四半世紀以上前から続く明晰夢のお茶会

第８会 緑屋根の雪の城

　突然空（とつぜんそら）から始（はじ）まった。

　雪（ゆき）が舞（ま）う空（そら）からの視点（してん）で、緑（みどり）の屋根（やね）の城（しろ）が見（み）える。

　かなり大（おお）きい。

　空（そら）は飛（と）べるから問題（もんだい）はない。

　リーフェの存在無（そんざいな）しに飛（と）んだのはあんまり記憶（きおく）にない。

　徐々（じょじょ）に高度（こうど）を落（お）とし入口（いりぐち）に辿（たど）り着（つ）く。

　「さぁて、今日（きょう）はどんな夢（ゆめ）かな……？」

　「声（こえ）くらいかけなさいよ。」

　驚（おどろ）いて振（ふ）り返（かえ）るとそこにはリーフェの姿（すがた）が。

　「あぁ、ビックリした。

　ここもハッキリとした僕（ぼく）の記憶（きおく）にないんだけど、何（なに）かしらの夢（ゆめ）？」

　「かもしれないわね。」

　「陽菜（ひな）に双葉（ふたば）は？」

　「昨日（きのう）、悪夢（あくむ）だったこともあるでしょう？

　よくも分（わ）からない場所（ばしょ）に連（つ）れて来（こ）れないわ。

　いつもの部屋（へや）で遊（あそ）ばせてる。」

　「特段寒（とくだんさむ）さを感（かん）じないのは夢（ゆめ）だからかな。」

　「そうね。

　というか、貴方年中春（あなたねんじゅうはる）みたいな恰好（かっこう）してるじゃない。

　去年（きょねん）、厳冬（げんとう）だったのに薄着（うすぎ）で。

　バカじゃないの？」

　「あはは……。」

　「で？　このお城（しろ）には何（なに）があるの？」

　「見（み）たところ、内部（ないぶ）からの敵意（てきい）はなさそうだけど……。」

　「最悪（さいあく）、敵（てき）がいたら魔法（まほう）を使（つか）いなさい。

　それに貴方（あなた）にはあの二刀（にとう）がある。

　出来（でき）るでしょ？」

　「ま、まあ。」

　突然（とつぜん）の指示（しじ）に戸惑（とまど）う。

　大（おお）きな木（き）の扉（とびら）を見（み）つけると、両（りょう）の手（て）で押（お）してみる。

　ギギギ……、と歯切（はぎ）れの悪（わる）い音（おと）で開（ひら）かれる扉（とびら）。

　中（なか）は人（ひと）が居（い）たような形跡（けいせき）。

　回廊（かいろう）には蠟燭（ろうそく）が灯（とも）り、綺麗（きれい）な赤（あか）い絨毯（じゅうたん）が敷（し）かれている。

　「何（なん）て言（い）うんだっけ、こう言（い）うの。

　ロールプレイングゲームみたいね。」

　「全（まった）く以（も）って。」

　「城主（じょうしゅ）が居（い）そうね。」

　「ドラキュラが居（い）たって言（い）われてるブラン城（じょう）みたいな事言（ことい）わないでよ……。」

　「その気（き）になったら光魔法（ひかりまほう）でも使（つか）えるんじゃないの？

　灰（はい）にしちゃえばいいじゃない。」

　「無茶振（むちゃぶ）りする……。」

　中（なか）へ入（はい）り、扉（とびら）を閉（と）じる。

　「うーん、やっぱり記憶（きおく）にない。

　何（なん）でこんな夢（ゆめ）を見（み）るんだ？」

　「でも確実（かくじつ）に貴方（あなた）の記憶（きおく）の扉（とびら）が開（ひら）いたから入（はい）っただけなんだけど。」

　「城主（じょうしゅ）の間（ま）はどこだ……？」

　「サーチしてもいい？」

　「どうぞ。」

　「……ふむ。

　二階（にかい）の部屋（へや）の奥（おく）の様（よう）ね。

　城主（じょうしゅ）は行方不明（ゆくえふめい）。

　訳（わけ）がありそうな気（き）がするわ。」

　「ふーむ。

　じゃあ、進（すす）みますか。」

　「そうね。」

　リーフェに導（みちび）かれるまま二階（にかい）に上（あ）がり、奥（おく）の部屋（へや）へ。

　豪華（ごうか）な出来立（できた）ての食事（しょくじ）が並（なら）んでいるが、誰（だれ）も居（い）ない。

　「あら、これ貴方（あなた）の夢（ゆめ）の産物（さんぶつ）ね。

