恋は盲目?【KAC2021】

えねるど

恋は盲目?

 それは昼休みにサンドイッチを頬張っていた時に、前の席の内山が後ろを振り返って唐突に言ったセリフだった。


「なあ、こういうのを『尊い』って言うのかな」

「どうした、唐突に」


 レタスの食感を楽しんでいる俺は、野球バカの内山の口からは出ないであろう単語に少しだけ驚いた。


「ああ。なんというか」

「なんというか?」


 鼻の下をこすりながら、頬を赤らめる内山。ちょっと気持ち悪い。


「初めての感情が俺に芽生えたんだよ。……聞いてくれるか?」

「まあ、いいけど」


 食事がまずくなりそうな話なら途中で止めてやるけどな。


「俺は最初、恋でもしちまったのかと思ったんだ」


 うん、もう止めたい。シャキシャキレタスサンドに謝れ。


「でも違うと思うんだ。サラッとした髪の艶も、キリっとした目つきも、もちろん俺好みではあるんだが」

「どうして違うと思うんだ?」


 テキトウにきいて終わらせよう。人の色恋なんて俺には興味がない。

 ましてや野球バカの内山のとなれば尚更だ。


「ああ、普通は恋ってのは、ほら、色々あれだろ?」

「なんだよ色々って」

「ほら、あれだよ。その、いろいろとしたくなるもんだろ? こいつと、チューしたいなぁとか、触りたいとか、さ」


 俺は多分苦い顔をしていると思う。

 楽しい昼休みの食事がこいつのぬめっとした話に邪魔をされているからだ。

 内山はそんな俺のうんざり顔などには見向きもせず、自分の世界を見つめて続ける。


「そういうのじゃないんだよ。でも、俺はその人のことが気になって仕方がないというか、遠巻きに見ているだけで幸せというか」

「ふーん」

「まあ、もちろんその欲求がないと言えば嘘になるんだが」


 欲求あるんじゃねえかよ。


「ちなみに内山、そのお前が言う『尊い』人物ってのはどこのどいつだ?」

「いや、はっきりとは言いたくないが……そうだな、ヒントを言うなら隣のクラスのやつだ」

「え!?」

「あのスラっとした手足とか、モデル顔負けのスタイルとか、もう目の保養というかなんというか。あの笑顔は反則級だしよ」


 顔を赤くして両手を頬に当てている内山。

 俺は鳥肌が立った。


「……内山、もう一回訊くぞ? その隣のクラスのやつが、なんだって?」

「なんだってってなんだよ。尊いってやつだ。と、思うんだ、きっと」

「……」


 途端に俺は食欲が一気に無くなった。

 どうするのよ、まだチキンカツサンドが残ってるっていうのに。


「それによ、そいつ放送部なんだけど、声がこれまた良いんだよ。耳の保養でもあるってことだな」

「……そいつのことが好きなのか?」

「好きっていうか、ちょっと違うかな。もちろん親しくなりたさはあるけど、俺が汚していい存在じゃないんだよ。それくらい愛しいというか、ん-、やっぱり尊いってことなのかな」

「さっきなんて言った? 欲求……触りたいだのチューしたいだの」

「ああ、どうなんだろうな。俺にもちょっとよくわからないけどさ、でも、可能ならしてみたいのかもな。俺も自分でよくわからん」


 俺の鳥肌はとどまることを知らなかった。

 俺は椅子を引いて内山から少し距離をとった。


「内山、正気か?」

「なんだよ」

「お前、ここ男子校だぞ」

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