第3話 関ヶ原からの脱出

「何してるんですか、三成さん」

 あたしが部屋を訪れると石田三成はなにか一心に書き物をしている。書き損じだろう、辺りに反故紙が散らばっている。


「やあ、蘭丸。実は各地の大名に手紙を書いているんだよ。でもぼくは文章を書くのが苦手でさ。何かもっと簡単に、一瞬でびびっと伝わるような新しい手段がないものかなあ」

 あたしの時代ならSNSとかあるけれど。でも新しい手段?

の通信手段ということかな……おっと」

 あぶない、またそっち方面に話題が向いていた。


「これは会津の上杉、こっちは中国の毛利宛てだよ」

 ほう、確かにあまりきれいな字ではない。

「東の上杉が挙兵すると同時に、西の毛利と我らが共同して大坂を攻めるんだ。挟み撃ちにして、そして最後は関ヶ原で決戦だ。きっと上手くいく筈だよ」

 歴史上の事実はうろ覚えだが、そう言えばそんな展開だったような気がする。


「全国に反徳川の大名は多いからね。それらを糾合して連邦軍を結成するんだ」

「そこは、ですよね」

 一字違いで危険性が増しているよ。


「しかも時間がないから、至急連邦軍をね」

 だから、ひとの話を聞け。


 ☆


 ―――その日は朝から深い霧であった。

 とか、史書には書かれるんだろうな。


「真っ白で、何も見えないですけど」

 石田三成を中心とした西軍と、徳川家康の東軍が陣を敷く関ヶ原には濃い霧が立ち込めている。三成と大谷吉継は陣幕の内で、物見からの報告を受けていた。


「ミノフスキー粒子が充満し、敵陣の様子が伺えません」

「そうか。じゃあ更に物見の数を増やして、目視で徳川方の全貌を掴むんだ」

 確かにその状況下ではレーダーも使えなくなるからね……って、そこ頷いちゃダメ、三成さん。


「何だい、蘭丸。ここ美濃の不破地方は川霧が流れて来るのはいつもの事だよ」

 えーと。今のはあたしの聞き間違いか。美濃不破みのふわ付近の気流、って言ったのかな。うん、きっとそうに違いない。


「これが徳川方の布陣だ」

 しばらくして各地に放った偵察部隊が戻って来た。その報告を図面に記載していた三成は爪を噛み始めた。

「見ろ吉継、蘭丸」

 一箇所にまとまった東軍に対し、こちらはそれを取り囲むように布陣しているのが分かる。


「これは勝てるんじゃないですか」

 素人目に見ても、西軍の方が数が多いし。


「待て、徳川秀忠はどこだ。もし別働軍として付近にいると面倒だぞ」

 秀忠とは、二代将軍になる筈の家康の子供だ。でも確かその人は。

「関ヶ原の合戦には間に合わなかった筈ですよ」

「本当か。でもなぜだろうね」


 首をひねる三成に、大谷吉継は包帯の下で目を細めた。ふっと鼻で笑う。


「決まっている。坊やだからさ」

「じゃあ、後詰が無いなら一気に攻めても大丈夫という事だな」

「うむ」


 その時、最前線で一発の銃声が響いた。

「どうやら始まったようだな」


 ☆


 西暦1600年10月21日(旧暦9月15日)早朝。

 関ヶ原の合戦は開始された。

 西軍の先鋒は家康と並ぶ五大老のひとり、備前の宇喜多秀家と小西行長。東軍は黒田長政、福島正則らだそうである。


 あたしの周辺でも激しい戦闘の声が聞こえている。でも濃い霧で状況が分からない。

(でも何で西軍は敗けたんだっけ)

 誰かが裏切ったから、か?


