異世界豪商伝説アキンド ~オレリア王国、愛のパン作り編

一矢射的

地元の誇りって奴かな?



 美味しくて安価、尊い生活の友デミールパンをよろしく。

 そんなキャッチコピーで売られたパンが毒入りと発覚した大ニュースは、オレリア王国の全民衆を震撼しんかんさせました。正確には防腐中和剤としてパン生地に入れられた薬品が人体に悪影響を及ぼすことがわかったのです。

 パンの美味しさや品質にかけては私たちパン職人の領域なのですが、どれくらい長持ちするのか、いつまで食べられるかは錬金術師れんきんじゅつしが職人へ提供する薬品によって決まるんですね。その錬金術師の中には性質たちの悪い奴らがいて、自分が作った胡散臭うさんくさい薬を口八丁でだまして入れさせたりするのでした。


 あっ申し遅れました、ワタクシはミーシャ。

 デミールパンほど大手ではありませんが「ふかふかパン工房こうぼう」で働くパン職人見習いであります。王都では名の知れた名店で、歴史は急成長したデミールの奴らよりずっと長いのです。まっ、アクドイことでもしなければあそこまで値下げなんて出来ないでしょうからね。

 しかし、デミールの悪事が暴かれたのは良かったんですけれど。お陰で王国内のパン職人に対する信頼がガタ落ちしてしまいました。店の売り上げもガタ落ちではありませんか。


 そのせいでお父様……いえ親方の機嫌も最悪です。

 今日もガラ空きのお店に親方の怒声が響いています。


「てやんでぇ! そもそもパンは出来立てを食べるから美味いんだ。妙な薬を入れて腐らないパンなんざ作ろうとするのが間違ってやがる」

「仕方ないよ、お父さま。国が定めた法律なんだから」

「親方と呼べ、ミーシャ。本当にロクなことをしねえな、お偉いさんはよ」

「でもさ、今回の一件で法律が見直されるそうじゃん」

「……ミーシャよ、女の子はもっと丁寧ていねいな言葉遣いをした方がいいぞ」

「どっちだよ!」


 荒っぽい職人の世界で生きているのだから、ワタクシの言葉遣いだってそりゃ乱れてしまいますわよ?

 それはそうと、そもそもデミールの悪事が発覚した切っ掛けは、謎の食中毒が国内のあちこちで発生したからなのです。その原因を暴いたのが旅の商人で、現在その商人を交えて新しい法律作りの最中なのだとか。なんでも彼は有名な貿易商で色んなことに詳しいから知恵袋としても優秀、王様も何かと信頼しているんですって。

 その男の名がアキンド・ナッシュ。よそ者を信頼して大丈夫なのかしらね?


 んー、でもどこかでその名前を聞いたことがあるような?











 俺様の名はアキンド・ナッシュ。

 いずれは世界一の商人と呼ばれる男だ。

 金もうけの話があれば世界中のどこにだって駆けつけるが、今回は別。ちょっとした野暮やぼ用で故郷に顔を出してみれば食中毒騒ぎで国中が大混乱ときてやがる。

 人の思い出に泥を塗るような真似しやがって。これはきっと三流の悪党が裏でセコイ真似をしている。そうピーンときたね。調べてみれば案の定、錬金術師がパン会社と結託けったくして「腐らないパン」とやらを売りさばいてやがった。

 そんなものがあれば長い大航海でも確かに便利だが、胡散うさん臭いなんてモンじゃないぜ。

 ふん、ここは地元。俺にだって錬金術ができる知り合いぐらいは居るんだ。

 キンデールって名前の魔女で、少々金にはがめついが腕は立つ女さ。


 そいつに腐らないパンを調べさせた結果、やはり人体に有害な物質が含まれているらしい。ならば後は簡単だ。王様に二人で直訴じきそしてザコを叩き潰すのさ。

 まったく、どうせ悪をやるなら一流になれよ。

 俺のように金色の悪魔ゴールデン・デビルと呼ばれるくらいにな。


 もちろん、俺たちだって慈善事業で終わらせるつもりなんて毛頭ないぜ。

 金にならないことをしていたら、一生金持ちにはなれない。お分かりか?

 

 しかし、ザコどものように目立つ手段で荒稼ぎするのは感心できない。すぐ目をつけられて正義の邪魔が入るからだ。善をなしつつ利益を出す。それが最適なのよ。

 今回のケースで言えば、ようは錬金術師とは名ばかりのモグリ連中に仕事をまかせるからマズイのさ。ならば、国が試験制度を設けて免許制にしてしまえばいいわけだな。これでモグリは撲滅ぼくめつだぜ。実際にそうやっている国もある。伊達だてに貿易商で世界を飛び回ってないのさ。

 デミールパンの一件で王様の信頼を得た俺達は、さっそく その件を進言しんげんした。


「ふーむ、成程のう。しかし、錬金術に長けた試験官などそうすぐには用意できぬ」


 これだ。民草は待ってくれませんぜ、王様。

 しかし、そんなことは織り込み済み。その為にキンデールを連れてきたのさ。


「恐れながら申し上げます。その免許試験、私に任せてはもらえないでしょうか? 必ずや国に役立つ人材を見つけ出してみせます」


 周りの家臣が反対しようと、代案を出せなかったんじゃ意味ないぜ。

 こうしてオレリア王国の食品安全管理は俺達の手中に収まったのさ。

 まったく、チョロいもんだ。


 れするような手際の良さだろう?