　いただいちゃおうかしら。

　安全（あんぜん）は確保（かくほ）されたようだし、陽菜（ひな）と双葉（ふたば）も呼（よ）んでもいいかもしれないわね。」

　「結構歩（けっこうある）きましたよ？」

　「ここをどこだと思（おも）ってるの？

　そして私（わたし）を誰（だれ）だと思（おも）ってるの？

　空間転移（くうかんてんい）くらい出来（でき）るわよ。

　座標（ざひょう）さえ分（わ）かればね。」

　「流石（さすが）。」

　ポンッと陽菜（ひな）とチンチラの双葉（ふたば）が部屋（へや）に召喚（しょうかん）される。

　「ここどこ？」

　「……？」

　「陽菜（ひな）、双葉（ふたば）。

　ここはどうやらお父（とう）さんの夢（ゆめ）のお城（しろ）みたいよ。

　好（す）きに遊（あそ）んできなさいな。」

　「わーい！

　あ、氷（こおり）の滑（すべ）り台（だい）だー！」

　陽菜（ひな）が真（ま）っ先（さき）に滑（すべ）り台（だい）に駆（か）けていく。

　リーフェが近（ちか）くに来（き）たことにより双葉（ふたば）もその姿（すがた）を人間（にんげん）に変（か）える。

　「お父（とう）さん、ここはどこー？」

　「実（じつ）は僕（ぼく）もよく分（わ）かってないんだ。

　ただ、どこかで見（み）た景色（けしき）であろうことは間違（まちが）いないんだけど……。

　テレビか何（なに）かかな。」

　「貴方（あなた）、幼少期（ようしょうき）に病弱（びょうじゃく）で一週間（いっしゅうかん）、二週間寝込（にしゅうかんねこ）むことなんてざらだったじゃない。

　その時（とき）に見（み）た悪夢（あくむ）が明晰夢（めいせきむ）によって清浄化（せいじょうか）されている可能性（かのうせい）もあるわよ？」

　「おっそろしい発想（はっそう）するなぁ。」

　「夢（ゆめ）はどこから始（はじ）まった？」

　「空（そら）からだけど……、あっ。」

　「やっぱりね。」

　「んー？」

　「双葉（ふたば）、僕（ぼく）ね、熱（ねつ）にうなされている時（とき）は空（そら）から地上（ちじょう）を見（み）る夢（ゆめ）が多（おお）かったんだ。

　多分（たぶん）この夢（ゆめ）もその中（なか）のひとつ。

　リーフェが言（い）ったこと、案外合（あんがいあ）ってるかもしれない。」

　「まぁ、ここにはティーセットもあるしお茶（ちゃ）にしましょ？」

　「そうだね。」

　手際（てぎわ）よくリーフェがティーセットを温（あたた）め、探（さが）してきたアップルティーを注（そそ）ぐ。

　「何（なん）か食（た）べ物（もの）がディナーばかりね……。

　チキンステーキとかお茶菓子（ちゃがし）にならないわよ。」

　「確（たし）かに。」

　「ま、仕方（しかた）ないわね。

　いつものクッキーでいい？」

　「喜（よろこ）んで。」

　少女（しょうじょ）の魔法（まほう）によって古風（こふう）な竹籠（たけかご）に綺麗（きれい）に並（なら）べられたクッキーが召喚（しょうかん）される。

　「陽菜（ひな）ー、お茶（ちゃ）しないかーい？」

　「あ、するー！」

　「ガールハントみたい。」

　「やめなさい、自分（じぶん）の娘相手（むすめあいて）に。」

　「あはは。」

　からかうリーフェをたしなめ、いつもとは違（ちが）う高級（こうきゅう）な椅子（いす）でお茶（ちゃ）とお茶菓子（ちゃがし）をいただく。

　陽菜（ひな）と双葉（ふたば）は豪華（ごうか）なディナーにも手（て）を付（つ）けていた。

　子供（こども）らしいと言（い）えばそうとも言（い）える。

　その途中（とちゅう）でリーフェが口（くち）を開（ひら）く。

　「ここの城主（じょうしゅ）に心当（こころあ）たりはある？」

　「んー、ないなぁ。」

　「私（わたし）はあるわよ。」

　「えっ、誰（だれ）？」

　「貴方（あなた）よ。」

　「僕（ぼく）？」

　「ここは貴方（あなた）の悪夢（あくむ）にして清浄化（せいじょうか）された明晰夢（めいせきむ）。

　なら王座（おうざ）は貴方（あなた）のものでしょうね。」

