陰の6

 俺は携帯でジョージを呼び出し、すぐに来てもらった。

 間もなく到着したワゴン車にまず”彼”を載せ、俺が続けて乗り込む。

 俺はワゴン車のカーテンを全部閉め、ジョージにはいつでも発進できるようにと頼み、運転席に待機させた。

 対面シートの奥に”彼”を座らせ、俺は向かい合って彼女を斜め正面から彼女を見据え、ICレコーダーのスイッチを入れた。

『初めに断っておく、こっちは証拠集めをしているから、色々喋って貰いたいところだが、万が一裁判に発展した時、或いは警察に引き渡さねばならなくなった時、この録音があんたに不利な証拠になる可能性がある。つまりはもし”これだけは話したくない”と思うことがあったら、無理に話す必要はない。要は黙秘権という奴だ。いいね』

 我ながら面倒くさいとは思う。

 毎度こんな警官オマワリの猿真似みたような真似をしなきゃならんのはあまり好まないのだが、これをやっておかないと、後で悶着のタネになる。そこが免許持ちの探偵稼業の悲しさって奴だ。


『まず、その前にマスク、それからその大きな眼鏡を外して貰おう。ついでに帽子もね。奥さん』


 俺の言葉に、ジョージが驚いたように振り返った。

 が、脳内で何度もリフレインされるのを感じていた。

 観念したように、ニット帽、メガネ、それからマスクの順に外してゆく。

 下から現れたのは・・・・男ではない。

 そう、俺の依頼人、小出亜矢子その人だった。

『どういうこったい?ダンナ?』

 ジョージが素っ頓狂な声を上げる。

『お前さんが言った通りさ。”犯罪の陰に女あり”ってな』

 彼女は少し俯いたまま、一言も喋ろうとしない。

『俺は確かに探偵で、探偵は依頼人の利益のために動くのが仕事だ。しかし同時に、事実を突き止める必要があるんだ。』

 自称“吉井保”は、あの”マンション”に越して来てから、他の住人に一度も顔を見られたことはない。

 外に出る時はいつも今日見たのと同じように、メガネ、マスク、そしてニット帽で顔を隠していた。

”遠縁の小母さん”だといってアパートを借りてやったのも、金を出したのも全部。

『小出亜矢子さん、あんただ。違うかね?』

 彼女はまた黙って頷いた。

 俺は無造作に彼女が座席の傍らに置いたザックを開け、中に手を入れると、

”それ”を取り出した。

 思った通りである。

 黒光りをしたモーゼルHSCがそこにあった。

 構わず俺はクリップを抜き、弾丸を全部弾き出し、遊底を引いて、薬室に残っていた残弾も出した。

『小出さん、吉井保はもうこの世にはいない。俺が何を言いたいか・・・・それはあんたが一番よく知っている筈だ』


 ここで、急に彼女の態度が変わった。

 顔を持ち上げ、まっすぐ前を見る。

 それまでのおどおどした表情ではなく、目が座り、表情が氷のようになった。


 脚を組み、胸をそびやかせ、口から出た言葉は、

『煙草、ありませんこと?』

 だった。

 その声も、これまでのものではない。

 どこかに妖艶さを秘めた響きに変わっていた。

『生憎だが、俺は持ってない。煙草はやらないんだ』

 俺はジョージに目線を送る。

 彼は運転席から、ラッキーストライクの箱とジッポを投げてよこした。

 それをキャッチした俺が、中から一本取り、彼女に手渡すと、口に咥え、首を大きく前に突き出した。

 火をつけろ、という合図なんだろう。

 大人しやかな中流家庭の主婦の態度とはとても思えなかった。

 

 仕方ない。

 俺は蓋を開け、火をつけてやると、彼女は美味そうな顔で煙を吸い、一気に空中に向けて吐き出した。

『お察しの通りですわ。殺したのよ。この私がね。』



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