四半世紀以上前から続く明晰夢のお茶会

第９会 お土産売り場のある旅館の大ホール

　……まただ。

　記憶（きおく）にはあるけど覚（おぼ）えが殆（ほとん）ど無（な）い光景（こうけい）。

　暗（くら）がりだからリーフェの部屋（へや）かと思ったけど、違（ちが）う。

　ここは……、旅館（りょかん）だ。

　背後（はいご）にお土産屋（みやげや）さんがある。

　修学旅行（しゅうがくりょこう）の記憶（きおく）だろうか。

　立（た）っている場所（ばしょ）はお土産屋（みやげや）さんから一段下（いちだんくだ）った大（だい）ホール。

　ほぼほぼ消（き）えかかっている記憶（きおく）だが、見（み）て大丈夫（だいじょうぶ）な夢（ゆめ）だろうか？

　「また、奇怪（きかい）な夢（ゆめ）を見（み）てるわね。」

　「おっと。」

　背後（はいご）から声（こえ）がして少（すこ）し驚（おどろ）いて振（ふ）り返（かえ）る。

　「リーフェ、この夢（ゆめ）は見（み）て大丈夫（だいじょうぶ）？」

　「大丈夫（だいじょうぶ）なんじゃないかしら。」

　「記憶（きおく）が抜（ぬ）け落（お）ちている感覚（かんかく）がするんだけど……。」

　「まぁ、死（し）にはしないわよ。

　強制的（きょうせいてき）に目（め）が覚（さ）めるか、夢（ゆめ）が切（き）り替（か）わるかだけだから。

　念（ねん）のため陽菜（ひな）に双葉（ふたば）は呼（よ）ばないけど。」

　「そっか。」

　「お土産屋（みやげや）さんも稼働（かどう）しているのに人（ひと）はいないのね。

　……ほら、冷蔵庫（れいぞうこ）は動（うご）いてる。」

　「……本当（ほんとう）だ。」

　「……飲（の）み物（もの）は取（と）らないの？」

　「万引（まんび）きですよ？」

　「夢（ゆめ）でも律儀（りちぎ）なのね。」

　「まぁ、性分（しょうぶん）ですし。」

　「私（わたし）にお酒（さけ）は飲（の）ませたのに？」

　「それ言（い）われるとつらいな。」

　「あの時（とき）は取（と）り乱（みだ）して申（もう）し訳（わけ）なかったわ。」

　「あ、覚（おぼ）えてるんだ？」

　「一応（いちおう）……。

　しっかし、広（ひろ）いホールね。

　何（なん）の記憶（きおく）なのかしら。」

　「多分（たぶん）、修学旅行（しゅうがくりょこう）じゃないかな。」

　「暗（くら）いのは？」

　「忘（わす）れかけてて滅失（めっしつ）しかかってるとか。

　現（げん）に記憶（きおく）にはあるけどいつの記憶（きおく）か思（おも）い出（だ）せない。」

　「スイッチで電気（でんき）とか付（つ）けられない？

　暗（くら）くて足元（あしもと）が不安（ふあん）だわ。」

　「んー……。」

　突如（とつじょ）、部屋（へや）に電気（でんき）が灯（とも）る。

　「きゃっ！」

　「やってみたんだけど……。」

　「ビックリしたー……、いきなり明（あか）るくなるんですもの。」

　「ごめんごめん。」

　見回（みまわ）すが正方形（せいほうけい）の木（き）のパネルが並（なら）べられたホール。

　やはり記憶（きおく）が無（な）いに等（ひと）しい。

　「うーん、思（おも）い出（だ）せない。

　扉（とびら）は埃（ほこり）だらけだった？」

　「えぇ。」

　「だろうなぁ。」

　「でも昨日（きのう）ほどじゃなかったわよ？」

　「あれ？

　でも、こんなに忘（わす）れてる。」

　「学生時代（がくせいじだい）の記憶（きおく）だからかもしれないわね。

　幼少時（ようしょうき）の記憶（きおく）は強（つよ）く残（のこ）ってても学生時代（がくせいじだい）はあまりいい思（おも）いをしてなかったみたいだし。」

　「ふむ。」