　「そうなるのか。

　……時（とき）にリーフェ。」

　「何（なに）？」

　「扉（とびら）の色（いろ）、何色（なにいろ）だった？」

　「鋭（するど）いわね。

　埃（ほこり）にまみれた焦（こ）げ茶（ちゃ）の扉（とびら）。

　忘（わす）れかけていたんでしょうね。

　おまけに暗（くら）い色（いろ）だから悪夢（あくむ）。

　でも、今（いま）は違（ちが）うでしょうね。」

　「どおりで懐（なつ）かしい気（き）がしたんだ。」

　「無理（むり）もないわ。

　３０年以上（ねんいじょう）も前（まえ）の記憶（きおく）なんだから。

　逆（ぎゃく）によく部屋（へや）の中（なか）が滅失（めっしつ）していなかったかが不思議（ふしぎ）でならないくらいだわ。」

　「そうだよね……。

　でも、どうして急（きゅう）にこの夢（ゆめ）を思（おも）い出（だ）そうとしたんだろう？」

　「貴方（あなた）も年（とし）を取（と）ったのね。

　過去（かこ）がフラッシュバックすることも稀（まれ）にはあるのよ。

　ただ、記憶（きおく）が抜（ぬ）け落（お）ちていると夢（ゆめ）から強制的（きょうせいてき）に目覚（めざめ）めさせられたり、夢（ゆめ）が切（き）り替（か）わったりする。

　ここにはそれがないみたい。

　忘（わす）れかけの割（わり）には保存状態（ほぞんじょうたい）がいい。

　幼少期（ようしょうき）の頃（ころ）が強（つよ）く印象（いんしょう）に残（のこ）っているのね。」

　「あぁ、つらい学生時代（がくせいじだい）はよく幼少期（ようしょうき）は楽（たの）しかったなって思（おも）ってたっけ。」

　「それよ。

　でも、重（おも）いアトピー性皮膚炎（せいひふえん）に重度（じゅうど）の喘息（ぜんそく）、熱病（ねつびょう）を持（も）っててもなおそっちの方（ほう）が思（おも）い出（で）として輝（かがや）いているなんて、結構過酷（けっこうかこく）な学生時代（がくせいじだい）だったのね、貴方（あなた）。」

　「引（ひ）っ越（こ）す前（まえ）までは、よかったかな。」

　「引（ひ）っ越（こ）しが原因（げんいん）？」

　「かもしれないとは思（おも）ってる。

　でも、引（ひ）っ越（こ）したら喘息（ぜんそく）は大（おお）きいのが一回最後（いっかいさいご）に出（で）たら止（と）まった。」

　「貴方（あなた）、人間関係（にんげんかんけい）で苦労（くろう）してそうだものね。

　ま、思（おも）い出（だ）したくない思（おも）い出（で）でしょうけど。」

　「あはは。」

　「ねぇ、双葉（ふたば）。」

　「なぁに、ひなお姉（ねえ）ちゃん。」

　「パパのお話聞（はなしいき）いてどう思（おも）う？」

　「かわいそう……、かな。」

　「そうだよね……。」

　「ん？　言（い）うほどつらくないよ？

　もっと苦労（くろう）している人（ひと）はいっぱい居（い）る。

　自分（じぶん）が一番苦労（いちばんくろう）しているなんて考（かんが）えたことは、ちょっとしか無（な）いよ。」

　「ちょっとはあったんだ？」

　くすりと笑（わら）いながらリーフェがこちらを見（み）る。

　「考（かんが）えを改（あらた）めたんだよ。」

　「その成長（せいちょう）ぶりは恐（おそ）ろしいわね。

　貴方（あなた）の精神年齢（せいしんねんれい）に重（かさ）ねられてるんだから。」

　サーッと窓（まど）から光（ひかり）が差（さ）し込（こ）んでくる。

　「お……、朝（あさ）か。」

　「今日（きょう）はちょっと楽（たの）しかったわ。」

　「ふたばもー！」

　「陽菜（ひな）も。」

　「また明日（あした）、来（く）るね。」

　「いってらっしゃい。」

　「行（い）ってきます。」

　雪（ゆき）は降（ふ）り続（つづ）いている。

　その色（いろ）よりなお真（ま）っ白（しろ）になると、朝（あさ）になっていた。

　今（いま）は４月。

　雪（ゆき）が降（ふ）ることは少（すく）ないはずだが。

　何（なに）か予兆（よちょう）を感（かん）じずにはいられなかった。