「私」の珈琲屋に来る「常連さん」

皇帝ペンギン

苦くて甘い何か。

チッチッ・・・・


壁に掛けている時計の針が3時近くを指している。


「よし、始めるか。」


この時間は一番人が来なく、おまけに眠くなるという一番退屈な時間である。けれども私は丹精込めて、今日もコーヒーを淹れる。


マンデリンとコロンビアを7:3でブレンドしたウチの特製コーヒー。ポイントは粗めに挽くことで味を濃くし、苦味を上品にするところだ。コロンビアが入ることで、味に深みが出る。


次に取り掛かったのはチェリーパイ作り。昨日あらかじめ寝かせて置いた生地を冷蔵庫から取り出して、チェリーをあまり潰さずに作ったソースを乗せる。あとはオーブンの中に入れて、1時間焼けば完成する。


「さてと・・・・次は・・・・。」


常連さんの為に水筒の中に入れる為のコーヒーを作る。店内用とはまた違う、酸味が弱くて香りの強いアイスコーヒーを作るのだ。豆は細挽きで、より濃く淹れて渋みを抑えられることが出来る。そしてできたコーヒーはすぐに氷の中へ入れる。そうすることで味にキレが出るのだ。


こうしておおかた準備が終わり、気が付けばもう4時になっていた。


「はやく来ないかなあ〜。」


ちょうどその時カランカランと店内のドアのベルが鳴った。


「いらっしゃいませ!いつもありがとうございます!」


来たのはいつもの女性。ぱっちりとした二重の目にクッキリした鼻を持った綺麗な顔立ちをしている。まるでモデルのような人だ。さぞかしモテるのだろう。


常連さんは私から見て少し右隣の席に座り、そしていつものようにコーヒーとパイを頼んだ。


「コーヒーとチェリーパイを一つ。いつもこんな時間から来ちゃってごめんね。」


「いえいえ、そんなことないですよ。いつもこの時間は人がいないんで、すごく作りがいがあります!」


ニコリと彼女は笑った。


私がいそいそと出来たコーヒーやパイを取り分けていると、彼女は机の上にパソコンや何かの資料などを広げて作業し始めた。その顔は真剣で、関係のない私も少し背をピンとさせてしまう。


少しタイミングを見計らってから、取り分けたパイとコーヒを渡す。


「コーヒーとパイどうぞ。あと水筒にはいつものコーヒーを入れてます。」


「ありがとう。いただきます。」


受け取ったコーヒーの香りを静かに嗅ぎながら少しして飲み始めた。他の人よりも飲み方が綺麗でつい見てしまう。そして口に残ったコーヒーの味を残しつつ、すぐにパイを食べた。これもまた流れるように上品に食べる。


サクッと音がして、彼女は少し震えた。


さあ、今日も見れるぞ・・・・!


「ぁんまあ〜い・・・・。」


口元が綻びるどころかニヤケに近い顔をして、先ほどまでのクールな印象とは真逆の幼い笑顔を浮かべた表情になっていた。


そう、彼女のギャップを見たいが為に、私は一生懸命コーヒーを淹れているのだ。


「この時間が本当に至福!」


表情と口調も、性格そのものが逆転する。きっと彼女の素はこっちなのだろう。


「そう言っていただけると嬉しいです。それよりも紙にの上にパイ溢しちゃってますよ!」


彼女はそんなことお構いなしに紙の上に突っ伏せた。うーっと唸る声がする。


「もう仕事やだー!ずっとここで食べてたいー!」


子供が拗ねるように彼女は愚痴を言い放った。


「・・・・なにかあったんですか?私で良ければ聞きますよ。」


しばらくして彼女は答えてくれた。


「・・・・実はねー、仕事で面倒くさい案件貰ってさあ、クライアントがあーだこーだ文句言うわけ。作ってる時に要望変更ばっかで今日で5回目。同じチームの一人は産休でいないしメンバーは新しい子達でもう大変でさー。


この仕事、最初は好きだったけど今はもう分かんない。ウチはまだ家で仕事するのを推奨する会社だからいいけどさ、もし転職しても今よりひどいのかなあって。」


たしかに、私も最初はココじゃなくて、建設系の会社で働いていた。綺麗な建物を作りたくてあの業界へ行ったけれど、彼女の今の状況と同じように顧客からの要望変更、直接相手の方へ出向いたり関係ないのに上司に叱られたり。結局入社3年で辞めてしまった。


少し言葉を選んでから彼女に話す。


「気持ち、ものすごくわかります。私も昔は違うとこで働いてて、結局疲れて辞めちゃいました。辞めた時はものすごく不安で、やっぱり辞めなかった方がいいんじゃないかなって思ってました。」


彼女はいつの間にか顔を上げて、私の話を聞いてくれていた。


「けど、おじいちゃんのお店をついでからは、そんなことは微塵も感じなくなりました。一日中ここでコーヒーの匂いにあてられながらお客様と接する。毎日が変わった気がします。


それに・・・・」


彼女は怪訝な顔をして私を見つめてきた。少し頬を掻きながら続きを話した。


「いつもあなたの笑顔が見たくて、その、働いているというか・・・・。だ、だから、その、つまり・・・・働く理由はなんでもいいんです。」


自分でも何を言っているんだ?と思うほどバカな発言をしてしまった。


もちろん彼女は顔を赤らめながら驚いた表情をしていた。目を瞑って少し考えて、手をぎゅっと握りしめて私に話してくれた。


「じゃあ、その、私もあなたのコーヒーを働く理由にしていいの?」


その言葉を聞いた時、身体中がカーッとなって何故か緊張した。


「私なんかのコーヒーでよければ、その、よろしくお願いします!」


ばっと目を見開き彼女は見つめてきた。けれどすぐにお互いだんまりになってしまった。プロポーズみたいなセリフで、さっきまでの自分をなおさらひっぱたきたくなった。


私、変なこと言っちゃった・・・・。


えっと、と彼女の声が聞こえた。


「じゃあ、よろしくお願いします。」


先ほどまでの照れは残っているがしっかりと彼女は私の方を向いて言ってきた。私も釣られて返した。


「あ、えと、こちらこそ・・・・。」


心臓が大きく動き、血がざわざわと流れていくのを感じる。体が火照ってじんわりと額に汗をかいていた。


き、気まずい・・・・


そう思っていたのも束の間、彼女は会社に呼び出されたらしく、あまりゆっくりしてられないと言われた。


「じゃあもう行くね。コーヒーとパイ、美味しかったよ。」


「あ、ありがとうございました。またいつでも来てください。」


彼女にコーヒー入りの水筒を手渡して、私たちは別れた。


遠くへ行く彼女を見て少し寂しい気持ちもした。今までお客様、もちろんこれからもそうだけど何か変わりそう。そう思うとドキドキする。


「私」は今日もコーヒーを淹れる。お客様の為に。


そして「特別な彼女」の為に。















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