　「いいわ。

　そこの冷蔵庫（れいぞうこ）のジュースを取（と）らないなら、私（わたし）がお茶会（ちゃかい）を開（ひら）きましょうか。」

　「万引（まんび）きですって……。」

　「あはは、冗談（じょうだん）よ。」

　ティーセットを召喚（しょうかん）すると、いつものアップルティーとクッキーが用意（ようい）される。

　今回（こんかい）はお土産屋（みやげや）さんとホールの段差（だんさ）を利用（りよう）して座（すわ）った。

　「リーフェ、座（すわ）ってるところ硬（かた）くない？」

　「そういうことは気（き）にしなくていいの。」

　「気（き）になるから聞（き）いてるのに。」

　「……ありがと、大丈夫（だいじょうぶ）。」

　「うん。」

　紅茶（こうちゃ）に口（くち）を付（つ）ける。

　「スイッチ、どこにあったの？

　やっぱり出入口（でいりぐち）？」

　「いや、明（あか）るくなれって明晰夢的（めいせきむてき）な。」

　「あー、そっちかぁ。

　じゃあ、この明かりは仮初（かりそめ）のものね。

　貴方（あなた）が照（て）らしてることになる。」

　「そうなの？」

　「夢（ゆめ）の力（ちから）で照（て）らしてるわけだからね。

　思（おも）いのほか光量（こうりょう）が強（つよ）いけど。

　思（おも）い出（だ）したい気持（きも）ちが表（あらわ）れてるのかもしれないわね。」

　「でも、思（おも）い出（だ）せない。」

　「それでもいいんじゃない？

　案外嫌（あんがいいや）な思（おも）い出（で）が復元（ふくげん）されて付（つ）いて回（まわ）るかもしれないわ。

　忘（わす）れさせようとしている記憶（きおく）だってなくはないんだから。」

　「あ。」

　「何（なに）？」

　「これ、僕（ぼく）の夢（ゆめ）に欠損（けっそん）があったとして夢（ゆめ）が途切（とぎ）れたり、切（き）り替（か）わったりしたとしたらリーフェは大丈夫（だいじょうぶ）なの？」

　「そこは大丈夫（だいじょうぶ）。

　自分（じぶん）の部屋（へや）にすっ飛（と）ばされるだけだから。

　前（まえ）の悪夢（あくむ）と一緒（いっしょ）。

　ほーんと、変（へん）なところに優（やさ）しいんだなぁ。」

　「そんなもんですかね。」

　「奥（おく）さんもそういうところに惹（ひ）かれたんじゃないの？」

　「わかりません。

　惚気（のろけ）るつもりもありません。」

　「私（わたし）はそういう話（はなし）、好（す）きだけど？」

　「リーフェ、結構読（けっこうよ）めないところあるよね……。」

　「あら、そういう貴方（あなた）だってそうでしょう？

　で？　奥（おく）さんは貴方（あなた）のどういうところに惹（ひ）かれたんだって？」

　「……内緒（ないしょ）。」

　「あっ、私（わたし）に反抗（はんこう）した。」

　「もう僕（ぼく）も３８歳（さい）だよ？

　いつまでもリーフェの子供（こども）やってるわけにはいかないんだよー。」

　「……ふふん、私（わたし）これでも数百数千年（すうひゃくすうせんねん）は生（い）きてるのよ？」

　「えぇ！？」

　「たった３８年（ねん）が何（なん）ですって？」

　「概念（がいねん）として僕（ぼく）が生（う）まれる前（まえ）からいたの？」

　「貴方以外（あなたいがい）の人（ひと）の夢（ゆめ）にいた事（こと）もある、が正答（せいとう）かな。」

　「じゃあ、色々（いろいろ）と別（わか）れを経験（けいけん）してきたんだね。」

　「え？」

　「生（う）まれ、出会（であ）い、老（お）いて、別（わか）れ、再（ふたた）び生（う）まれた人（ひと）へ出会（であ）いを繰（く）り返（かえ）して僕（ぼく）のところに来（き）てくれたんだ。

