陰の9

 俺はジョージに、最寄りの警察署に行くように言った。

 彼女は相変わらず平然とした表情のまま、他人ひとの煙草をくゆらし続けている。

 署に到着し、馴染みの刑事を呼び出して貰い、レコーダーの音声を聞かせ、一通り事の次第を話すと、刑事は最初の内は、

”本人の証言だけじゃあてにならん”とか何とか、ひどく疑い深そうな顔をしていたが、彼女の拳銃を俺が渡してやると、

”取り敢えず女の身柄だけは預かる”ということで、そのままジョージと二人で帰って来た。

 その後はどうなったかって?

 まあ、ことのついでだ。

 話してやるよ。

 彼女は警察署でも相変わらず今までの態度を貫き、俺が提出したレコーダーに録音された証言は全て認め、吉井保の死体を埋めた場所もいともあっさりと白状した。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 一週間後、俺は”アバンティ”の止まり木に、ジョージと尻を並べて呑んでいた。

 彼女が殺した遺体は、群馬県の赤城山近くの、まだ開発されていなかった山林の中から、供述通り見つかった。

 何でも7発も銃弾を撃ち込まれ、2メートルほどの穴の底に埋められていたらしい。

 警察は女一人でそんなことが出来る筈がない。誰か他に共犯者がいるのではないかと疑ったようだが、彼女は最後まで”自分が一人でやった”と言い張り、警察も躍起になって捜査をしたが、結局浮かび上がることはなく、小出亜矢子の単独犯ということになった。

 この一件、本当なら新聞で大いに書き立てられるところだろうが、そうはならなかった。

 何しろ今は”新型ナントカ”の問題で大騒ぎであるし、丁度同じころ、某有名芸能人が何人か違法薬物使用で芋づる式に逮捕され、マスコミはそっちを追いかけるのに忙しかったことと重なっていたからだ。

 彼女の弁護は紹介者である青山弁護士が担当したが、こっそり教えてくれたところによれば、

”証拠も揃っているから、殺人の事実については争わず、あとは情状面と精神面がカギになるだろう。幸い彼女の夫も子供達も証人として協力してくれるからということで、死刑になることはないだろう”

とのことだった。

(夫は離婚する意思はないという。不思議な話だが) 

 自分の欲望の為に男を操り、夫を殺そうとした獣みたいな女にしちゃあ軽いとは思うが、まあ俺は裁判官じゃないからな。

『ダンナ、今回はやらずぶったくりじゃねぇの?何しろ依頼人がパクられちまったんだからな』

 ジョージが赤い顔をして、からかうように言った。

『ところが日頃から善行を積んでいる人間を、天は見放したりはしないものさ』

 俺はそう言ってバーボンを飲み干し、バーテンに二杯目をオーダーした。

 確かに依頼人は逮捕されたが、代わりに青山弁護士が、

”迷惑料”という名目で自腹を切ってくれたのさ。

 労が多かった割にはささやかな額だが、それでもないよりはましってもんだ。

                              終わり

*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては、あくまでも作者の想像の産物であります。

 

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生きていた陰獣 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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