 だが、もしかすると疑問に思う奴だって居るかもしれないな。

 それがどうして金儲けに繋がるのかって。

 まず国家予算をある程度は予算として使えるのが一点。せいぜい水増し請求させてもらうかな。そして、より大きいのは錬金術師の合格・不合格を俺達が好きなように決められるって点かな。ははは、試験には裏口入学が付きものさ。そでの下を集めたい放題だぜ。

 なぁに、時にはまともな人材を合格させればバレっこないだろう?

 それと、ワイロで合格した奴らの免許証にはコッソリ印でも入れてやるか。


 というわけで。新たな試験制度が設けられたことによって、王国の食品安全基準は保証されたわけだ。めでたしめでたし、これでもう二度と食中毒事件なんて起きないだろう。

 俺達は儲かるし、パン職人も安心して商売にはげめるというものさ。

 誰も損をしない悪事。なんと尊く素晴らしいのだろう!


 だが、実際に試験が始まると少し気がかりになってきた。

 賄賂わいろをよこす錬金術師ども、随分と気前よく払っているようだが……。

 そんな大金をいったいどのように工面しているのだろう。

 金の流れを正確に把握しておかないと、思わぬ事で露呈ろていするからな。

 少しさぐってみるか。

 それに懐かしい街をぶらついてみるのも悪くはない。











 こんにちは、ミーシャです。あぁ~もう最悪。

 私達の「ふかふかパン工房」は創業以来はじめてと言えるほどの危機に見舞われています。それというのも、全ては錬金術師が免許制になったせいよ。

 お店は前にましてガラガラ、閑古鳥かんこどりが鳴いています。

 

 私は毎日、お店のカウンターに座りながら古くなっていくパンを眺めているだけ。もうウンザリ。


 でも愚痴ぐちってばかりじゃ仕方ないですね。

 数は減ったけれどお客様がまったく居ないわけではないのだから。

 しっかり接客をして信頼を裏切らないようにしないといけません。

 ホラ、新しいお客さんがやってきました。

 珍しく若い男性のお一人様です。


「いらしゃいませー。ふかふかパン工房へようこそ」

「こんにちは、おや? ……いや、この店であっているよな……」

「どうかしましたか? そんなにジロジロと、私の顔に何かついています?」

「いや、そうじゃねーんだ。久しぶりだから勝手がわからなくて。あの、女将おかみさんは留守かな? 前は三つ編みの女性が店番をしていたはずなんだが。ホラ、もっと年上の……」

「母のことでしょうか? 残念ながらオリビアは三年前に他界たかいしまして……」

「なんだって!? じゃあアンタは女将さんの娘?」

「ええ、父と二人でお店を切り盛りしてきました」


 何でしょうか、いきなり。

 母の知り合いにしては、亡くなったことも知らないなんて。

 しかし、そう言われてみると何処かで見た事があるような顔でした。

 船長さんみたいな恰好かっこうをして、目元はちょっと締まりがないけれどマアマア良い男です。

 彼は二角帽子のツバを引き下げ、目線を下げながら言いました。


「そうかい、恩を返せなかったな……女将さんには俺がガキの頃よくパンを恵んでもらったんだ。孤児院出身の俺はいつも腹を空かせていたもんでね」


 その言葉で幼少時の記憶が蘇りました。

 忘却の彼方から鮮烈せんれつな思い出が怒涛どとうのように舞い戻ったのです。


「もしかしてアキンド!? パンをかっぱらおうとしては、お父様に怒鳴られていた!?」

「女将の後ろをついて回ったあのおチビちゃんが、今じゃ一人前か。すっかり美人になったもんだ。ミーシャだとわからなかったぜ」

「あら、ありがとう。そっちはあんまり変わってないわよ」


 懐かしい思い出を語らうことしばし。

 アキンドは不意に店内を見回して率直な感想を述べたのです。


「あんまり繁盛はんじょうしてないようだな。お昼時だっていうのに」

「値上がりしちゃったからね。食べる店は他にも沢山あるし」

「値上がり、そりゃまたなんで?」

「仕方なかったのよ。パンには錬金術師の作った薬を入れることが義務付けられているもの。その薬が最近はやたら高価になってしまって。最近、免許試験が始まったでしょ。どうもその関係らしいんだけど。おかしな話よね、試験料ってそんなに高いのかしら」

「ああ……免許は更新制で何度も受けなければいけないからな」

「迷惑すぎるから。割を食うのは結局市民じゃない。そのルールを設けたのはどこぞの貿易商人だって言うけど許せないわ。そいつの名前はたしか……」

「アキンドだ。すまんな」


 寂しそうな笑顔が印象的でした。

 私が言われたことを理解する前に、男性は店を出て行ってしまったのです。











 まったく悪い事は出来ないもんだぜ。

 俺は王様に新たな進言をしておいた。

 パンに錬金術師の薬を入れる法律は見直すべきだと。賞味期限を記載きさいし、長持ちするパン、しないパン、どちらか好きな方を選べるようにするが真の公正だからな。現にそうやっている国もある。


 キンデールは怒るだろうが、知らんな。

 悪事ってのはサッとやって、パッと逃げるものだ。

 大臣の追求も厳しくなってきたし、俺は捕まる前においとまさせてもらうぜ。


 引き際をわきまえた者。

 それこそが真に尊い必要悪ってもんさ。

 なぁーに、金色の悪魔ゴールデン・デビルにだって情はあるのよ。

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