 やっと霧が晴れてきた。


 状況に気付いた石田三成が舌打ちした。闘っているのは前線の宇喜多家とか石田家ばかりだ。他の軍は布陣した山から下りて来る様子もない。特に小早川秀秋は西軍最大の部隊を率いているのにだ。

「それが、揃って日和見とはな」

 大谷吉継も苦り切った表情だ。

「そうだ、裏切ったのは小早川だった」

 やっと思い出した。


「どうすればいい、蘭丸。何か知恵はないか」

 こういう時は未来人の知識で。だけど、あたし歴史に詳しくないしな。


「えーと、たしか小早川さんの陣に鉄砲を撃ち込んでたような気がします」

 徳川家康がそうやって小早川を味方に付けたのだった。


「待て、蘭丸。そんな事をしたら逆効果ではないのか」

「まあ普通はそうなんですけど」

 きっと小早川さん、そういう扱いを受けるのが好きなのに違いない。うちの隣に住む幼馴染みも、そう云う傾向があるからな。


「ま、まあ、蘭丸がそう言うならやってみようか」


 

 

 結局、作戦は失敗だった。

 徳川軍へ向けての作戦行動前に、みんなで朝ご飯を食べていた小早川さん、鉄砲の弾を撃ち込まれたことで激怒……。

 小早川軍の猛攻によって、あっさりと西軍は壊滅してしまったのだ。なんと食べ物の恨みとは恐ろしいものだ。


 もうだめだ自害する、と騒ぐ石田三成をあたしはぶん殴って逃走させた。

「何だよぅ、親父にも殴られた事ないのに」

 とか言いながら三成さんは落ち延びていった。


 大谷吉継さんも行方不明だ。

 ただ最後に、わたしは地下に隠れ、新しく反徳川組織を結成するのだ、とか言っていたから、今度会うときは別の名前になっているかもしれないな。せいぜい身体に気をつけて頑張って欲しいものだ。


「だけど、あたしはどうすればいいの」

 徳川の兵から逃げ回りながら、あたしは悲鳴をあげた。誰でもいいから助けて。


 ☆


「おい蘭丸、こんなところで何をしておるのだ」

 追い詰められたあたしの頭の中に、その声が響いた。え、何これ。もしかしてあたしもニュータイプとして覚醒したのか?

 でもこの声は。

「ノブナガ?!」


 教えてノブナガ。あたしはどこへ向かえばいいの。

「では、一緒に戻るとするか」

「え?」

 足元に茶トラのネコがこちらを見上げていた。なんだ、そこに居たのか。


「どこなの。帰り道は」

「あそこじゃ」

 ノブナガが指した方向は。あの、でも、あそこって。

「徳川家康の本陣じゃないの?!」


「うむ。ちょうど家康が腰掛けている床几の向こうあたりに、あちらの世界への通路がある」

「つまり……」

「簡単に言えば敵陣突破じゃのう」

 簡単に言わないで。


「行くのか、それとも止めるのか?」

 行きますけど、それは。だって、帰ってレポートも書かなきゃいけないし。あたしには帰る場所があるのだ。


 ノブナガを抱えあげ駆け出したあたしだったが、すぐに後方で喚声が上がった。見ると、軍団があたしを追いかけて来る。

「な、何?」

 旗印に、丸に十字の家紋。

「ほう、島津じゃな」

 ノブナガが言う。

「奴らも徳川軍の中央突破を狙っておるようじゃ、あれに紛れ込むぞ」

「ひええええ」


 ☆


 ともあれ、どさくさに紛れ、あたしは現代に戻って来た。

ときをこえるのも面白いものであろう」

 身体を舐めながらノブナガは言う。

「だけどさ、石田三成さんには悪いことしちゃったよ」

 小早川さんの裏切りを促しちゃったし。


 するとノブナガは、顔をあげた。

「心配するな。歴史を変えるなど、ひとりの人間に出来るものではないわ。まあ、わし程になれば別だがのう」

 かかか、と笑っている。


「ところでノブナガ。あんな所で何してたの」

「ふふ。それは秘密じゃ」

 やれやれ。あたしはノブナガをひっくり返すと、ふわふわのお腹を撫で回した。

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「うちのネコ」外伝 ~ 蘭丸、関ヶ原に立つ 杉浦ヒナタ @gallia-3

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