　僕（ぼく）もその輪廻（りんね）の中（なか）の一人（ひとり）に過（す）ぎない。

　つらくない？」

　「……参（まい）ったわ、こんなこと言（い）われたの初（はじ）めてよ。」

　「ん？」

　「貴方（あなた）、女性（じょせい）ウケしてたでしょう？」

　「全然（ぜんぜん）。知（し）らない。」

　「はあ、無自覚（むじかく）か……。」

　「何（なに）が？」

　「いえ、何（なに）も。

　でも貴方（あなた）ほど明晰夢（めいせきむ）の錬度（れんど）が高（たか）い人（ひと）はいなかったわね。」

　「じゃあ、その人（ひと）と出会（であ）っても話（はな）せる時間（じかん）は僅（わず）かだったわけ？」

　「そうね。」

　「……僕（ぼく）なら自分（じぶん）を見失（みうしな）いそうになるな。」

　「どうして？」

　「それだけ長（なが）く生（い）きてて、ちょっとしか接（せっ）することが出来（でき）ずにいてまた他（ほか）の人（ひと）に移（うつ）り変（か）わるわけでしょ？

　明晰夢（めいせきむ）が出来（でき）なかったら概念（がいねん）のままだ。

　型（かた）すら成（な）せない。

　明晰夢（めいせきむ）には危険（きけん）が伴（ともな）う。

　自（みずか）ら自分（じぶん）を痛（いた）めつける人（ひと）は少（すく）ないと思（おも）う。

　まぁ、精神的（せいしんてき）に病（や）んでしまったらこの限（かぎ）りじゃないと思（おも）うけど。

　それを抜（ぬ）きにしても、存在（そんざい）が曖昧（あいまい）な状態（じょうたい）なのはつらいと思（おも）うな。

　僕（ぼく）の場合（ばあい）は興味（きょうみ）とか居場所作（いばしょづく）りだったわけだけど……、リーフェは運命（うんめい）に振（ふ）り回（まわ）されている感（かん）がある。

　リーフェの自己同一性（じこどういつせい）は本当（ほんとう）はどこにあるんだろうね？」

　「……奥（おく）さんが貴方（あなた）に惹（ひ）かれた理由（りゆう）が分（わ）かった気（き）がするわ。」

　「え？　僕（ぼく）リーフェの事（こと）しか話（はな）してないよ？」

　「今（いま）のは私（わたし）を口説（くど）いてるのと一緒（いっしょ）よ！バカ！」

　「むぐっ！？」

　クッキーを口（くち）に押（お）し込（こ）まれる。

　当（とう）のリーフェの顔（かお）は真（ま）っ赤（か）だ。

　僕（ぼく）は何（なに）か変（へん）なことでも言（い）ったのだろうか……？

　「むぐむぐ……。

　ところでリーフェはさ。」

　「何（なに）よ。」

　「今（いま）は僕（ぼく）という明晰夢（めいせきむ）に概念（がいねん）を形（かたち）にしているわけだけど、話（はな）している回数（かいすう）は多（おお）い方（ほう）かな？」

　「今は人生（じんせい）８０年（ねん）から１００年（ねん）くらいかしらね。

　その中（なか）で私（わたし）と出会（であ）えるのは通常（つうじょう）５回（かい）も無（な）いわ。」

　「え！？」

　「貴方（あなた）がどれだけ異常（いじょう）か分（わ）かった？

　こうして毎日（まいにち）のように私（わたし）と接（せっ）しているのはそれはもう何十人（なんじゅうにん）という人（ひと）の輪廻（りんね）を飛（と）び越（こ）えていることに等（ひと）しいのよ。」

　「あ、改（あらた）めて言（い）われると恐（おそ）ろしく感（かん）じる。」

　「ちなみに付（つ）け加（くわ）えておくけど、空（そら）を飛（と）べる人（ひと）はいたけれど、魔法（まほう）を、それも反属性（はんぞくせい）の魔法（まほう）を容易（たやす）く扱（あつか）った人（ひと）、私（わたし）の魔法（まほう）に反応出来（はんのうでき）た人（ひと）はいなかったわよ。」

　「うへぇ。

　エイプリルフールネタであってほしい話（はなし）だ。」

　「それは４月１日。」

　バツン！と急（きゅう）に照明（しょうめい）が落（お）ちる。

　「わっ！　何（なん）だ！？」

　「時間（じかん）が来（き）たみたいね。」

　「いつもみたいに明（あか）るくならないの？」

　「この夢（ゆめ）は不確定要素（ふかくていようそ）が多（おお）いみたいだからいつものようにはいかないみたいね。

　また、明日（あした）も来（こ）れそう？」

　「……嫌（いや）じゃなければ。」

　「いつ、誰（だれ）が嫌（いや）だと言（い）ったのよ。」

　「じゃあ、またお付（つ）き合（あ）いください。」

　「うふふ、喜（よろこ）んで。」

　ふと、目（め）が覚（さ）めた。

　まだ外（そと）は暗（くら）い。

　寝（ね）なおしたらまた彼女（かのじょ）に会（あ）えるだろうか？

　しかし、冴（さ）えてしまった目（め）が再度寝付（さいどねつ）くことは無（な）かった。