見ぬふりがベストだと思っているクズ・オブ・クズだ。

やっぱり人間違いしているとしか思えなかった。


「やっぱり人間違いしてるとしか思えないんですが…」

「…そうですか。分かりました。今回は引き下がります。でも、諦めませんから」


彼女の目から『俺を堕とす』という意志がヒシヒシと伝わってきた。

女性恐怖症ではないけれど、やたら押しが強い女性は苦手。

彼女のそれも、俺にとっては苦手な部類。

少し身を引いたのを気付かれたのか、身を乗り出して彼女が告げてきた。


「これ、私の連絡先です。いらなければ捨ててください。また来週会いましょう」


そう言い残し、彼女は闇に消えた。

残されたのは、無理矢理握らされた右手には彼女の連絡先が書かれたメモ。

携帯番号とメールアドレス、各種SNSのIDが記載されていた。

正直怖い。

燻ぶっている火の中にメモを投げ入れると、あっという間に灰になった。


この時の俺はまだ気付いていなかった。

彼女が将来俺の嫁となる運命の人だということに…。

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ソロキャンプは出会いの場? 伊崎夢玖 @mkmk_69

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