美男子の苦悩

オオムラ ハルキ

キラースマイル

 先週、また、とある男性アイドルが逮捕された。彼は【殺人未遂】事件に関わっているとされ某署に連行されたようだ。はじめこそ世間を賑わせたニュースとなったが、10回目、となるとそこまでもうこのニュースを世間も取り立てない。毎度某署に連行され、証拠不十分で不起訴処分になる。世間は何故彼がここまで逮捕と不起訴を繰り返しているのか知らないだろう。そして、真実も………同様に知らないだろう。


 ことの発端は2ヶ月前。その男性アイドルY氏の握手会の際、握手の順番が回ってきたファンの1人が彼と握手をした後、数十秒後に鼻血を出しながら倒れたことから始まった。溢れ出る血。騒然とする会場。救急車がすぐによばれ、彼女は病院へと運ばれた。握手会は即座に中止。倒れた女性は一時、出血多量につき生死を彷徨ったが現在容体は回復しており先日退院を迎えた。彼女に持病はなく、会場の環境から熱中症になる恐れは低かった。また、毒物や、その他外傷も無かった。しかし、彼女が生死の淵を彷徨ったことから捜査が開始されて、真っ先にその男性アイドルが疑われた。


 結果から先に述べると彼はシロだった。衣装や小道具に目立った細工はなく、毒物もない中、握手をするだけで人を死にいたらしめることはできないと考えられたからだ。また、被害者の女性に事情聴取したところ、その男性アイドルとの握手の感触だとか甘い声だとかそういういわゆるヲタ活話しか出てこなかったので泣く泣く断念。


 しかし、事件は続いた。その後のオンラインイベントでまたも同様の症状の女性が散見されたのである。今回は3人も緊急搬送された。オンラインイベントの内容は至って通常通りで、1人ずつファンと5分程度の会話をした後、課金された金額に応じてエア告白、エアハグ、エアキスなどのサービスが受けられる。緊急搬送された3人に共通することは、皆最大限に課金をして、エア告白、エアハグ、エアキスの全てを選択していたことだ。3人のうち1人はエアハグ中に出血、残り2人はエアキス終了と同時に出血。3人全員のもとに救急車を呼んだのはY氏の所属事務所側だった。実に準備の良い作業に事務所側も疑われ始めた。だが、握手会でのことも踏まえて緊急時マニュアルを作り直したがために迅速な行動を取れたということらしく、めぼしい証拠は見つからなかった。Y氏には今回も署に同行願ったが、やはり証拠不十分で不起訴。


 写真集お披露目会に参加した記者数名、映画の試写会に参加したファン10数名、グラビア撮影の現場で数人、他同様に各種イベントで5件。同じ症状の被害者が後をたたない中、痺れを切らす捜査班。原因はまだわかっていない。このままだとY氏のイメージダウンも甚だしい。そこで事務所側は考えた。理由をでっち上げることを…


 緊急記者会見が開かれるということで各種メディア及びその某署捜査班は会場に集まった。


 「皆様、この度はお集まり頂き誠に有難うございます。今回お集まりいただいたのは紛れもなくYの不祥事に関する説明及びその原因が解明されたことについての発表のためです。Yが在籍する本アイドル事務所はY、彼自身が【尊死】を招いてしまう人材に他ならないと断定しました。」


どよめく会場の中、事務所スタッフは続ける。


「【尊死】とは”尊すぎて死ぬ”の略語でして、これを実態のあるものとして捉えたときの我々の造語です。一連の事件が起きた理由は何かと言いますと、Yが無意識に振り撒いている笑顔が、刺さるファンの方には刺さり、キラースマイルとなっていることです。裏をとった所、大量出血し病院に搬送された方は皆Yの熱烈なファンでして、皆その論理に当てはまります。程度の差こそあれ、生死を彷徨った方々にたいし、ここに深くお詫び申し上げます。」 


鳴り止まないカメラのフラッシュ。新聞の一面にこのニュースは大々的に取り上げられた。
























その後も被害者は後をたたなかったが、事務所側がきちんと対処していくという条件付きで捜査は打ち切り。Y氏のグッズの中に鼻血を止めるようのワタが増えた。

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